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第21話〜30話
第29話 常闇紳士と月光夫人②
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「いやぁもうほんと最の高~!!」
咲良は満月を背に、両手を高く上げ、全身で夜風を感じた。
「まさか飛べる日が来るとは思わなかった! エヘヘのヘ~!!」
「気に入っていただけたなら何よりよ。有難う、危ないのに一緒に来てくれて」
常闇紳士とはぐれた理由を月光夫人から聞いた咲良は、念の為自分も同行する事に決めた。そして月光夫人の魔法により、念願だった生身での飛行移動を体験している。
「鬼車、だっけ? 厄介なモンスターもいるもんだわ。まあ、ミスター・ダークネスを探しがてらそいつと遭遇したら、このリリーちゃんがサクッと退治しちゃる!」
「ええ、お願いね」
咲良は街並みを見下ろした。ネオンでキラキラと輝く様は、人間界の大都会と大差ない。遠方の高層ビル群にも多くの明かりが点いているが、種族によっては夜の間でないと活動出来ないらしいので、人間のように無理をさせられているわけではないのだろう……恐らくは。
「この辺りよ、リリーさん」
〈歌魔女の森〉よりも小さな森の上空まで来ると、月光夫人は緊張した様子で言った。
「鬼車に遭遇して、夫と離れ離れになったのはこの辺り」
「どっちに行ったかわかる?」
「多分、北西の方向じゃないかと思うのだけれど……自信がないわ」
「さっきさ、見掛けたら月に向かって呼んでくれって言ってたよね? 旦那さんから呼ばれてもわかるんじゃないの?」
「そのはずなのですが、今のところ全然──」
北の方向から騒がしい声が聞こえてきた。先端が尖ったハート形のような尻尾を生やした、露出の高い衣装を纏っている女性五人──夜魔だろうか──が、テンション高めにお喋りしながら飛んで来る。
「すいませーん!」咲良は両手をブンブン振って五人を止めた。「この辺で鬼車見ませんでした?
無駄に頭が多い鳥」
「無駄に頭が? うん、ついさっき見たよ!」
長い黒髪をツインテールにした女性が答えると、咲良と月光夫人は顔を見合わせた。
「何処に?」
「〈ゴモリー広場〉よ! あのクソ鳥、好き勝手暴れやがってさ。でも何か凄い魔女が、何か凄い魔法で倒してくれたの!」
短い金髪を逆立てた女性が興奮気味に答えると、他の四人は笑顔でうんうんと頷いた。
「凄い魔女?」咲良はキラリと目を輝かせた。「超気になる……魔術勝負したい……!」
「その広場に、燕尾服姿の素敵な男性がいませんでしたか? わたしの夫なんですが」
月光夫人が尋ねると、女性たちは顔を見合わせ、
「……どうだっけ?」
「うーん、ちょっとわかんない」
「そう……ですか」
表情を曇らせかけた月光夫人だったが、はたと何かに気付いたように顔を上げ、満月をじっと見据えた。
「……間違いないわ。夫が呼んでいる! 無事ですって!」
「お、良かったじゃん!」
「ええ! ……あら、夫もお友達と〈ゴモリー広場〉にいるって」
「じゃ、今すぐ行くしかないね!」
二人は五人組に礼を言うと、その場を後にした。
〈ゴモリー広場〉の中心部に到着して早々に、月光夫人の不安は完全に解消された。スラリとした体型に猫のような目が特徴的な燕尾服姿の男性が、元気そうな様子で出迎えたからだ。
「もうっ、心配したんだからぁ~!!」
「ごめんよ、我が美しき光!!」
再会した常闇紳士と月光夫人は抱き合い、二人だけの世界に入り込んだようだった。
「ヨカッタヨカッター」
咲良は白目を剥きながら拍手した。その隣には、常闇紳士と行動を共にしていたレイモンドとウィルがいる。
「咲良と月光夫人は知り合いだったんだね」
「世間は狭いな」
「ついさっき初めて会ったばかりなんだ。依頼人と言えるかは微妙だけどね。ねえ、ところで鬼車の死骸は?」
「ああ、ここからもうちょっと奥の方だ。見に行くか? つっても、残っているかはわからないが」
「え?」
友人らに案内されて向かった先では、複数のゴブリンとカラスが何かに群がっている。咲良は後ろからそっと覗き込んだ。
「あーりゃりゃりゃ」
三メートル以上はある赤い翼の大きな鳥の死骸が、先客たちによってほとんど食い尽くされていた。九つある頭は苦悶の表情を浮かべているが、そのほとんどは目玉がなくなっている。
「美味しいの? あれ」
「ゴブリンに直接聞いてみるか?」
冗談とも本気ともつかない口調でレイモンドが答えた。
「遠慮しとく~。っていうか、あれ倒した魔女ってどんな人だったんだろ。超気になるんだけど!」
「それらしき人なら、ぼくたちが見掛けたよ」
「マジで!?」
「うん。と言っても、箒で飛び去ってゆく後ろ姿だけど。多分紫色かな? ローブを着ていて、髪の毛は白髪混じりの黒髪。でもそんなに歳を召された人じゃないと思う」
「ああ、そんな人だったな」
咲良の脳裏に、魔女の友人の笑顔が浮かんだ。
「カレンの姐さんかも!」
「知り合いか?」
「うん、多分。そうだとしたら、やっぱり一度勝負したい! 今度会ったら聞いてみよっと」
元来た方から、常闇紳士が咲良たちを呼んだ。片手で月光夫人の肩を抱き、空いた方の手を振っている。
「んじゃ、無事解決した事だし帰りますか」
「そうだね」
「うぇ~いお疲れ様~。まあ空飛んだくらいだけど!」
常闇紳士と月光夫人と共に、咲良は自宅前まで到着した。
「リリーさん、今日は本当に有難うね」
「妻を助けてくれて有難う」
「大袈裟~。わたしは空飛んだだけ。こちらこそマジ感謝」
咲良は二人と握手した。
「それじゃあ、我々はもう行くとするよ」
「あ、待って。その前に聞きたい事があるんだよね。月光夫人の方に」
「わたし?」
「うん。あのさ、どうしてわたしの所に来たの?」
超一流魔術師──おまけに美少女──の存在を知っていて依頼者としてやって来たか、あるいは夫を探しているうちに強力な魔力を感じ取ったのだろうかと当初は考えたが、そうではないようだった。しかし、それなら何故わざわざ夫とはぐれた地点から離れ、なおかつ方角も異なる〈歌魔女の森〉まで聞き込みにやって来たのか。
「他に何かあるかなって考えたけど、思い付かなくって。このままじゃスッキリしないから、本当の理由を教えてほしいんだけどなー……」
「それは……」
月光夫人は助けを求めるように常闇紳士を見やった。
「ここなら大丈夫だろう。それにリリーさんなら信用出来そうだ」
月光夫人は頷くと、咲良に向き直った。
「誰かに聞かれてしまったらと警戒して黙っていたのですが……実はわたし、人間なんですよ。リリーさん、あなたと同じで」
「どしぇ~~~!!」
咲良は後方に吹っ飛び、玄関ドアに激突した。
「あら、予想以上の反応だわ」
「ハハハ、リリーさんは面白い人だね!」
「マジかぁ~! え、何で魔界に? ていうか何でわたしが人間だって知ってるの?」
「話せば長くなるから詳細は省くけれど」常闇紳士が答えた。「私は一時期人間界にいて、その間に舞織──妻と出会ったんだ。そしてあなたの事も知っていたよ、稀代の若き魔術師としてね」
「なるへそ……」
「しかしまさか魔界に来ているとは思わなかったから、前に偶然見掛けた時は驚いたよ。人間界には時々帰るのかい?」
「ううん、帰らない。あんな所、二度と帰らない」
「そうか……」
静かに、しかし力強く答えた咲良から何かを感じたのか、夫婦はそれ以上の言及はしなかった。
「ねえ二人共。良かったらちょっとお茶してかない?」
「いいのかい? 嬉しいけれど、もう遅い時間だよ。君は大丈夫なのかい?」
「何の何の。夜はまだまだこれから、だもんね」
咲良と目が合うと、月光夫人は微笑んだ。
「さ、入った入った」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
「今度は玄関からお邪魔しますね」
人生で初めての夜のティータイム中、常闇紳士と月光夫人から二人の馴れ初めや交際中のエピソード及びノロケ話をたっぷりと聞かされ、咲良は何度白目を剥いたかわからなかった。
咲良は満月を背に、両手を高く上げ、全身で夜風を感じた。
「まさか飛べる日が来るとは思わなかった! エヘヘのヘ~!!」
「気に入っていただけたなら何よりよ。有難う、危ないのに一緒に来てくれて」
常闇紳士とはぐれた理由を月光夫人から聞いた咲良は、念の為自分も同行する事に決めた。そして月光夫人の魔法により、念願だった生身での飛行移動を体験している。
「鬼車、だっけ? 厄介なモンスターもいるもんだわ。まあ、ミスター・ダークネスを探しがてらそいつと遭遇したら、このリリーちゃんがサクッと退治しちゃる!」
「ええ、お願いね」
咲良は街並みを見下ろした。ネオンでキラキラと輝く様は、人間界の大都会と大差ない。遠方の高層ビル群にも多くの明かりが点いているが、種族によっては夜の間でないと活動出来ないらしいので、人間のように無理をさせられているわけではないのだろう……恐らくは。
「この辺りよ、リリーさん」
〈歌魔女の森〉よりも小さな森の上空まで来ると、月光夫人は緊張した様子で言った。
「鬼車に遭遇して、夫と離れ離れになったのはこの辺り」
「どっちに行ったかわかる?」
「多分、北西の方向じゃないかと思うのだけれど……自信がないわ」
「さっきさ、見掛けたら月に向かって呼んでくれって言ってたよね? 旦那さんから呼ばれてもわかるんじゃないの?」
「そのはずなのですが、今のところ全然──」
北の方向から騒がしい声が聞こえてきた。先端が尖ったハート形のような尻尾を生やした、露出の高い衣装を纏っている女性五人──夜魔だろうか──が、テンション高めにお喋りしながら飛んで来る。
「すいませーん!」咲良は両手をブンブン振って五人を止めた。「この辺で鬼車見ませんでした?
無駄に頭が多い鳥」
「無駄に頭が? うん、ついさっき見たよ!」
長い黒髪をツインテールにした女性が答えると、咲良と月光夫人は顔を見合わせた。
「何処に?」
「〈ゴモリー広場〉よ! あのクソ鳥、好き勝手暴れやがってさ。でも何か凄い魔女が、何か凄い魔法で倒してくれたの!」
短い金髪を逆立てた女性が興奮気味に答えると、他の四人は笑顔でうんうんと頷いた。
「凄い魔女?」咲良はキラリと目を輝かせた。「超気になる……魔術勝負したい……!」
「その広場に、燕尾服姿の素敵な男性がいませんでしたか? わたしの夫なんですが」
月光夫人が尋ねると、女性たちは顔を見合わせ、
「……どうだっけ?」
「うーん、ちょっとわかんない」
「そう……ですか」
表情を曇らせかけた月光夫人だったが、はたと何かに気付いたように顔を上げ、満月をじっと見据えた。
「……間違いないわ。夫が呼んでいる! 無事ですって!」
「お、良かったじゃん!」
「ええ! ……あら、夫もお友達と〈ゴモリー広場〉にいるって」
「じゃ、今すぐ行くしかないね!」
二人は五人組に礼を言うと、その場を後にした。
〈ゴモリー広場〉の中心部に到着して早々に、月光夫人の不安は完全に解消された。スラリとした体型に猫のような目が特徴的な燕尾服姿の男性が、元気そうな様子で出迎えたからだ。
「もうっ、心配したんだからぁ~!!」
「ごめんよ、我が美しき光!!」
再会した常闇紳士と月光夫人は抱き合い、二人だけの世界に入り込んだようだった。
「ヨカッタヨカッター」
咲良は白目を剥きながら拍手した。その隣には、常闇紳士と行動を共にしていたレイモンドとウィルがいる。
「咲良と月光夫人は知り合いだったんだね」
「世間は狭いな」
「ついさっき初めて会ったばかりなんだ。依頼人と言えるかは微妙だけどね。ねえ、ところで鬼車の死骸は?」
「ああ、ここからもうちょっと奥の方だ。見に行くか? つっても、残っているかはわからないが」
「え?」
友人らに案内されて向かった先では、複数のゴブリンとカラスが何かに群がっている。咲良は後ろからそっと覗き込んだ。
「あーりゃりゃりゃ」
三メートル以上はある赤い翼の大きな鳥の死骸が、先客たちによってほとんど食い尽くされていた。九つある頭は苦悶の表情を浮かべているが、そのほとんどは目玉がなくなっている。
「美味しいの? あれ」
「ゴブリンに直接聞いてみるか?」
冗談とも本気ともつかない口調でレイモンドが答えた。
「遠慮しとく~。っていうか、あれ倒した魔女ってどんな人だったんだろ。超気になるんだけど!」
「それらしき人なら、ぼくたちが見掛けたよ」
「マジで!?」
「うん。と言っても、箒で飛び去ってゆく後ろ姿だけど。多分紫色かな? ローブを着ていて、髪の毛は白髪混じりの黒髪。でもそんなに歳を召された人じゃないと思う」
「ああ、そんな人だったな」
咲良の脳裏に、魔女の友人の笑顔が浮かんだ。
「カレンの姐さんかも!」
「知り合いか?」
「うん、多分。そうだとしたら、やっぱり一度勝負したい! 今度会ったら聞いてみよっと」
元来た方から、常闇紳士が咲良たちを呼んだ。片手で月光夫人の肩を抱き、空いた方の手を振っている。
「んじゃ、無事解決した事だし帰りますか」
「そうだね」
「うぇ~いお疲れ様~。まあ空飛んだくらいだけど!」
常闇紳士と月光夫人と共に、咲良は自宅前まで到着した。
「リリーさん、今日は本当に有難うね」
「妻を助けてくれて有難う」
「大袈裟~。わたしは空飛んだだけ。こちらこそマジ感謝」
咲良は二人と握手した。
「それじゃあ、我々はもう行くとするよ」
「あ、待って。その前に聞きたい事があるんだよね。月光夫人の方に」
「わたし?」
「うん。あのさ、どうしてわたしの所に来たの?」
超一流魔術師──おまけに美少女──の存在を知っていて依頼者としてやって来たか、あるいは夫を探しているうちに強力な魔力を感じ取ったのだろうかと当初は考えたが、そうではないようだった。しかし、それなら何故わざわざ夫とはぐれた地点から離れ、なおかつ方角も異なる〈歌魔女の森〉まで聞き込みにやって来たのか。
「他に何かあるかなって考えたけど、思い付かなくって。このままじゃスッキリしないから、本当の理由を教えてほしいんだけどなー……」
「それは……」
月光夫人は助けを求めるように常闇紳士を見やった。
「ここなら大丈夫だろう。それにリリーさんなら信用出来そうだ」
月光夫人は頷くと、咲良に向き直った。
「誰かに聞かれてしまったらと警戒して黙っていたのですが……実はわたし、人間なんですよ。リリーさん、あなたと同じで」
「どしぇ~~~!!」
咲良は後方に吹っ飛び、玄関ドアに激突した。
「あら、予想以上の反応だわ」
「ハハハ、リリーさんは面白い人だね!」
「マジかぁ~! え、何で魔界に? ていうか何でわたしが人間だって知ってるの?」
「話せば長くなるから詳細は省くけれど」常闇紳士が答えた。「私は一時期人間界にいて、その間に舞織──妻と出会ったんだ。そしてあなたの事も知っていたよ、稀代の若き魔術師としてね」
「なるへそ……」
「しかしまさか魔界に来ているとは思わなかったから、前に偶然見掛けた時は驚いたよ。人間界には時々帰るのかい?」
「ううん、帰らない。あんな所、二度と帰らない」
「そうか……」
静かに、しかし力強く答えた咲良から何かを感じたのか、夫婦はそれ以上の言及はしなかった。
「ねえ二人共。良かったらちょっとお茶してかない?」
「いいのかい? 嬉しいけれど、もう遅い時間だよ。君は大丈夫なのかい?」
「何の何の。夜はまだまだこれから、だもんね」
咲良と目が合うと、月光夫人は微笑んだ。
「さ、入った入った」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
「今度は玄関からお邪魔しますね」
人生で初めての夜のティータイム中、常闇紳士と月光夫人から二人の馴れ初めや交際中のエピソード及びノロケ話をたっぷりと聞かされ、咲良は何度白目を剥いたかわからなかった。
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