咲良ちゃんの楽しい魔界生活

園村マリノ

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第21話〜30話

第30話 コーヒーと聞き耳とライバルと

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 久し振りの魔術師稼業をさっさと終わらせた咲良は、初めて立ち寄った喫茶店のカウンター席で一息吐いていた。店長のおすすめだという、程良く熱いブラックコーヒーが身体中に染み渡る。

 ──ちょっと疲れたけど、簡単だったな。

 第6地区内の、第7地区寄りに位置する小さな町に出没しては悪戯イタズラを繰り返していた、三匹のゴブリンの討伐依頼。泊まり込みの長期戦すら覚悟していたが、町に到着するなり運良く三匹全てと遭遇し、たまたま所持していた菓子で釣れたので、そのまま纏めて衝撃波でぶちのめした。

 ──もっと難易度の高い依頼が来ないかなぁ……暴走した巨大生物の制圧とか、半裸のマッチョなイケメン同士の喧嘩の仲裁とか……なんてね! グヘヘヘ!

「そういえばこの間、彼とデートだったんでしょ。どうだった?」

「実はプロポーズされたんだけど、ムカついたから断ったの。で、後で大喧嘩」

 通路を挟んで後ろのボックス席に座る、女性二人の会話が聞こえてきた。一人は大きな赤い一つ目が顔の上半分を占めていて、もう一人はエメラルドグリーン色の肌をしている。

「マジ!? え、何で、どうしたのよ」

 一つ目の女性が、ただでさえ大きな目を更に見開き、身を乗り出した。プロポーズされたのはエメラルドグリーンの方らしい。

「だってさ、通行人もいる、ごく普通の歩道のど真ん中でだよ? ムードもへったくれもない!」

「え、確か第6にある遊園地に行ったんだよね? 観覧車の中とか、レストランで夜景見ながらとかじゃなくて?」

「うん、ディナーの後の帰り道で。しかもすぐ後ろはゴミ捨て場」

「えええ……」

「丁度通り掛かった吸血鬼の若い子たちが囃し立ててさ。まあ、あたしが舌打ちしてから断ったら静かになったけど」

「うわ、そりゃ確かに嫌だわ。今後どうするの?」

「未だに謝ってこないし、結婚どころか別れる事になるかも」

 ──大変だねえ……。

 咲良は聞き耳を立てつつ、メニューブックを開いた。パフェでもアイスクリームでも、何かしら甘い物を口に入れたくなってきた。

「そうだったのね……。愚痴ならバンバン聞くし、相談にもガンガン乗るからね!」

「有難う、親友。そういえば、あんたの方はどうなったのよ。ほら、前に合コンで知り合った狼頭のイケメン君」

「ああ、あいつ? マジでカス。私はキープ兼金蔓の一人だったの。いいように利用され続けて、一度拒否したらポイよ」

「嘘! 酷い……!」

 ──うん、酷いね。血祭りに上げてやらなきゃだよ!

 自分だったらどうするか、咲良は脳内で勝手にシミュレーションを始めた。

「まあ、このまま泣き寝入りするつもりはないわよ。今度あいつの職場まで行って、私が受けた仕打ちとあいつの恥ずかしい一面を全部暴露して、社会的にブチ殺してやるつもりでいるから」

「本当に!?」

 ──マジで!?

 パンツ一丁で逆さ吊りにされた狼頭の男は、咲良の脳内で霧散した。

「マジよマジ。私は有言実行の単眼女子だかんね」

 ──うわぁ見学してぇ~! むしろ参加してぇ~! 

「やっぱりリリーだ」

 ふいに横から話し掛けられ、咲良ははっと我に返った。

「久し振り。元気してた?」

「わ、カレン姐さん! 久し振りかつ偶然!」

 友人かつ密かにライバル視している相手の登場に、咲良は驚きと嬉しさの入り混じった笑顔を浮かべた。

「歩いてたらあんたの姿が見えたからさ。隣、いい?」

「勿論。あれ、今日は紫のローブは着てないんだね」

「あれはクリーニングに出したばっかり。ていうか、毎日着ているわけじゃないからね?」

 小柄な店員が来ると、カレンはミックスベリージュースを、咲良は追加でミニサイズのチョコレートパフェを注文した。

「話変わるけど、この間〈ゴモリー広場〉で鬼車がご臨終だったの、あれって姐さんが?」

「ん? ああ~あれか。そうだよ。あのままじゃ犠牲者が出ていただろうから」

「流石! ねえ、いつになったらわたしと魔術勝負してくれるの?」

「ああ、そういえば約束していたね。でも本当にいいの? 私結構強いし、接待モードは備わってないからね」

「それはわたしもだよーん」

 先程とは異なる店員がミックスベリージュースを持って来ると、カレンは早速喉を潤した。

「姐さん、また話は変わるけどさ。わたしたちが初めて会ったのって、割と最近だよね?」

「まあ、そうだね。〈歌魔女の森〉の、今はあんたの家に私が訪ねて」

「うーん……」咲良は小首を傾げた。「実はさ、あの時が初めてじゃない気がして」

「何処かで会っているって? まあその可能性はゼロじゃないけだろうけど、こんな巨乳美女を忘れるわけないでしょ~!」

「だよね~! 姐さんだってこんな可憐な美少女忘れるわけないだろうし~!」

 咲良とカレンは、これ以上面白い話はないと言わんばかりにケラケラと笑い合った。
 当人たちは全く意識していないが、その心底楽しそうな表情は、周辺から見ると何となく似ていた。
 





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