咲良ちゃんの楽しい魔界生活

園村マリノ

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第21話〜30話

第27話 咲良に肩こり

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「今日はいい天気で良かったですわね~リリーさん」 

「そうだね~お姫ちゃん、赤い月が爛々だね~」

 咲良はパイナップル姫と共に、第7地区北西の繁華街に遊びにやって来た。駅前商店街の石畳を歩きながら、ある目的地へと向かう。

「歌いたくなっちゃうよねー。恋人がサンタクロ~ス、赤髭のサンタクロ~ス」

「素敵な歌ですわね。でもサンタクロースって何ですの?」

「あー、えーとね、前に読んだ漫画に出て来た連続殺人犯」

 商店街を出ると、ザクロ並木に沿って坂道を上った。徐々に高級感溢れる住宅と木々が増えてゆき、駅や商店街周辺とは明らかに異なる、上品で落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 ──ほんと、こういうところは人間界と大差ないんだよね。
 
 しみじみとした直後、空を横切っていった鳥の顔は明らかに人間のそれだった。

 ──うんまあ、当然ながら細かな違いはあるけどさ。

 だんだん足が重くなり、喉の渇きを覚えてきたところで、二人は目的地に到着した。

「ここが噂の……」咲良はゴクリと唾を飲み込んだ。

「そう、ここが噂のカフェ〈ミュスクル〉ですわ!」

 白と赤のコントラストが美しい二階建ての西洋館と、レンガ敷きのテラス席。敷地前の若干古びた看板に、パイナップル姫が言った通りの店名が表記されている。
 階段を数段上ると、パイナップル姫は木製の扉を開いた。店内はアンティーク調で、全部で三〇席程だ。

「いらっしゃいませ! こんにちは!」

 二人に気付いた男性店員が、カウンターの向こうからにこやかに挨拶した。人間でいえば五〇代くらいだろうか。二メートル近い長身で、僅かに紫がかった白い肌、赤紫色の目、オールバックにした銀髪。何よりも目立つのは、筋骨隆々としたその体で、身に纏っている黒いシャツとジーンズがピッチピチだ。その外見に似合わず、マーガレット柄の水色のエプロンを着用している。

「いらっしゃいませ!」

 他の若い店員たちも、他の客への対応が終わると次々に挨拶した。全員、最初の店員には劣るが筋肉質なのがわかる。

「ほらね、全員見事なまでにムキムキでしょう」パイナップル姫は小声で言って微笑んだ。

「最高っすね」咲良は真顔で頷いた。

「空いているお好きな席へどうぞ! テラス席もございますよ」

「どうします?」

「全員と握手する。そしてあわよくばドジを装って抱き付いて──」

「席を何処にするかという話ですわよ」

「ああ、それじゃテラス行く?」


 
 注文からしばらくすると、若い男性店員が二人分のローズヒップティーと、魔石をまぶしたチーズケーキのセットを運んできた。

「うーん、いい香り!」

「ケーキも美味しそうですわね!」

「この紅茶、あのカウンターにいたマッチョなイケオジが淹れたのかな……むふふ」

「だと思いますわよ。ちなみにあの方が店主だそうですわ」

「そっか。やっぱり後で握手してもらおっと。それじゃ早速──」

 二人はフォークを手に取り、チラリと顔を見合わせると声を揃えて、

「いただきまーす!」

 その直後だった。突然何処かで連続した大きな破裂音が鳴り響き、二人は反射的に身を竦めた。

「ビッ……クリしたあ!」

「な、何ですの今の──きゃっ!」

 今度は地響がした。テーブルが揺れ、ローズヒップティーがソーサーの上に溢れる。

「ああもう、まだ一口も飲んでないのに!」

「お客様、大丈夫ですか?」店主が走ってやって来た。「お怪我はございませんか?」

「ああ、ちょっと今ので具合が……」

 咲良は目を瞑り、額に手をやると店主の方へゆっくりと体を傾けた。

「ええっ、それは大変だ!」

「いえ、一時的なものですわ。お気になさらず」パイナップル姫は咲良を自分の方に引っ張り起こした。「しかし今のは一体何ですの?」

「おーい、店主!」

 頭上からの声に三人が顔を上げると、小柄でバーコード頭の男が、蝙蝠の翼をはためかせて慌てた様子で飛んで来るところだった。

「おお、ボーリンじゃないか。久し振りだな」

「おう久し振り~! って、それもそうだがそれよりも!」

 ボーリンと呼ばれた男は店主の隣に着地すると、元来た方を指差した。

「ギャラクシアン兄弟だよ! あのクレイジー兄弟、数年振りに喧嘩おっ始めやがった!」

「何だって!? あちゃー……」店主は片手で頭を抱えた。

「あのー、ギャラクシアン兄弟とは?」

「ん? 嬢ちゃん知らんのか、ノエットとウィジーこと、ノエトーデ・ギャラクシアンとウィジョール・ギャラクシアンを」

「初耳ですわ」

「ノエットとウィジーは、財宝発掘屋トレジャーハンターの獣人兄弟なんですよ」

 店主が答えた。

「元々は仲が良くてコンビで活動していたそうですが、ある時仕事中に大喧嘩して以来、何かと衝突するようになって、やがてコンビを解消してしまった」

「その後は互いに、醜い足の引っ張り合いを始めたんだ」

 ボーリンが続いた。

「それがだんだんとエスカレートしていって、しまいにゃ周囲の迷惑を省みず街中で堂々とバトるようになっちまったってワケさ」

「先程、数年振りとおっしゃっていましたが……」
 
「何年か前に、仲介者を伴ったうえで和解したんだよ。それからは静かになったもんだから、オレもすっかり忘れかけていたが──」

 再び破裂音が連続し、ややあってから突風が吹いた。木々に止まっていたらしい人面鳥たちが慌てて飛び去ってゆく。兄弟は先程よりもこちらに近付いて来ているようだ。
 
「〝兄弟喧嘩は黒妖犬ブラックドッグも食わぬ〟とは言いますが、流石にひでぇでございますわね」

「お客様方、ここにいるのは危険です。ひとまず店内に──」

 珍しく今まで黙っていた咲良が、テーブルに手を突いて立ち上がった。

「んんんんんー、ゆるるさーん!! わたしのお茶の邪魔をしおって!!」

「リ、リリーさん?」

「ちょっと懲らしめてくっから!」

 言うや否や、咲良は周囲が止める間もなく走り去っていった。

「ああ~行っちゃいましたわ……」

「危険過ぎる! ボーリン、今すぐ止めに行ってくれ」

「お、おう!」

「リリーさんは大丈夫だと思いますわよ」パイナップル姫はフォークを再び手に取った。「むしろ兄弟の方を助けに行った方がよろしいかと」

「パパー! 遊びに来たよー!」

 若干深刻な場の雰囲気を和らげたのは、店にやって来た一人の青年だった。店主と同じ赤紫色の目を持ち、銀髪に青いメッシュを入れている。

「おお、ファーヴ! 無事か?」

「無事って、今の大きな音と風? 大丈夫だけど、何があったの?」

 店主の息子ファヴニルは小首を傾げた。



〈ミュスクル〉から約二〇〇メートル南に離れた郊外の一角。

「あ~疲れた……っと」

 咲良は大きく伸びをすると、右肩をぐるぐる回し、左手で揉みほぐすようにした。

「あんたたちのせいで肩凝ったんだけど! 揉め叩けとは言わないけど、せめていいマッサージ店紹介してよね。……ねえ聞いてる?」

 咲良の視線の先には、顔が腫れ、頭に大きなたんこぶを作り、服はボロボロのほぼパンツ一丁状態で伸びている獣人兄弟の姿があった。

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