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第21話〜30話
第28話 常闇紳士と月光夫人①
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夕食後、自室で寛いでいた咲良のスマホにセルミアから電話が掛かってきたのは、金色の月が空の一番高い所に到達した頃だった。
「急で悪いけど、明日から一〇日間、臨時休業にするわ。その間の出勤日分の給料はちゃんと出すから」
「大丈夫ですけど、何かあったんですか?」
「本業の方が忙しくなっちゃったの」
「ああ、やっぱり。だからお店が毎日閑古鳥でも余裕あるんですね!」
「そういえばそっちの話はしてなかったわね。まあ別に隠していたわけでもないし、帰ったら説明するわ」
「お土産待ってまーす!」
「はーい!」
電話を切ると、咲良はカーテン越しに淡い月光が差すベッドに寝転がった。
「わたしも本業に力入れなきゃな……」
魔術師が本業のつもりで生活しているが、依頼がほとんどないため、すっかり逆転してしまっている。
「宣伝が足らないのかな? もっとこの天才美少女魔術師の存在を魔界中に示さないと!」
Webサイトでも作ろうか、ビラを撒きまくろうかなどと考えていると、徐々に外が明るくなってきた。
「誰?」
警戒しつつそっとカーテンをめくる。
「ん……!?」
誰かがライトで照らしているのかと思いきや、そうではなかった。金色の月の輝きが普段以上に圧倒的に増している。まるで昼の赤い月、もっと言えば人間界の太陽のようだ。
「ええー、困るんですけどー! これからお風呂入って寝るっつーのに眩し過ぎるんですけどー!」
「夜はまだまだこれからよ」
「そんなパリピみたいな事言われましてもー……え、どちら様?」
月光が室内に降り注ぎ、ベッドとデスクの間が照らされた。そして一際大きく輝いたかと思うと、長袖レースの白いワンピースにパンプス姿で、セミロングの黒髪の女性が現れた。
「おおっ!?」
「はじめまして。わたしは月光夫人と申します」
「ど、どうもリリーでーっす」
──玄関から来てくれや!
「突然すみません。実は先程上空で夫とはぐれてしまって。燕尾服姿がよく似合う素敵な男性を見掛けませんでしたか?」
「ううん、誰も見てないよ」咲良はベッドから降りた。「でも一応もうちょい特徴を詳しく」
「はい。髪はわたしと同じ黒で短くて、目は金色。瞳孔が縦長なので猫みたいなんですよ。それがとっても可愛くって!」
「お、おう……さよか」
「背は一八五くらいで、スラッとしてます。でも意外と力持ちで、よくお姫様抱っこしてくれたり……ンフフフッ」
「ヘースゴイネー」咲良は白目を剥いた。
「あの、もし見掛けたら、月に向かってわたしを呼んでいただけませんか?」
「それで届くんだ? ミセス・ムーンライト、あなたは月の精霊?」
「まあ……そんなところでしょうか」月光夫人は曖昧に微笑んだ。
「ふーん……ところで、何ではぐれちゃったの?」
「紅茶入ったぞ」
「有難う」
レイモンドが差し出したマグカップを、ウィルは両手で受け取った。
「そういや、この部屋に友達が泊まりに来たのは初めてだ」
言いながら、レイモンドはテーブルを挟んでウィルの正面に腰を下ろした。
「ファヴニルさんやティトさんは?」
「ないよ。逆におれがレーン家の豪邸に泊まった事はあるけどな」
──じゃあ、恋人は?
喉まで出掛かった言葉を、ウィルは熱い紅茶と一緒に呑み込んだ。想い人の部屋で一晩一緒に過ごせるだけで充分ではないかと、内心自分に言い聞かせる。
「美味しい。レモンのいい香りがする」
「前に咲良がくれたんだ。『レモン君にはレモンティーでしょ』って。ベタだよな。あ、そういやジャムクッキーもあるんだ。今持って──」
コン、コン。
ガラスを叩く音に、二人はカーテンが閉まっている窓の方に振り向いた。
「……何だ?」
コン、コン。
レイモンドは窓に近付くと、そっとカーテンをめくった。
「うおっ!?」
「どうしたの?」
ウィルが立ち上がると、レイモンドは苦笑しながら窓を親指で示した。ガラスの向こうで、一匹のコウモリが慌ただしく羽ばたいている。
「何だコウモリか……あれ?」
ウィルも窓まで近付くと、ガラス越しにコウモリをじっと見据えた。
「やっぱり。ぼくの知り合いだ」
「知り合い?」
「うん。ちょっと開けるね」
窓が開くと、コウモリは待ってましたと言わんばかりに飛び込んできた。室内を一周旋回し、その小さな体から紫色の煙が発生したかと思うと、次の瞬間には一人の男に姿を変えていた。
「ふう……どうも、お邪魔するよ」
スラリとした長身に燕尾服を身に纏った男は、二人に向かって優雅に一礼した。その動きに合わせて、艶のある黒髪が揺れる。
「えーと、ウィルの知り合いだって?」
「うん。同じ地区に夫婦で暮らしている、常闇紳士。会うのは久し振りだけど」
名前を呼ばれた男は顔を上げた。目が金色で、瞳孔が縦に長い。まるで猫のようだ。
「ああウィル! やっぱり君だったか」
「友達の家に泊まりに来たんだ。こちらレイモンド・サイホユート」
「どうも」レイモンドは小さく頭を下げた。
「はじめましてサイホユート君! 私は夜魔の常闇紳士。いきなり上がり込んでしまったが、ここは土禁みたいだね?」
常闇紳士は、自分が履いているピカピカに磨かれたエナメルシューズを指差した。
「玄関は何処かな? もっとも、すぐにお暇するつもりだけれどね」
「せっかくですし、レモンティー飲んでいきます?」
「それは是非! と言いたいところだが、はぐれた妻を探さなくてはならない」
「はぐれた? 何があったの」
常闇紳士はウィルへと振り向き、
「いやあ参ったよ! 妻とのデート中にいきなり鬼車に襲撃されてね」
「あの頭が九個もある怪鳥か!」
レイモンドは顔をしかめた。二〇〇年以上前、当時住んでいた街にある小さな山で近所の同世代の子供たちと遊んでいた際、鬼車に襲われた事があった。レイモンド自身は軽症で済んだが、怪我を負わされ入院した子供もいた。
「それは災難だったね。無事で良かったよ」
「ああもう全くだ! 上手く私の方へ誘導しつつ振り払ったけれど、もしあの怪鳥がまた妻と遭遇するような事があったらと思うと!」
常闇紳士は土足のまま窓まで駆け寄ると、金色の月を見上げて両手を広げた。
「おお、愛しの月光夫人! 美しい君よ、どうか無事でいておくれ……!」
「……あー、ウィル、おれたちも探すのに協力するか」
「そうだね」
「え、本当かい? いやぁ助かるよ!」常闇紳士は目を輝かせた。
──というか、最初からそのつもりで来たんじゃないのか?
レイモンドはウィルをチラリと見やった。何とも言えない微笑みを浮かべているのは、自分と同じ事を考えているからではないかという気がした。
「急で悪いけど、明日から一〇日間、臨時休業にするわ。その間の出勤日分の給料はちゃんと出すから」
「大丈夫ですけど、何かあったんですか?」
「本業の方が忙しくなっちゃったの」
「ああ、やっぱり。だからお店が毎日閑古鳥でも余裕あるんですね!」
「そういえばそっちの話はしてなかったわね。まあ別に隠していたわけでもないし、帰ったら説明するわ」
「お土産待ってまーす!」
「はーい!」
電話を切ると、咲良はカーテン越しに淡い月光が差すベッドに寝転がった。
「わたしも本業に力入れなきゃな……」
魔術師が本業のつもりで生活しているが、依頼がほとんどないため、すっかり逆転してしまっている。
「宣伝が足らないのかな? もっとこの天才美少女魔術師の存在を魔界中に示さないと!」
Webサイトでも作ろうか、ビラを撒きまくろうかなどと考えていると、徐々に外が明るくなってきた。
「誰?」
警戒しつつそっとカーテンをめくる。
「ん……!?」
誰かがライトで照らしているのかと思いきや、そうではなかった。金色の月の輝きが普段以上に圧倒的に増している。まるで昼の赤い月、もっと言えば人間界の太陽のようだ。
「ええー、困るんですけどー! これからお風呂入って寝るっつーのに眩し過ぎるんですけどー!」
「夜はまだまだこれからよ」
「そんなパリピみたいな事言われましてもー……え、どちら様?」
月光が室内に降り注ぎ、ベッドとデスクの間が照らされた。そして一際大きく輝いたかと思うと、長袖レースの白いワンピースにパンプス姿で、セミロングの黒髪の女性が現れた。
「おおっ!?」
「はじめまして。わたしは月光夫人と申します」
「ど、どうもリリーでーっす」
──玄関から来てくれや!
「突然すみません。実は先程上空で夫とはぐれてしまって。燕尾服姿がよく似合う素敵な男性を見掛けませんでしたか?」
「ううん、誰も見てないよ」咲良はベッドから降りた。「でも一応もうちょい特徴を詳しく」
「はい。髪はわたしと同じ黒で短くて、目は金色。瞳孔が縦長なので猫みたいなんですよ。それがとっても可愛くって!」
「お、おう……さよか」
「背は一八五くらいで、スラッとしてます。でも意外と力持ちで、よくお姫様抱っこしてくれたり……ンフフフッ」
「ヘースゴイネー」咲良は白目を剥いた。
「あの、もし見掛けたら、月に向かってわたしを呼んでいただけませんか?」
「それで届くんだ? ミセス・ムーンライト、あなたは月の精霊?」
「まあ……そんなところでしょうか」月光夫人は曖昧に微笑んだ。
「ふーん……ところで、何ではぐれちゃったの?」
「紅茶入ったぞ」
「有難う」
レイモンドが差し出したマグカップを、ウィルは両手で受け取った。
「そういや、この部屋に友達が泊まりに来たのは初めてだ」
言いながら、レイモンドはテーブルを挟んでウィルの正面に腰を下ろした。
「ファヴニルさんやティトさんは?」
「ないよ。逆におれがレーン家の豪邸に泊まった事はあるけどな」
──じゃあ、恋人は?
喉まで出掛かった言葉を、ウィルは熱い紅茶と一緒に呑み込んだ。想い人の部屋で一晩一緒に過ごせるだけで充分ではないかと、内心自分に言い聞かせる。
「美味しい。レモンのいい香りがする」
「前に咲良がくれたんだ。『レモン君にはレモンティーでしょ』って。ベタだよな。あ、そういやジャムクッキーもあるんだ。今持って──」
コン、コン。
ガラスを叩く音に、二人はカーテンが閉まっている窓の方に振り向いた。
「……何だ?」
コン、コン。
レイモンドは窓に近付くと、そっとカーテンをめくった。
「うおっ!?」
「どうしたの?」
ウィルが立ち上がると、レイモンドは苦笑しながら窓を親指で示した。ガラスの向こうで、一匹のコウモリが慌ただしく羽ばたいている。
「何だコウモリか……あれ?」
ウィルも窓まで近付くと、ガラス越しにコウモリをじっと見据えた。
「やっぱり。ぼくの知り合いだ」
「知り合い?」
「うん。ちょっと開けるね」
窓が開くと、コウモリは待ってましたと言わんばかりに飛び込んできた。室内を一周旋回し、その小さな体から紫色の煙が発生したかと思うと、次の瞬間には一人の男に姿を変えていた。
「ふう……どうも、お邪魔するよ」
スラリとした長身に燕尾服を身に纏った男は、二人に向かって優雅に一礼した。その動きに合わせて、艶のある黒髪が揺れる。
「えーと、ウィルの知り合いだって?」
「うん。同じ地区に夫婦で暮らしている、常闇紳士。会うのは久し振りだけど」
名前を呼ばれた男は顔を上げた。目が金色で、瞳孔が縦に長い。まるで猫のようだ。
「ああウィル! やっぱり君だったか」
「友達の家に泊まりに来たんだ。こちらレイモンド・サイホユート」
「どうも」レイモンドは小さく頭を下げた。
「はじめましてサイホユート君! 私は夜魔の常闇紳士。いきなり上がり込んでしまったが、ここは土禁みたいだね?」
常闇紳士は、自分が履いているピカピカに磨かれたエナメルシューズを指差した。
「玄関は何処かな? もっとも、すぐにお暇するつもりだけれどね」
「せっかくですし、レモンティー飲んでいきます?」
「それは是非! と言いたいところだが、はぐれた妻を探さなくてはならない」
「はぐれた? 何があったの」
常闇紳士はウィルへと振り向き、
「いやあ参ったよ! 妻とのデート中にいきなり鬼車に襲撃されてね」
「あの頭が九個もある怪鳥か!」
レイモンドは顔をしかめた。二〇〇年以上前、当時住んでいた街にある小さな山で近所の同世代の子供たちと遊んでいた際、鬼車に襲われた事があった。レイモンド自身は軽症で済んだが、怪我を負わされ入院した子供もいた。
「それは災難だったね。無事で良かったよ」
「ああもう全くだ! 上手く私の方へ誘導しつつ振り払ったけれど、もしあの怪鳥がまた妻と遭遇するような事があったらと思うと!」
常闇紳士は土足のまま窓まで駆け寄ると、金色の月を見上げて両手を広げた。
「おお、愛しの月光夫人! 美しい君よ、どうか無事でいておくれ……!」
「……あー、ウィル、おれたちも探すのに協力するか」
「そうだね」
「え、本当かい? いやぁ助かるよ!」常闇紳士は目を輝かせた。
──というか、最初からそのつもりで来たんじゃないのか?
レイモンドはウィルをチラリと見やった。何とも言えない微笑みを浮かべているのは、自分と同じ事を考えているからではないかという気がした。
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