上 下
32 / 36
第21話〜30話

第26話 定番のアレ

しおりを挟む
 今日も今日とて〈シルフィーネ〉は暇過ぎるので、咲良とセルミアは、レジ奥の小部屋に引っ込んで、それぞれ異なる漫画に集中していた。
 咲良が読んでいるのは、今魔界で人気沸騰中のアクション&コメディ作品『ドン引きの子』最新刊だ。

 ──へえ~なるほど、そう来たか!

 人間界のとある王国の第七王女、レーナことツンデレーナ・ツンケンスキーが、マクスター・シルバーという偽名でアイドルグループ[B小ビーコマッチョ]に加入して華々しいデビューを飾り、一躍大スターとなるものの、謎の組織に命を狙われるようになる。
 無駄に早口言葉が得意な老人の暗殺者に追い詰められ絶体絶命のレーナを助けたのは、未来からやって来たレーナの子孫を自称する、謎の双子の兄妹だった。
 つい先日発売された最新刊では、双子がレーナの元にやって来た本当の理由が明かされたが、ファンの間では賛否両論で、魔界のSNSで毎日のように議論が交わされている。

「そういえば店長、結局新しいバイトは雇わないんですか?」

 キリのいいところまで読み終えた咲良が顔を上げて尋ねると、セルミアもホラー&グルメ漫画『蠱毒のグルメ』から顔を上げた。

「うーん、もう何人も面接してるんだけどね、何かいまいち……ね」

「この間来たダークエルフのイケメン、感じ良さそうだったのに。筋肉は少なそうだったけど」

「ああ、あの子は普段全然本を読まなくて、バイト出来れば何でもいいって感じだったの。まあ別に、ちゃんと仕事やってくれればいいのかもしれないけど、何か引っ掛かって」

「ほえ~なるへそ」

 ──そういうところは、ちゃんとこだわるんだ。

「ところで話変わるけど、この近くでまた出たらしいわよ、あの入れ替わらせ魔が。これで何件目かしら」

「入れ替わらせ魔? 何ですか、それ」

「あら、知らなかった? 今問題になっている傍迷惑なクソガキ。なかなか高等な魔術を使えるのは凄い事だけど、流石に度が過ぎてるわ」

「あー……もしかしてそれって、定番のアレですか!?」

 咲良は『ドン引きの子』を完全に閉じた。両目の奥で無数の星々がキラキラと輝いている。

「定番の……他人同士の中身が入れ替わっちゃうアレですかっっ!?」



 金色の月が昇り始めたものの、幾重もの雲に隠されてしまっている宵の口。
〈シルフィーネ〉からそう離れていない小さな街の路地裏の一角で、青いメッシュを入れた銀髪と赤紫色の目を持つ青年が、苛立ちを隠し切れない様子で舌打ちした。

 ──迂闊だった……。

 不発に終わった仕事の帰り道、青年は大学の友人たちと遊んだ帰りだという親友と、偶然出くわした。久し振りに二人で夕食を食べに行こうという話になり、繁華街に向かっていると、前方から慌ただしい足音が聞こえてきた。

「あ~っそこのおにーちゃんたち! 助けて!」

 角を曲がって現れたのは、頭部のてっぺんに一本角を生やした、カラフルな全身タイツ姿の男児だった。

「助けて! 助けて!」

「ぼく、どうしたの!?」

 男児は飛び込むようにして青年の親友に抱き付くと、ゆっくり顔を上げた。

「暇過ぎて死にそうなんだ」

「え?」

「だからちょっと遊んでよ」

 嫌な予感に、青年は咄嗟に親友から男児を引き剥がしたが、僅かに遅かった。意識が遠のきかけ、何とか堪えたかと思えば、どういうわけか

「わひゃひゃ~い引っ掛かった引っ掛かったー!! あっかんべぇぇ~!」

 男児は指で下瞼を引き下げ舌を出す、いかにも子供らしい侮蔑の仕草をしてみせると、元来た道を一目散に逃走した。

「え、え、ボクが目の前に!? あれ、声が違うぞ!! ど、どうなってるの!?」
 
 自分がパニックを起こしている姿を客観的に見るのは何とも奇妙で、耐え難い羞恥を覚えずにはいられなかったが、とりあえず宥めると青年は冷静に語った──恐らくあの子供は、最近巷を悪い意味で騒がせている、他人同士の中身を入れ替えてしまう悪ガキだろう、と。

「あー、ボクもその話聞いた事がある! え~っ、どうしよう!?」

 二手に分かれて探す事を提案し、不安がりながらも了承した親友には繁華街を中心に探させ、青年はその周辺の街を当たる事にした。何度も聞き込みをしながらあちこちを探し回っているが、一向に見付かる気配がなく、親友からも連絡はない。長期戦を覚悟していたとはいえ、時間ばかりが過ぎてゆく現状に焦燥感と苛立ちが募る。
 
 ──何としてでも今日中には元に戻らねば……。

 親友のこの貧弱な体のまま、明日からまた仕事をこなしてゆくのは難しいだろう。それに、帰宅しなければ親友の家族を心配させる事になる。
 恥を忍んで他の友人や仕事仲間に助けを求めるべきだろうか、と考え始めたところで、青年の脳裏に一人の少女の顔が浮かんだ。最強の魔術師を自称する彼女なら、何とかしてくれるのではないかという気がしないでもない。
 親友のスマホを取り出し、連絡先リストから少女のフルネームを見付け出す。

 ──……。

 登録されている電話番号を押せばすぐに発信される。にも関わらず、自分のものとは似ても似つかない綺麗な親友の人差し指は動こうとしなかった。あの少女にだけは自分の弱みを見せたくないと、本能が訴えていた。その理由は、青年自身にもよくわからなかった。
 青年は少女のページを閉じると、もう一人の親友の名前が出て来るまでリストをスクロールした。最近新しい仕事に就いたばかりらしいので余裕はないかもしれないが、少女以外に最も頼れるのは彼だ。

「あー、ファヴィー君だ!」

 反射的に、青年のスマホを持つ手に力が入った。

「やっほー元気ぃ~?」

 顔を上げると、よりによって自称最強魔術師の少女が、大通りの方から駆け寄って来るところだった。少女はぶつかる手前で急停止したが反動でつんのめり、青年が咄嗟に腕を伸ばして受け止めた。

「……気を付けろ」

「わはは、ごめんごめーん!」

 全く悪びれる様子もなくそう答えた弓削ゆげ咲良は、ふと何かに気付いたように小首を傾げた。

「ファヴィー君、何かいつもと雰囲気が違うような気がするんだけど、何かあった?」

「いや……気のせいだ」

「本当? 喋り方もいつもと違う気が──」

「気のせい、だよ」

「何か棒読みじゃない?」

 青年は咲良に背を向けると、眉間に皺を寄せ、溜め息が漏れないよう何とか口の中で留めて飲み込み、己の運の悪さを呪った。

「ファヴィー君今学校の帰り?」

「ああ……うん」

「わたしも仕事帰りなんだー。お客さん全然来なくていつもより早く閉めちゃったから、ちょっと寄り道してたの。ねえ、夕飯食べた?」

「いや、まだ……だよ」

「じゃあ一緒に何処かで夕飯食べて帰らない? わたし腹ペコでさ~」

 言われてみれば腹が減ってきてはいるが、今の青年にそんな余裕はなかった。夕食よりも何よりも先に、あの厄介な全身タイツのクソガキを探し出し、元の姿に戻らねばならない。
 すまないが、用事があるので帰る──そう答えようと口を開きかけた青年よりも先に、咲良がいたずらっぽい笑顔で、

「あ、そういえばさっき〈くろがね〉ってレストランの前で、ティト君が順番待ちしてるのを見たんだ!」

 青年は目を閉じると眉間を押さえた。この脱力感は空腹と疲労だけが原因ではないはずだ。

 ──あの能天気が。

「ファヴィー君大丈夫?」

「……気にするな」

「そう言われても、ちょっと心配だなぁ、マブダチとして」

 青年はゆっくり目を開くと、咲良に向き直った。

「お──ボクは親友、なのか?」

「え? うん、そう思ってるよ! あはは、何か改めて言うとちょっと照れるな~」

「レイもか?」

「うん、レモン君もね!」

「じゃあ……ティトは」

「言わずもがなでしょ。まあ、ティト君はそう思ってないだろうけどさ~」

 大通りの方が騒がしくなってきた。仕事帰りの通行人が増えたのだろう。

「大丈夫だ」

 青年が穏やかに言うと、咲良は目をパチクリさせた。

「あいつもそう思っているよ」

「本当?」

「本当だ」

 咲良の反応は敢えて見ずに、ティト・グレイアは大通りの方へと目をやった。

「何処で食べたい?」

「うーん、今の気分は〈ハルピュイア亭〉のスープパスタかな。あ、でも〈くろがね〉に行けばティト君が──」

「いや〈ハルピュイア亭〉にしよう。俺もそっちの気分だ」

「よしきた!」

 二人は並んで繁華街の方へと歩き出した。

「今日のファヴィー君、いつもよりクールっていうか、渋くない?」

「……気のせい、だよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

七魔王の総選挙

HAGEFiLL
ファンタジー
幾万年もの太古の昔。 幽世の世界『魔界アルドラマ』は“始まりの魔王”の手によって治められていました。 始まりの魔王はとても凶暴で、アルドラマに住む魔物たちからは『全てを喰らう者』と呼ばれ恐れられていました。それは魔物のたちの生命の源『フラクタル』を食べる事で魔王は 大いなる力と永遠の命を維持していたからなのです。アルドラマはそんな魔王の恐怖に縛られ、諍いは絶えず、国は荒廃していきました。 そんなある日、悠久の時の彼方から、突如3人の賢者がアルドラマに現れ7人の御使たちに力と武器を授けました。そして7人は魔王と戦い封じ込めることに成功します。 魔王が倒れると賢者はもう二度と一人が強大な力を持たぬようにとアルドラマを7つに分け、御使たちにこう伝えました。 『1万年に一度の大祭の年、選挙によって時代の王を決めること』 これが七魔王総選挙の始まりなのでした。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る

恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。 父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。 5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。 基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。

処理中です...