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第11話〜20話
第20話 黒薔薇記念日
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バイトからの帰宅途中、咲良は見覚えのある赤髪の青年とばったり出くわした。
「あれ、咲良ちゃん!」
「エティエンヌ! 久し振りぃ~! それ、どうしたの?」
エティエンヌは、オシャレにラッピングされた真っ黒な薔薇の花束を両手に抱えている。
「もしかして、プロポーズでもするの?」
「いや、そうじゃないんだ。ああ、まあ確かにそうだったみたいなんだけど……」
歯切れの悪い返答に、咲良は首を傾げた。
「二〇分くらい前かな。駅のすぐ近くを歩いていたら、この花束を抱えて泣きながら歩いて来る男がいてね。よく見たら学生時代の友達だったから声を掛けたら『不要になっちまったから貰ってくれ』って押し付けられて。返そうと思ったけど、猛ダッシュで駅の改札入っちゃったから無理だった」
「ありゃー……」
「参ったよ、僕は別に特別花が好きってわけじゃないし。だからってその辺捨てていくのも何かさ……」
咲良は薔薇の一つ一つを興味深く見やった。まるで墨で塗りたぐったような黒さだ。
「これは自然色?」
「そうだと思うけど、何で?」
「人間界の黒薔薇ってね、黒みの濃い赤薔薇の事なの。こんなに真っ黒なものがあるとすれば、それは人工的に着色されているか、造花なんだ」
「へえ、そうなんだ」
「これ、わたしが貰うよ。いい?」
「本当かい? 助かるよ! それじゃあ、はい」
咲良が花束を受け取ったその時、男の悲鳴が響き渡った。
「な、何だ?」
二人だけでなく周囲の通行人たちも驚いて振り向くと、街路樹の陰に立っている青いメッシュを入れた銀髪の青年が、膝から崩れ落ちるところだった。
「あれ、もしかしてファヴィー君!?」
「知り合い?」
咲良はエティエンヌに花束を預けると、青年の元へ駆け寄ってしゃがみ、遠慮なく顔を覗き込んだ。
「あ、やっぱりそうだ!」
「さ、咲良ちゃんっ……!」
顔を上げたファヴニルの目には、涙が溢れていた。
「え、どうしたの。大丈夫?」
「き、君……い、今、花束を……花束をっっ!!」
「花束? うん、あの黒薔薇でしょ」咲良はエティエンヌの方を見やり、再びファヴニルに向き直った。「あれがどうかしたの?」
「ううっ……プ、プロ……プロッ……!!」
「プロ? え、何? プロ野球? プロテイン?」
「プロッ……うううっ、プロポ……!!」
「プロポ……ああ、プロポリス? ミツバチがどうかしたの?」
「どうやらそのお友達は、勘違いしているみたいだ」
苦笑を浮かべたエティエンヌがやって来て、咲良の隣でしゃがんだ。
「勘違い?」
「やあ、こんばんは。僕はエティエンヌ」
ファヴニルは鼻をすすり、涙目でエティエンヌを睨んだ。
「銀髪の素敵なおにいさん。僕はプロポーズしたんじゃなくて、とある事情から手元に残ってしまったこの花束を、咲良ちゃんに引き取ってもらおうとしていただけなんだ」
「ああ何だ、そんな勘違いしてたのぉ~?」咲良は笑い出した。
「……本当に?」
「本当さ。さあ、立って」
エティエンヌは片手でファヴニルを優しく引っ張り起こした。
「君の名前は?」
「……ファヴニル・レーン」
「ファヴニル君。僕はグラマラスな女性がタイプなんだ。だから安心してくれ」
「そうなんだね! うん、安心した!」
エティエンヌとファヴニルは固い握手を交わした。
「死刑。二人纏めて死刑」咲良は血走った目と低い声で言った。
エティエンヌと別れると、咲良は途中まで見送るというファヴニルと一緒に〈歌魔女の森〉の前まで帰って来た。
「わざわざここまで有難う、ファヴィー君」
「どういたしまして、エヘヘ」
「また今度一緒に出掛けようよ。レモン君たちも誘ってさ」
「うん」
「それじゃ、また──」
「あ、待って咲良ちゃん」
ファヴニルは周囲をキョロキョロと見回した。
「どしたのファヴィー君」
「ねえ、この間レイから聞いたんだけど……」ファヴニルは声を落とした。
「レモン君から? 何を」
「その……咲良ちゃんが人間だって事」
咲良は花束を落としかけた。
「ほら、前に〈シルフィーネ〉で会った時、咲良ちゃん、魔界のど真ん中に行きたいとかって言ってたでしょ? その時にトウキョウって単語が出たから、気になって後で調べたら人間界の都市だってわかって。それでこの間レイモンドにチラッと話したら、実はって──ひええっ!?」
これといった特徴はないが、ファヴニルにとっては魔界一可愛らしい咲良の顔が、般若のような形相と化していた。
「聞いてねえ……聞いてねえぞレイモンドォ……!!」
「あわわわわ……さ、咲良ちゃん落ち着いて……し、鎮まりたまえ……!」
「もうっ、いずれちゃんとわたしから話すつもりだったのに!」
「そ、そうだったんだね……」
「先に喋ったって、連絡くらい寄越せっての!」
咲良は頬を膨らませ、プウッと息を吐き出した。
──プンスカ咲良ちゃん、超絶可愛い……!
ファヴニルは惚れ直した。
「フン、まあいいや。レモン君には今度お仕置きしちゃうから。あ、そうそうファヴィー君。この薔薇少し貰ってくれない? やっぱりちょっと多かったかも」
「え、いいの? 喜んで!」
ファヴニルは黒薔薇を一〇本受け取ると、絶対に一本も落とすまいと両手で大切に持った。
「それじゃあね、ファヴィー君。気を付けて帰ってね」
「うん、また今度ね!」
── 「この薔薇貰ってくれない?」と咲良ちゃんが言ったから、今日は黒薔薇記念日!
数十分前には涙を流していた事なんてほとんど忘れ、いずれ自分がプロポーズする時には何色の薔薇の花束を渡そうかと考えながら、ファヴニルは自宅までの道のりを、るんるん気分で進んでいった。
「あれ、咲良ちゃん!」
「エティエンヌ! 久し振りぃ~! それ、どうしたの?」
エティエンヌは、オシャレにラッピングされた真っ黒な薔薇の花束を両手に抱えている。
「もしかして、プロポーズでもするの?」
「いや、そうじゃないんだ。ああ、まあ確かにそうだったみたいなんだけど……」
歯切れの悪い返答に、咲良は首を傾げた。
「二〇分くらい前かな。駅のすぐ近くを歩いていたら、この花束を抱えて泣きながら歩いて来る男がいてね。よく見たら学生時代の友達だったから声を掛けたら『不要になっちまったから貰ってくれ』って押し付けられて。返そうと思ったけど、猛ダッシュで駅の改札入っちゃったから無理だった」
「ありゃー……」
「参ったよ、僕は別に特別花が好きってわけじゃないし。だからってその辺捨てていくのも何かさ……」
咲良は薔薇の一つ一つを興味深く見やった。まるで墨で塗りたぐったような黒さだ。
「これは自然色?」
「そうだと思うけど、何で?」
「人間界の黒薔薇ってね、黒みの濃い赤薔薇の事なの。こんなに真っ黒なものがあるとすれば、それは人工的に着色されているか、造花なんだ」
「へえ、そうなんだ」
「これ、わたしが貰うよ。いい?」
「本当かい? 助かるよ! それじゃあ、はい」
咲良が花束を受け取ったその時、男の悲鳴が響き渡った。
「な、何だ?」
二人だけでなく周囲の通行人たちも驚いて振り向くと、街路樹の陰に立っている青いメッシュを入れた銀髪の青年が、膝から崩れ落ちるところだった。
「あれ、もしかしてファヴィー君!?」
「知り合い?」
咲良はエティエンヌに花束を預けると、青年の元へ駆け寄ってしゃがみ、遠慮なく顔を覗き込んだ。
「あ、やっぱりそうだ!」
「さ、咲良ちゃんっ……!」
顔を上げたファヴニルの目には、涙が溢れていた。
「え、どうしたの。大丈夫?」
「き、君……い、今、花束を……花束をっっ!!」
「花束? うん、あの黒薔薇でしょ」咲良はエティエンヌの方を見やり、再びファヴニルに向き直った。「あれがどうかしたの?」
「ううっ……プ、プロ……プロッ……!!」
「プロ? え、何? プロ野球? プロテイン?」
「プロッ……うううっ、プロポ……!!」
「プロポ……ああ、プロポリス? ミツバチがどうかしたの?」
「どうやらそのお友達は、勘違いしているみたいだ」
苦笑を浮かべたエティエンヌがやって来て、咲良の隣でしゃがんだ。
「勘違い?」
「やあ、こんばんは。僕はエティエンヌ」
ファヴニルは鼻をすすり、涙目でエティエンヌを睨んだ。
「銀髪の素敵なおにいさん。僕はプロポーズしたんじゃなくて、とある事情から手元に残ってしまったこの花束を、咲良ちゃんに引き取ってもらおうとしていただけなんだ」
「ああ何だ、そんな勘違いしてたのぉ~?」咲良は笑い出した。
「……本当に?」
「本当さ。さあ、立って」
エティエンヌは片手でファヴニルを優しく引っ張り起こした。
「君の名前は?」
「……ファヴニル・レーン」
「ファヴニル君。僕はグラマラスな女性がタイプなんだ。だから安心してくれ」
「そうなんだね! うん、安心した!」
エティエンヌとファヴニルは固い握手を交わした。
「死刑。二人纏めて死刑」咲良は血走った目と低い声で言った。
エティエンヌと別れると、咲良は途中まで見送るというファヴニルと一緒に〈歌魔女の森〉の前まで帰って来た。
「わざわざここまで有難う、ファヴィー君」
「どういたしまして、エヘヘ」
「また今度一緒に出掛けようよ。レモン君たちも誘ってさ」
「うん」
「それじゃ、また──」
「あ、待って咲良ちゃん」
ファヴニルは周囲をキョロキョロと見回した。
「どしたのファヴィー君」
「ねえ、この間レイから聞いたんだけど……」ファヴニルは声を落とした。
「レモン君から? 何を」
「その……咲良ちゃんが人間だって事」
咲良は花束を落としかけた。
「ほら、前に〈シルフィーネ〉で会った時、咲良ちゃん、魔界のど真ん中に行きたいとかって言ってたでしょ? その時にトウキョウって単語が出たから、気になって後で調べたら人間界の都市だってわかって。それでこの間レイモンドにチラッと話したら、実はって──ひええっ!?」
これといった特徴はないが、ファヴニルにとっては魔界一可愛らしい咲良の顔が、般若のような形相と化していた。
「聞いてねえ……聞いてねえぞレイモンドォ……!!」
「あわわわわ……さ、咲良ちゃん落ち着いて……し、鎮まりたまえ……!」
「もうっ、いずれちゃんとわたしから話すつもりだったのに!」
「そ、そうだったんだね……」
「先に喋ったって、連絡くらい寄越せっての!」
咲良は頬を膨らませ、プウッと息を吐き出した。
──プンスカ咲良ちゃん、超絶可愛い……!
ファヴニルは惚れ直した。
「フン、まあいいや。レモン君には今度お仕置きしちゃうから。あ、そうそうファヴィー君。この薔薇少し貰ってくれない? やっぱりちょっと多かったかも」
「え、いいの? 喜んで!」
ファヴニルは黒薔薇を一〇本受け取ると、絶対に一本も落とすまいと両手で大切に持った。
「それじゃあね、ファヴィー君。気を付けて帰ってね」
「うん、また今度ね!」
── 「この薔薇貰ってくれない?」と咲良ちゃんが言ったから、今日は黒薔薇記念日!
数十分前には涙を流していた事なんてほとんど忘れ、いずれ自分がプロポーズする時には何色の薔薇の花束を渡そうかと考えながら、ファヴニルは自宅までの道のりを、るんるん気分で進んでいった。
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