上 下
26 / 36
第11話〜20話

第20話 黒薔薇記念日

しおりを挟む
 バイトからの帰宅途中、咲良は見覚えのある赤髪の青年とばったり出くわした。

「あれ、咲良ちゃん!」

「エティエンヌ! 久し振りぃ~! それ、どうしたの?」

 エティエンヌは、オシャレにラッピングされた真っ黒な薔薇の花束を両手に抱えている。

「もしかして、プロポーズでもするの?」

「いや、そうじゃないんだ。ああ、まあ確かにそうだったみたいなんだけど……」

 歯切れの悪い返答に、咲良は首を傾げた。

「二〇分くらい前かな。駅のすぐ近くを歩いていたら、この花束を抱えて泣きながら歩いて来る男がいてね。よく見たら学生時代の友達だったから声を掛けたら『不要になっちまったから貰ってくれ』って押し付けられて。返そうと思ったけど、猛ダッシュで駅の改札入っちゃったから無理だった」

「ありゃー……」

「参ったよ、僕は別に特別花が好きってわけじゃないし。だからってその辺捨てていくのも何かさ……」

 咲良は薔薇の一つ一つを興味深く見やった。まるで墨で塗りたぐったような黒さだ。

「これは自然色?」

「そうだと思うけど、何で?」

「人間界の黒薔薇ってね、黒みの濃い赤薔薇の事なの。こんなに真っ黒なものがあるとすれば、それは人工的に着色されているか、造花なんだ」

「へえ、そうなんだ」

「これ、わたしが貰うよ。いい?」

「本当かい? 助かるよ! それじゃあ、はい」

 咲良が花束を受け取ったその時、男の悲鳴が響き渡った。

「な、何だ?」

 二人だけでなく周囲の通行人たちも驚いて振り向くと、街路樹の陰に立っている青いメッシュを入れた銀髪の青年が、膝から崩れ落ちるところだった。

「あれ、もしかしてファヴィー君!?」

「知り合い?」

 咲良はエティエンヌに花束を預けると、青年の元へ駆け寄ってしゃがみ、遠慮なく顔を覗き込んだ。

「あ、やっぱりそうだ!」

「さ、咲良ちゃんっ……!」

 顔を上げたファヴニルの目には、涙が溢れていた。

「え、どうしたの。大丈夫?」

「き、君……い、今、花束を……花束をっっ!!」

「花束? うん、あの黒薔薇でしょ」咲良はエティエンヌの方を見やり、再びファヴニルに向き直った。「あれがどうかしたの?」

「ううっ……プ、プロ……プロッ……!!」

「プロ? え、何? プロ野球? プロテイン?」

「プロッ……うううっ、プロポ……!!」

「プロポ……ああ、プロポリス? ミツバチがどうかしたの?」

「どうやらそのお友達は、勘違いしているみたいだ」

 苦笑を浮かべたエティエンヌがやって来て、咲良の隣でしゃがんだ。

「勘違い?」

「やあ、こんばんは。僕はエティエンヌ」

 ファヴニルは鼻をすすり、涙目でエティエンヌを睨んだ。

「銀髪の素敵なおにいさん。僕はプロポーズしたんじゃなくて、とある事情から手元に残ってしまったこの花束を、咲良ちゃんに引き取ってもらおうとしていただけなんだ」
 
「ああ何だ、そんな勘違いしてたのぉ~?」咲良は笑い出した。

「……本当に?」

「本当さ。さあ、立って」

 エティエンヌは片手でファヴニルを優しく引っ張り起こした。

「君の名前は?」

「……ファヴニル・レーン」

「ファヴニル君。僕はグラマラスな女性がタイプなんだ。だから安心してくれ」

「そうなんだね! うん、安心した!」

 エティエンヌとファヴニルは固い握手を交わした。

「死刑。二人纏めて死刑」咲良は血走った目と低い声で言った。



 エティエンヌと別れると、咲良は途中まで見送るというファヴニルと一緒に〈歌魔女の森〉の前まで帰って来た。

「わざわざここまで有難う、ファヴィー君」

「どういたしまして、エヘヘ」

「また今度一緒に出掛けようよ。レモン君たちも誘ってさ」

「うん」

「それじゃ、また──」

「あ、待って咲良ちゃん」

 ファヴニルは周囲をキョロキョロと見回した。

「どしたのファヴィー君」

「ねえ、この間レイから聞いたんだけど……」ファヴニルは声を落とした。

「レモン君から? 何を」

「その……咲良ちゃんが人間だって事」

 咲良は花束を落としかけた。

「ほら、前に〈シルフィーネ〉で会った時、咲良ちゃん、魔界のど真ん中に行きたいとかって言ってたでしょ? その時にトウキョウって単語が出たから、気になって後で調べたら人間界の都市だってわかって。それでこの間レイモンドにチラッと話したら、実はって──ひええっ!?」

 これといった特徴はないが、ファヴニルにとっては魔界一可愛らしい咲良の顔が、般若のような形相と化していた。

「聞いてねえ……聞いてねえぞレイモンドォ……!!」

「あわわわわ……さ、咲良ちゃん落ち着いて……し、鎮まりたまえ……!」

「もうっ、いずれちゃんとわたしから話すつもりだったのに!」

「そ、そうだったんだね……」

「先に喋ったって、連絡くらい寄越せっての!」

 咲良は頬を膨らませ、プウッと息を吐き出した。

 ──プンスカ咲良ちゃん、超絶可愛い……!

 ファヴニルは惚れ直した。

「フン、まあいいや。レモン君には今度お仕置きしちゃうから。あ、そうそうファヴィー君。この薔薇少し貰ってくれない? やっぱりちょっと多かったかも」

「え、いいの? 喜んで!」

 ファヴニルは黒薔薇を一〇本受け取ると、絶対に一本も落とすまいと両手で大切に持った。

「それじゃあね、ファヴィー君。気を付けて帰ってね」

「うん、また今度ね!」

 ── 「この薔薇貰ってくれない?」と咲良ちゃんが言ったから、今日は黒薔薇記念日!

 数十分前には涙を流していた事なんてほとんど忘れ、いずれ自分がプロポーズする時には何色の薔薇の花束を渡そうかと考えながら、ファヴニルは自宅までの道のりを、るんるん気分で進んでいった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

魔界王立幼稚園ひまわり組

まりの
ファンタジー
幼稚園の先生になるという夢を叶えたばかりのココナ。だけどある日突然、魔界にトリップしちゃった!? そのうえ魔王様から頼まれたのは、息子である王子のお世話係。まだ3歳の王子は、とってもワガママでやりたい放題。そこでココナは、魔界で幼稚園をはじめることにした。いろんな子たちと一緒に過ごせば、すくすく優しく育ってくれるはず。そうして集まった子供たちは……狼少女、夢魔、吸血鬼、スケルトン! 魔族のちびっこたちはかわいいけれど、一筋縄ではいかなくて――? 新米先生が大奮闘! ほのぼの魔界ファンタジー!!

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

処理中です...