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第11話〜20話
第15話 MAKAIのど真ん中BUSの中で
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「咲良はあの作品、もう読んだ?」
〈シルフィーネ〉店内レジ奥の小部屋で休憩中の咲良に、レジカウンターからセルミアが尋ねた。暇過ぎてやる事がないのは、もう説明するまでもない。
「あの作品って」咲良は暖簾の向こうから顔を覗かせた。「もしかして『隠しサウナの3マッチョ』ですか?」
「何それ初めて聞いたわ」
「あれ、違いました?」
「私が言いたかったのは『マカサケ』の事なんだけど……」
「ああ、最近売れてるアレですね!」
マカサケこと『魔界の中心でひたすらに叫ぶ』は、約一箇月前に発売されて以来、若者を中心に爆発的な人気を得ている青春小説だ。
主人公の夜魔・タカスィは、想いを寄せていた幼馴染に彼氏が出来たと知り、ショックのあまり家出し、あてもなく魔界中をうろつく。
その途中、タカスィはヒロスィという不思議な雰囲気のおっさん──正体は幼い頃に生き別れたタカスィの実父だ──と意気投合。〝二人で一緒に魔界のど真ん中に立ち、この世の不条理を歌う〟という目標を掲げ、ヒッチハイクしながら小さな街──そこが魔界の物理的な中心地らしい──を目指す……というストーリーだ。
「店長は読んだんですか」
「ううん。妹が読んだらしいから結末まで教えてもらおうとしたんだけど、自分で買って読めってさ。その気がないから頼んだのに」
「本屋の店主が言っちゃいけないセリフじゃ……」
十数分後にセルミアが休憩に入ると、交代で咲良が店頭に出た。
──魔界のど真ん中、か。
レジカウンターでパズル雑誌に着手しながら、ぼんやり考える。
──前に地図でパッと見た感じでは、第5地区の北寄りだったんだよなあ。
一旦雑誌を閉じ、改めてスマホで調べてみたが、第5地区だろうというアバウトな情報しか見付からなかった。
──えー、何かどんどん気になって来ちゃったじゃんか!
店のドアが開いた。咲良がスマホを伏せるのと同時に、青いメッシュの入った銀髪頭がひょっこりと姿を現した。
「やあ」
「ファヴィー君! いらっしゃいませ」
「勉強に必要な参考書を買いに来たんだ。あとこれお土産」ファヴニルは白い小さな紙袋を咲良に差し出した。「〈ハルピュイア亭〉の。ジョージ君の分もあるよ」
「色んな意味で有難う! おやつは後でいただきまーす」
「今でもいいわよ、別に」セルミアが暖簾の向こうから顔を出した。「ありがとね、レーン家の坊ちゃん」
「セルミアさんてば、またその呼び方するんだから。そういえば咲良ちゃん、あの小説もう読んだ?」
「あの小説って、隠しサ──」
「『マカサケ』の事だと思うわよ、絶対」
「そう、それそれ」
「読んだけど、まあ普通かな。それより今は、リアルな魔界のど真ん中が気になるかな~」
「リアルな魔界のど真ん中?」ファヴニルは目をパチクリさせた。
「そ。小説じゃなくて、この現実の魔界のど真ん中。第5地区の何処かってのはほぼ確実なんだけど」
「どうして急に?」セルミアが口を挟んだ。
「店長ですね」
「……私?」
「最初に店長が『マカサケ』の話を出したから!」
「やだ、私が咲良の好奇心に火を点けちゃった系?」
「点けちゃった系~!」
「あ、あのさ!!」
ファヴニルはどこか緊張した様子で声を張り上げた。
「咲良ちゃんが良ければ、今度一緒に第5まで探しに行かない? 地元の人に聞いたら知ってるかもしれないし……」
「ほんと? うーん、でもなあ……自分で言っといてアレだけど、ど真ん中が見付かったとしても、多分何もない所じゃない? 向かっているうちは楽しいかもしれないけど、辿り着いたら一気にシラけちゃうような気もするんだよねー……」
「た、確かに……」
セルミアは、ファヴニルが明らかにガッカリしている様子に気付いた。
──ああ、なるほどね。
「あら、やってみないとわからないわよ。もしかしたら、美味しいレストランやカフェと巡り会えるかもしれないじゃない」
「あれ、店長ってば意外! こういうの一番興味ないと思ってた」
「えー、そう? ねえ坊ちゃん、あなたも思わない?」
「う、うん! ボクも店長と同意見だなあ!」
「せっかくだから、二人で行ってらっしゃいよ」
「そっかあ……よし、じゃあファヴィー君、今度休みの合う日に行こっ!」
「うん……!」
咲良が背を向けた一瞬、ファヴニルとセルミアは頷き合った。
──姐さん、有難うございます……!
──いいって事よ、坊ちゃん。
咲良がファヴニルに振り向き、
「ど真ん中ではバスに乗ってなきゃね」
「バス?」
「うん。ど真ん中に着く時は、バスに乗っていたいの。道路の都合上、多少位置がズレても気にしない」
「何でバスに?」
「前に東京のど真ん中に行った時もバスに乗ってたからよん。あの時は慌てて駆け込んだっけ……」
「トウキョウって?」
ファヴニルとセルミアが同時に疑問を口にすると、咲良はハッとしたように固まった。
「あー……」
──あらヤダ大変、言い訳が思い付かない!!
「えー、それは──」
咲良にとってはタイミング良く、店のドアが開き、妖精らしい老人の男性客が現れた。
「いらっしゃいませ~!」
「ボクもお目当てのもの探さなきゃ。すっかり忘れかけてたよ」
「私は裏に戻るわ。何かあったら呼んでね、咲良」
「はーい」
参考書を購入後、帰路に就いたファヴニルは咲良の言葉を思い出していた。
──トウキョウ、か。何かで聞いた事があったような。
咲良の口振りからすると地名で間違いなさそうだが、第5地区に、いや魔界自体にそんな場所はあっただろうか。
何の気なしにスマホで検索してみたファヴニルは、意外な結果に目を丸くした。
──人間界の都市……?
〈シルフィーネ〉店内レジ奥の小部屋で休憩中の咲良に、レジカウンターからセルミアが尋ねた。暇過ぎてやる事がないのは、もう説明するまでもない。
「あの作品って」咲良は暖簾の向こうから顔を覗かせた。「もしかして『隠しサウナの3マッチョ』ですか?」
「何それ初めて聞いたわ」
「あれ、違いました?」
「私が言いたかったのは『マカサケ』の事なんだけど……」
「ああ、最近売れてるアレですね!」
マカサケこと『魔界の中心でひたすらに叫ぶ』は、約一箇月前に発売されて以来、若者を中心に爆発的な人気を得ている青春小説だ。
主人公の夜魔・タカスィは、想いを寄せていた幼馴染に彼氏が出来たと知り、ショックのあまり家出し、あてもなく魔界中をうろつく。
その途中、タカスィはヒロスィという不思議な雰囲気のおっさん──正体は幼い頃に生き別れたタカスィの実父だ──と意気投合。〝二人で一緒に魔界のど真ん中に立ち、この世の不条理を歌う〟という目標を掲げ、ヒッチハイクしながら小さな街──そこが魔界の物理的な中心地らしい──を目指す……というストーリーだ。
「店長は読んだんですか」
「ううん。妹が読んだらしいから結末まで教えてもらおうとしたんだけど、自分で買って読めってさ。その気がないから頼んだのに」
「本屋の店主が言っちゃいけないセリフじゃ……」
十数分後にセルミアが休憩に入ると、交代で咲良が店頭に出た。
──魔界のど真ん中、か。
レジカウンターでパズル雑誌に着手しながら、ぼんやり考える。
──前に地図でパッと見た感じでは、第5地区の北寄りだったんだよなあ。
一旦雑誌を閉じ、改めてスマホで調べてみたが、第5地区だろうというアバウトな情報しか見付からなかった。
──えー、何かどんどん気になって来ちゃったじゃんか!
店のドアが開いた。咲良がスマホを伏せるのと同時に、青いメッシュの入った銀髪頭がひょっこりと姿を現した。
「やあ」
「ファヴィー君! いらっしゃいませ」
「勉強に必要な参考書を買いに来たんだ。あとこれお土産」ファヴニルは白い小さな紙袋を咲良に差し出した。「〈ハルピュイア亭〉の。ジョージ君の分もあるよ」
「色んな意味で有難う! おやつは後でいただきまーす」
「今でもいいわよ、別に」セルミアが暖簾の向こうから顔を出した。「ありがとね、レーン家の坊ちゃん」
「セルミアさんてば、またその呼び方するんだから。そういえば咲良ちゃん、あの小説もう読んだ?」
「あの小説って、隠しサ──」
「『マカサケ』の事だと思うわよ、絶対」
「そう、それそれ」
「読んだけど、まあ普通かな。それより今は、リアルな魔界のど真ん中が気になるかな~」
「リアルな魔界のど真ん中?」ファヴニルは目をパチクリさせた。
「そ。小説じゃなくて、この現実の魔界のど真ん中。第5地区の何処かってのはほぼ確実なんだけど」
「どうして急に?」セルミアが口を挟んだ。
「店長ですね」
「……私?」
「最初に店長が『マカサケ』の話を出したから!」
「やだ、私が咲良の好奇心に火を点けちゃった系?」
「点けちゃった系~!」
「あ、あのさ!!」
ファヴニルはどこか緊張した様子で声を張り上げた。
「咲良ちゃんが良ければ、今度一緒に第5まで探しに行かない? 地元の人に聞いたら知ってるかもしれないし……」
「ほんと? うーん、でもなあ……自分で言っといてアレだけど、ど真ん中が見付かったとしても、多分何もない所じゃない? 向かっているうちは楽しいかもしれないけど、辿り着いたら一気にシラけちゃうような気もするんだよねー……」
「た、確かに……」
セルミアは、ファヴニルが明らかにガッカリしている様子に気付いた。
──ああ、なるほどね。
「あら、やってみないとわからないわよ。もしかしたら、美味しいレストランやカフェと巡り会えるかもしれないじゃない」
「あれ、店長ってば意外! こういうの一番興味ないと思ってた」
「えー、そう? ねえ坊ちゃん、あなたも思わない?」
「う、うん! ボクも店長と同意見だなあ!」
「せっかくだから、二人で行ってらっしゃいよ」
「そっかあ……よし、じゃあファヴィー君、今度休みの合う日に行こっ!」
「うん……!」
咲良が背を向けた一瞬、ファヴニルとセルミアは頷き合った。
──姐さん、有難うございます……!
──いいって事よ、坊ちゃん。
咲良がファヴニルに振り向き、
「ど真ん中ではバスに乗ってなきゃね」
「バス?」
「うん。ど真ん中に着く時は、バスに乗っていたいの。道路の都合上、多少位置がズレても気にしない」
「何でバスに?」
「前に東京のど真ん中に行った時もバスに乗ってたからよん。あの時は慌てて駆け込んだっけ……」
「トウキョウって?」
ファヴニルとセルミアが同時に疑問を口にすると、咲良はハッとしたように固まった。
「あー……」
──あらヤダ大変、言い訳が思い付かない!!
「えー、それは──」
咲良にとってはタイミング良く、店のドアが開き、妖精らしい老人の男性客が現れた。
「いらっしゃいませ~!」
「ボクもお目当てのもの探さなきゃ。すっかり忘れかけてたよ」
「私は裏に戻るわ。何かあったら呼んでね、咲良」
「はーい」
参考書を購入後、帰路に就いたファヴニルは咲良の言葉を思い出していた。
──トウキョウ、か。何かで聞いた事があったような。
咲良の口振りからすると地名で間違いなさそうだが、第5地区に、いや魔界自体にそんな場所はあっただろうか。
何の気なしにスマホで検索してみたファヴニルは、意外な結果に目を丸くした。
──人間界の都市……?
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