咲良ちゃんの楽しい魔界生活

園村マリノ

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第1話〜10話

第10話 気まずさとドーナッツ

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 レイモンド・サイホユートが勤務中に暇潰しでナンバークロスワードパズルに挑戦し、ファヴニル・レーンが大学の講義中にこっそり一口サイズのおやつを食べていた頃。

「じゃあ咲良、店番お願いね」

「よろしくでーす!」

「はーい!」

 弓削咲良は、休憩時間になり近所の飲食店へ向かう店長のセルミアとバイトのジョージを見送ると、レジカウンター付近の棚の掃除を再開した。

「今日も今日とて暇ですたい……」

 相変わらず客はいない。売上も四日前からほぼゼロだ。

「こんなんでよく経営続けられるよな。ほんと謎過ぎる……あっ! もしかしてヤバめの裏稼業でもやってんじゃ!?」

 店のドアが開いた。

「あっ店長嘘です冗談です!」

 姿を現したのはティト・グレイアだった。

「あ、ティト君! いらっしゃい!」

 ティトは小さく頭を下げた。

「今日はどんな本を買いに? いつもどんなのを読んでるの?」

 ティトは答えに詰まる様子を見せた。

「あ、ごめんごめん、ごゆっくりどうぞ~」

 咲良はそそくさと仕事に戻り、ティトは店の右から二列目へ向かった。

 ──ううーん、相変わらず無・愛・想!

 数分後、急に外が騒がしくなってきたので、咲良はドアを開けて外を覗いた。

「テメーがガン飛ばしてきたんだろーが!」

「ああん!? 因縁付けてんじゃねーぞゴラァ!!」

 ゴブリンと骸骨が言い争いをしており、一触即発の状態だ。周囲の通行人たちは、遠巻きにチラチラと様子を伺っている。

「くだらない小競り合いしてら……」

「喧嘩か」

 ティトの声がすぐ後ろから聞こえ、咲良は驚いて振り向いた。

「ビックリした……」

「……すまない、驚かせるつもりはなかった」

「ううん、気にしないで。……あ、ゴブリン飛び掛かっ──避けられた! 転んだところに骸骨が馬乗りに! うわー、一方的にボコボコに……おおっとひっくり返って逆転だあ!」

「見るものじゃない」

 ティトは咲良の腕をそっと掴み、ドアから引き離した。

「大丈夫、こう見えてもわたし、色々見慣れてるから。あと実況中継検定も四級持ち」

 咲良が掴まれたままの腕に目をやると、ティトはパッと手を離した。

「そういえばこの間店長からチラッと聞いたんだけど、ティト君ってリザードマンなんだ?」

 ティトの眉が一瞬ピクリと動いた。

「ねえ、もしティト君さえ良ければ、今度、リザードマン姿を見せてもらってもいい?」

「……何故」

「わたしね、トカゲが大好きなの。普通のトカゲは勿論だけど、ゲームや漫画でも、リザードマン系のキャラはもれなく好きになってたくらい。ティト君変身する時って、服はどうなるの? 尻尾の部分破けちゃうんじゃ……ってヤッダァ~もうっ!」

 咲良はティトの背中をバシバシと叩いた。

「……すまないが、それは断る」

「あ、うん、勿論大丈夫! むしろいきなりこんな事頼んでごめんね!」

「忘れてほしい」

「……え?」

 ティトは目を伏せた。「出来れば忘れてほしい……俺がリザードマンだという事は」



 咲良とティトがちょっと気まずい雰囲気になっていた頃。

「なーんか、外が騒がしくなーい?」

「そうですねえ……」

 注文した料理が届くのを待っていたセルミアとジョージは、客席の窓から外を覗いた。

「姿は見えないけど……喧嘩かしら」

「そんな感じで……あ、向こう!」

 ジョージが指差す方向から、転がるようにしてゴブリンが走って来たかと思うと、更にその後ろから、自分の頭を小脇に抱えた骸骨が、罵声を浴びせながら追い掛けて来た。

「あの二人が喧嘩しているみたいですね」

「ねえジョージ、失礼じゃなかったら教えてちょうだい。あなたたち骸骨って、目玉ないのにどうやって見ているの?」

「それはですねえ店長……」ジョージはポロシャツの上から自分の胸元を親指で指し示した。「ハートですよ、ハート」

「心臓もないのに?」

「うっ……」

「そういえば内臓がないのに食事の摂取だってどうな──」

「あ、店長! 我々が頼んだやつ来ましたよっ!」

「ちょっとさ、食べる時服脱いでくれる?」

「ヒェッ!?」



 セルミアが運ばれてきた料理そっちのけでジョージにセクハラをかまし、ジョージも案外満更でもなかった頃。

「はぅ~……わたし、やらかしちゃったかも?」

 ティトが何も買わずに出て行った後、咲良はカウンターに突っ伏して脱力していた。

「ティト君、リザードマンだって事に何かコンプレックスでもあるのかな……いや、単にわたしに知られたくなかっただけ?」

 先日、レイモンドやファヴニルも含めた四人で、第6地区のアミューズメントパークに遊びに行った際も、咲良の記憶が正しければ、ティトから話を振って来た事は一度もなかったはずだ。

「わたし、嫌われてるのかな……あ、それとももしかして」

 咲良はガバッと体を起こした。

「尻尾の部分破けちゃうって話がヤバかった? まあ人間界じゃ立派なセクハラになってたよね! ごめんねー!!」

 咲良は再びカウンターに突っ伏した。

「今後会う時、ちょっと気まずいんですけどー……?」

 ドアが開いた。

「へい、らっしゃい……」

「こんにちは……あれ、元気ない?」

 姿を現したのは、ウィルフィール・ルフソーマだった。

「あ、ウィルきゅん!」咲良は再び、先程よりも二.五倍の速さで体を起こした。「ううん、元気ありまくり!」

「そう? ならいいんだけど」

 ウィルの微笑みを目にするだけで、咲良はだいぶ癒された。

「この近くに用事があったから来てみたんだ。良かったらこれどうぞ」

 ウィルは〈ハルピュイア亭〉の近くにあるドーナッツ屋の紙袋を差し出した。

「ちゃんと三人分あるよ」

「うわあ~有難う! ゴチになりやーすっ!」

 ウィルが帰り、数十分後にセルミアとジョージが戻ってから休憩に入った咲良は、暖簾の向こうの小部屋で、自宅から持って来た弁当と土産のドーナッツを食べた。

「ハニーシュガー味おいひい……!」

〝忘れてほしい〟

〝出来れば忘れてほしい……俺がリザードマンだという事は〟

 お腹いっぱいになる頃にはすっかり気分が浮上していた咲良だったが、それでもティトとのやり取りはなかなか頭から離れそうになかったし、その理由も全然わからなかった。


 
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