咲良ちゃんの楽しい魔界生活

園村マリノ

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第1話〜10話

第3話 窃盗ダメ。ゼッタイ。

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 様々な理由から人間界にすっかり嫌気が差し、無計画に勢いだけで魔界に引っ越してきた魔術師の少女、咲良。
 幸いな事に、転移した直後にレイモンドという親切な青年と出逢い、立派な家を貸してもらえた。更にその数時間後、バイト先を探していると、ファヴニルという親切な青年に古書店〈シルフィーネ〉を紹介され、美人な女性店主と面接をした結果、採用となった。

「わたしってばほんっとに強運の持ち主! 日頃の行いがいいからかな?」

 帰り道、ついテンションが上がり、魔法で発動した炎を両腕に纏って歌い踊りながら歩いていたら、うっかり〈歌魔女の森〉で火事を起こしかけてしまったが、幸い、水魔法ですぐに鎮火出来た。目撃者がいたらどうにかしちゃわないといけなかったが、これまた幸いにその必要はなかった。

「いやもう、わたしってば強運過ぎる! 前世で徳積みまくってたのかな!?」



 それから一〇日後、古書店〈シルフィーネ〉。

「うぇ~い超ヒマ~……」

 咲良はレジカウンターに両手を置き、その上に顎を乗せた。

「お客さん……来いやっ!」

 アルバイトを募集していたくらいなのだから、それなりに忙しいのだろうと思っていた。しかし、初日から今日までの間にやって来た客は三〇人もいないし、その内商品を購入したのは五、六人程だった。

 ──時給いいけど、ホントに大丈夫なのかなあこの店。

 店内の掃除は店長と一緒に終えているし、休憩までまだまだ時間がある。

「いっそ、何かハプニングでも起きないかなあ……」

「セルミアねえさんいるかい!?」

 店のガラスのドアが勢いよく開かれ、恰幅のいい狼頭の男性が現れた。〈シルフィーネ〉の五軒隣の酒屋の主人だ。

「あ、こんにちは。店長なら今休憩中ですよ」

「いつ終わる?」

 二人の会話が聞こえたのか、レジの奥の小部屋から暖簾のれんをくぐって一人の女性が姿を現した。〈シルフィーネ〉の店主、セルミアだ。月白げっぱく色の肌に真っ青な目が印象的で、ウェーブの掛かった銀髪を腰まで伸ばしている。

「どうしたの慌てて」

「おう、姐さん! 例の万引き犯がタムの店で捕まったよ! ツラを拝むかい?」

 セルミアの目がキラリと光った。

「勿論よ! 悪いわね咲良、店番頼むわ」

「はーい、いってらっしゃーい」

 セルミアと酒屋の主人は小走りで店を去っていった。
 咲良が〈シルフィーネ〉で働き始める少し前まで、隣の第6地区の各商店では同じゴブリンによる窃盗が相次いでおり、最近ではこの第7地区でも被害が出ていた。五軒隣の酒屋に至っては、三回も被害に遭ったらしい。
〈シルフィーネ〉でも一度、窃盗未遂が起こった。商品は奪われなかったが、逃亡の際に乱暴に投げ捨てられたせいで十数ページが折れ、ハードカバーに目立つ傷が付いてしまったという。
 他にも被害に遭った店は多い。犯人のゴブリンは、絶対に無傷ではいられないだろう。

「店長てば『犯人が捕まったら、下半身を使い物にならなくさせてやる』って息巻いてたもんな。一体どんな罰を与えるつもりなんだろ……ンフフヘッ」

 ドアが開いた。セルミアが戻って来たのかと思いきや、別人だった。白地に金色の様々な模様が入ったパーカーを着ており、店内に入ると、すっぽりと頭を覆っていたフードを脱ぎ、容姿を露わにした。鮮やかな緑色の髪と、同じ色をした奥二重の切れ長の目が特徴的だ。

 ──あ、この前も来た人だ。

 客数が少ないうえに、魔界人は個性的な容姿の者が多いので、比較的覚えやすい。そして何よりも。

 ──背が高くて筋肉質な感じで……ムフフッ、わたしのイケメンレーダーが反応するんだよねっ! 

 青年と目が合うと、咲良は慌てて背筋を伸ばした。

「いらっしゃいませっ!」

 とびきりの笑顔で挨拶したが、青年は無反応で店の一番左奥へ姿を消した。

 ──この前もそうだった……この前もそうだったっっ! うーん、無・愛・想!

 数分後、再びドアが開いた。

「いらっしゃ──あ!」

 次に訪れたのは、咲良が初めて遭遇した魔界人であり、恩人でもある青年だ。

「レモン君、いらっしゃいませ!」

「おう、どうだ仕事は。店長にこき使われてないか?」

 レイモンドは〈シルフィーネ〉の常連というわけではないが、セルミアとは顔見知りらしい。

「おかげさまで、少しずつ慣れてきたよ。まあ結構ヒマだけど」

「一人で店番か?」

 咲良は店長が店を留守にしている経緯を説明した。

「へえ、そんな事が。そのゴブリン、命はないだろうな」
 
「ヤダァ~怖ぁ~い!」

「全然怖がってる風には聞こえないぞ」

 緑髪の青年が店の奥から戻って来た。咲良とほぼ同時に振り向いたレイモンドの顔に、驚きが混じった笑顔が浮かんだ。

「ティト!」

「やはりお前だったか」

 ティトと呼ばれた緑髪の青年の表情が、僅かに柔らかくなった。

 ──おっ、笑った? 

「いつからいたんだ?」

「五分前くらいだ」

「え、ていうか」咲良は二人を交互に見やった。「レモン君とお客さん、知り合いだったの?」

「ああ。何十年の付き合いだったかな。なあティト」

「ほえ~!」咲良はティトに向き直り、もう一度笑顔を見せた。「咲良です! レモン君には家探しでお世話になりましたー。本業は魔術師だけど、そっちは今のところ仕事ないからここでバイトしてまーす」

「……ティト・グレイア」

 ──!

 小さく頭を下げるくらいの反応しか期待していなかった咲良は、少々驚いた。

 ──ティト君、か。

 思わずニヤけそうになった口元を、小さな咳払いで誤魔化す。

 ──種族何だろ。まあいいやそれは。何か嬉しいんですけどー! やっほう!

「魔術師の方もやってるのか」

「うん。街中の掲示板に貼り紙したけど、今のところ依頼なし」

「こっちのバイトの方が安全だから、いいんじゃないか?」

「えー、せっかくだからこの超一流の腕前、存分に振いたいしー……」

 ドアが開き、今度こそセルミアが戻って来た。

「あ、お帰りなさい」

「あら、サイホユートにグレイアじゃない。いらっしゃい」

「どうも」レイモンドは小さく手を挙げた。

「もう咲良と仲良くなったの?」

「おれは元々顔見知りだ。つっても、最近知り合ったばかりだけど」

「あら、そうだったの」

「店長、ゴブリンはどうなりました?」

 セルミアはキュッと口角を上げた。よく見ると、その青い目は笑っていない。気のせいだろうか、室温も下がったように感じられた。

「詳しく知りたい?」

「……えーっと……」

 レイモンドが目で何かを訴えている。読心能力のない咲良でも、彼が言わんとしている事を理解出来た──〝なあ咲良、世の中、知らなくていい事だってあるんだからな〟

「いえ、ダイジョブです」

 
 




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