77 / 80
第五章
EPILOGUE-TARO-
しおりを挟む
六堂総合病院、とある病室。
「何で……何でオレがこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ!!」
TAROこと野村新太郎は、ベッドの上に仰向けになり白い天井を睨みながら、もう何百回目になるかわからない恨み言を吐き出していた。
態度のデカい医者の説明によると、頭の方から数えて三番目だか四番目だかの頚椎がやられてしまったらしい。首から下の感覚がほとんどなく、食事どころか排泄まで世話にならなくてはならない始末だ。
見舞いに来た頭の弱い両親と姉は、厳しいリハビリがどうのこうの、近年の医療技術は発達しているから望みを捨てるな云々と勝手に力説していた。もっと頭の弱い弟は、間抜け面で「兄ちゃん、この病院は出るらしいよ」とほざきやがったので、怒鳴り散らして全員追い返した。
腹が立つのは医者や家族だけではない。鈴木、バンドメンバー、警察、自分をこんな目に合わせたあの女、勝手に自殺しておいて逆恨みで化け物になったアイツに、釘バットの女、金髪のガキ、金髪の甲冑女──そういえば最後にはいなかったな──、山井……。どいつもこいつも、顔を思い出しただけで殺意が湧く。
「チキショーが!」
怒りに任せて暴れようとしたが、直後にそれは不可能なのだと思い出すと、野村は泣き喚いた。
「ああああチキショオオオオオオオオオ!! クソが! クソがあああああああああっっ!!」
ガタッ。
それなりに大きな物音がした。
ピシッ。パキッ。
続けざまに、亀裂の入るような音。
──何だ?
「──」
──!?
囁くような声が聞こえたような気がした。
──何だ? 何なんだよ!
ガタッ。ポキッ。ピシッ。ピシッ。ガタッ。コツン。
自由の利く目だけを忙しなく動かし様子を窺う間にも、物音は徐々に激しさを増していった。
──ラップ音ってヤツか? て事は……。
パタパタパタパタッ。
野村は息を呑んだ。走っている。誰かが近くで走っている。
〝兄ちゃん、この病院は出るらしいよ〟
「だ、誰か! おい誰か!」
枕の横に設置されている、ボイスコール機能のあるナースコール子機に叫ぶと、ややあってから病室の扉が開き、五〇代くらいの女性看護師が姿を現した。
「どうしました野村さん」
「この部屋にいるんだ、幽霊が! 何とかしてくれ!」
看護師は一瞬僅かに顔をしかめたが、笑顔で野村の枕元までやって来た。
「幽霊? 何処に」
「あっちこっちにいるんだよ! ラップ音半端ねーし、声もして、誰かが走ってたんだ!」
看護師はざっと室内を見回し、大袈裟な仕草で耳を澄ませた。先程までの様子とは打って変わり、室内は憎たらしいくらいに静かだ。
「……さっきまでは本当に」
看護師は小首を傾げ、小馬鹿にしたように微笑んだ。
──クソババアが!!
精一杯睨み付けるが、看護師に意に介した様子はなかった。
「野村さん、外は暗いとはいえ、今はまだ夕方の五時半ですよ。幽霊は夜出て来るものでしょう。大丈夫、定期的に様子を見に来ますし、もしまた何かあったら言ってください」
「いや……でもな──」
「もうそろそろ夕食の時間ですよ。お腹空いたでしょ」
「話を逸らすなあっっ!!」
「はいはい、また後で来ますからね」
看護師は今度は露骨に不愉快そうに言うと、ベッド周りのカーテンをピシャリと閉め、野村が止めるのも聞かずに去って行った。
「……っのクソ女が! クビにしてやっからなババアッッ!!」
少しでも怒りを発散させるため、野村は脳内で看護師をタコ殴りにした。
──もしオレが奇跡の復活を遂げたら……クビにしてやるだけじゃ済まねーからな!
妄想がタコ殴りから踏み付けに変わった直後、突然室内の明かりが消えた。
「……っあ!?」
ガタッ。
──!!
ピシッ。パキッ。ゴトッ。
──……やめろ。
パシッ。ミシッ。コツンッ。
──……やめろよ、おい。
ピキッ。パシッ。カタン。ピキパシピシッギギギギッ。
──神様お願いです助けてください一生のお願いだ!!
野村はギュッと目を閉じ、今までの人生でほとんど信じていなかった存在に真剣に祈った。
「……っ」
やがて奇妙な音は止み、野村は小さく息を吐いた。後は消えた電気だけだ。面倒だがもう一度看護師を呼ぶしかない。
ナースコール子機に呼び掛けようとしたその時、唐突にカーテンが開けられた。
──!?
最初に目が合ったのは、表情も血の気もない老婆だった。
「ヒッ!?」
老婆の後ろから、左半分が崩れた顔にニタニタ笑いを浮かべた男が野村を覗き込んできた。
「ぅああっ! ああ……あ……」
更にその後ろから、目玉があるはずの部分が空洞となっている女児が現れた。
「あ……あひぁああああ……」
恐怖に目を見開く野村の、装置で固定された首元に、女児の小さく青黒い手が伸びる。
「あ……そ……ぼ……」
「何で……何でオレがこんな目に遭わなきゃなんねーんだよ!!」
TAROこと野村新太郎は、ベッドの上に仰向けになり白い天井を睨みながら、もう何百回目になるかわからない恨み言を吐き出していた。
態度のデカい医者の説明によると、頭の方から数えて三番目だか四番目だかの頚椎がやられてしまったらしい。首から下の感覚がほとんどなく、食事どころか排泄まで世話にならなくてはならない始末だ。
見舞いに来た頭の弱い両親と姉は、厳しいリハビリがどうのこうの、近年の医療技術は発達しているから望みを捨てるな云々と勝手に力説していた。もっと頭の弱い弟は、間抜け面で「兄ちゃん、この病院は出るらしいよ」とほざきやがったので、怒鳴り散らして全員追い返した。
腹が立つのは医者や家族だけではない。鈴木、バンドメンバー、警察、自分をこんな目に合わせたあの女、勝手に自殺しておいて逆恨みで化け物になったアイツに、釘バットの女、金髪のガキ、金髪の甲冑女──そういえば最後にはいなかったな──、山井……。どいつもこいつも、顔を思い出しただけで殺意が湧く。
「チキショーが!」
怒りに任せて暴れようとしたが、直後にそれは不可能なのだと思い出すと、野村は泣き喚いた。
「ああああチキショオオオオオオオオオ!! クソが! クソがあああああああああっっ!!」
ガタッ。
それなりに大きな物音がした。
ピシッ。パキッ。
続けざまに、亀裂の入るような音。
──何だ?
「──」
──!?
囁くような声が聞こえたような気がした。
──何だ? 何なんだよ!
ガタッ。ポキッ。ピシッ。ピシッ。ガタッ。コツン。
自由の利く目だけを忙しなく動かし様子を窺う間にも、物音は徐々に激しさを増していった。
──ラップ音ってヤツか? て事は……。
パタパタパタパタッ。
野村は息を呑んだ。走っている。誰かが近くで走っている。
〝兄ちゃん、この病院は出るらしいよ〟
「だ、誰か! おい誰か!」
枕の横に設置されている、ボイスコール機能のあるナースコール子機に叫ぶと、ややあってから病室の扉が開き、五〇代くらいの女性看護師が姿を現した。
「どうしました野村さん」
「この部屋にいるんだ、幽霊が! 何とかしてくれ!」
看護師は一瞬僅かに顔をしかめたが、笑顔で野村の枕元までやって来た。
「幽霊? 何処に」
「あっちこっちにいるんだよ! ラップ音半端ねーし、声もして、誰かが走ってたんだ!」
看護師はざっと室内を見回し、大袈裟な仕草で耳を澄ませた。先程までの様子とは打って変わり、室内は憎たらしいくらいに静かだ。
「……さっきまでは本当に」
看護師は小首を傾げ、小馬鹿にしたように微笑んだ。
──クソババアが!!
精一杯睨み付けるが、看護師に意に介した様子はなかった。
「野村さん、外は暗いとはいえ、今はまだ夕方の五時半ですよ。幽霊は夜出て来るものでしょう。大丈夫、定期的に様子を見に来ますし、もしまた何かあったら言ってください」
「いや……でもな──」
「もうそろそろ夕食の時間ですよ。お腹空いたでしょ」
「話を逸らすなあっっ!!」
「はいはい、また後で来ますからね」
看護師は今度は露骨に不愉快そうに言うと、ベッド周りのカーテンをピシャリと閉め、野村が止めるのも聞かずに去って行った。
「……っのクソ女が! クビにしてやっからなババアッッ!!」
少しでも怒りを発散させるため、野村は脳内で看護師をタコ殴りにした。
──もしオレが奇跡の復活を遂げたら……クビにしてやるだけじゃ済まねーからな!
妄想がタコ殴りから踏み付けに変わった直後、突然室内の明かりが消えた。
「……っあ!?」
ガタッ。
──!!
ピシッ。パキッ。ゴトッ。
──……やめろ。
パシッ。ミシッ。コツンッ。
──……やめろよ、おい。
ピキッ。パシッ。カタン。ピキパシピシッギギギギッ。
──神様お願いです助けてください一生のお願いだ!!
野村はギュッと目を閉じ、今までの人生でほとんど信じていなかった存在に真剣に祈った。
「……っ」
やがて奇妙な音は止み、野村は小さく息を吐いた。後は消えた電気だけだ。面倒だがもう一度看護師を呼ぶしかない。
ナースコール子機に呼び掛けようとしたその時、唐突にカーテンが開けられた。
──!?
最初に目が合ったのは、表情も血の気もない老婆だった。
「ヒッ!?」
老婆の後ろから、左半分が崩れた顔にニタニタ笑いを浮かべた男が野村を覗き込んできた。
「ぅああっ! ああ……あ……」
更にその後ろから、目玉があるはずの部分が空洞となっている女児が現れた。
「あ……あひぁああああ……」
恐怖に目を見開く野村の、装置で固定された首元に、女児の小さく青黒い手が伸びる。
「あ……そ……ぼ……」
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【全64話完結済】彼女ノ怪異談ハ不気味ナ野薔薇ヲ鳴カセルPrologue
野花マリオ
ホラー
石山県野薔薇市に住む彼女達は新たなホラーを広めようと仲間を増やしてそこで怪異談を語る。
前作から20年前の200X年の舞台となってます。
※この作品はフィクションです。実在する人物、事件、団体、企業、名称などは一切関係ありません。
完結しました。
表紙イラストは生成AI
感染した世界で~Second of Life's~
霧雨羽加賀
ホラー
世界は半ば終わりをつげ、希望という言葉がこの世からなくなりつつある世界で、いまだ希望を持ち続け戦っている人間たちがいた。
物資は底をつき、感染者のはびこる世の中、しかし抵抗はやめない。
それの彼、彼女らによる、感染した世界で~終わりの始まり~から一年がたった物語......
オカルト系実況者コンビ・“毒にも薬にも”
やなぎ怜
ホラー
「廃都」と呼ばれる半放棄された都市で、比較的上流の家庭で生まれ育った高校生の薬袋艾(みない・もぐさ)には幼馴染がいる。その幼馴染・毒島鈴蘭(ぶすじま・すずらん)はヤンキーから足を洗ってしばらくの美少女。家族に見捨てられてホームレスの鈴蘭を養うため、艾が思いついた方法は、コンテンツ配信プラットフォームで金を稼ぐというものだった。オカルト危険地帯である「廃都」ではネタには事欠かない。そして「廃都」の外では絶賛オカルトブーム中。かくして艾は鈴蘭と共にオカルト系実況界へ身を投じることになる。
※四話目で一旦完結。作品全体を総括するような大きなオチはないです。
※便宜上「掲示板風」と呼称していますが、システムや雰囲気等はかなり違います。また、リアリティよりも読みやすさを重視している箇所が多々あります。自分が読みたいものを書いたのでそんな感じになっています。
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ヴァルプルギスの夜~ライター月島楓の事件簿
加来 史吾兎
ホラー
K県華月町(かげつちょう)の外れで、白装束を着させられた女子高生の首吊り死体が発見された。
フリーライターの月島楓(つきしまかえで)は、ひょんなことからこの事件の取材を任され、華月町出身で大手出版社の編集者である小野瀬崇彦(おのせたかひこ)と共に、山奥にある華月町へ向かう。
華月町には魔女を信仰するという宗教団体《サバト》の本拠地があり、事件への関与が噂されていたが警察の捜査は難航していた。
そんな矢先、華月町にまつわる伝承を調べていた女子大生が行方不明になってしまう。
そして魔の手は楓の身にも迫っていた──。
果たして楓と小野瀬は小さな町で巻き起こる事件の真相に辿り着くことができるのだろうか。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる