【改稿版】骨の十字架

園村マリノ

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第五章

#5-1-2 廃校にて②

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 龍とアルバは、髭を生やした女の突進を何とかかわしたはずだった。しかしその直後、誰かにぶつかられたような衝撃が体に走り、足がもつれ、尻餅を突いていた。

 ──避けたはずなのに……?

 アルバを見やると、彼女も同じ疑問を抱いているようで、僅かではあるが表情に出ていた。

「アルバ──」

 教室内から茶織の騒ぎ声が聞こえ、直後に前方のドアが開いた。姿を現したのは、抵抗する野村をズルズルと引き摺るピエロだった。

「おい! 助けてくれ!」顔に怪我をした半泣きの野村が叫ぶ。「頼む! 助けて! 助けて!」

 追い掛けようとした龍を、アルバが腕を引っ張って止めた。

「リュウ、そっちはサオリに任せるのよ」

「でもその道脇みちわきさんが──」

「ほら、来るわよ」

 髭を生やした女は、勢い余って硬い壁に激突したにも関わらず、何事もなかったかのように体勢を立て直し、大股でズカズカと接近して来る。
 錫杖しゃくじょうを構える龍を庇うようにアルバが前に出ると、左手から球電を放った。髭を生やした女が右の掌を突き出すと、球電は途中で四散し、アルバは龍を巻き込んで吹っ飛んだ。

いってえ!」

「あら、ごめんなさいね」

「どうなってんだ?」

「衝撃波を使うみたいね」

「衝撃波?」

 二人が起き上がろうとした途端、髭を生やした女がアルバの髪を掴み、力任せに引っ張った。

「ああもう、そういう事されると──」

 アルバの首が取れた。髭を生やした女は一瞬驚いたような顔を見せたが、窓をチラリと見やると、アルバの首を勢い良く叩き付けた。

「アルバ!」

 窓ガラスにヒビが入る。アルバは悲鳴も呻き声も上げなかった。
 龍が悲鳴に近い叫び声を上げ、錫杖を振るうのと同時に、髭を生やした女は再びアルバの首を叩き付けた。女は光の刃を喰らって吹っ飛び、アルバの首は転がった。

「アルバ! アルバ?」

 龍は慌てて駆け寄り、アルバの首を拾った。あちこちに切り傷が出来ており、血の筋が流れている。閉じていたアルバの目がゆっくり開かれると、龍は安堵の溜め息を吐いた。

「痛かったろ?」

「いいえ、そんなに」

「無理してねえか?」

「デュラハンはそんなに柔じゃないわよ」

 髭を生やした女がゆっくり立ち上がるのが見えると、龍はアルバの首を胴体に戻した。

「有難う、リュウ」

「ん。……ピエロの奴、何処に行くんだ」

 ピエロは二組の教室前をゆっくり進んでゆき、野村は変わらず助けを求めて叫び続けている。
 髭を生やした女はよろけはしたものの、体勢を立て直すと低く身構えた。

「さて、地道に頑張るしかなさそうね」アルバは髭を生やした女に向き直った。

「つっても、どうするんだよ衝撃波は」

 髭を生やした女は雄叫びを上げ、跳ぶように走り出した。

「これで駄目なら──」

 龍とアルバの目の前の床に、魔法陣が浮かび上がった。髭を生やした女が一歩踏み入れた瞬間、大きな火柱が上がり、数秒後には何事もなかったかのように消え去った。
 髭を生やした女は跡形もなく焼き尽くされた──かと思いきや、全身に火傷を負いながらも突進をやめなかった。

「──ちょっと厳しいかも」

 髭を生やした女が今まさに二人を直接吹っ飛ばそうとしたその瞬間、三者の間を遮るように黒い障壁が発生した。髭を生やした女は障壁にもろにぶつかり、ひっくり返った。障壁に防がれたのか、二人は衝撃波の影響を受けなかった。

「……これは──」

「ん、間に合った?」

 前方ドアに、茶織が寄り掛かるようにして立っていた。

「道脇さん。これはあんたが?」

「うん」

「あれ、それは……」

 茶織の右手に握られているのは、釘バットではなく骨の十字架だ。

「何か勝手に変わっちゃって、戻らないんだよね。まあそのおかげでさっきはマジで助かったんだけど……クソッ、まだ痛いや」茶織は頭をさすった。

 黒い障壁が消えると、アルバは大の字で伸びている髭を生やした女の元へ近寄った。

「リュウにサオリ、ちょっと反対向いてて。あと耳も塞いで」

「何でだ」

「いいから、そうして頂戴。ね?」

 美しい女性の甘えるようなお願い事──アルバをよく知らない者ならそう捉えただろう。しかし龍は理解していた──これはお願いではなくほとんど命令と同じだと。

「……おう」

「えー何でー?」

「いいからあんたも」

 龍と茶織が言われた通りにしたのを確認すると、アルバは笑顔のまま、髭を生やした女の首を槍で突き刺した。窓ガラスが振動する程の悲鳴が上がる。

「え、何なに、何してんの?」

「ウフフ、まだ駄目よ」

 アルバは何度か槍を突き刺すと、髭を生やした女の首をもぎ取った。それでもまだ力尽きず、白目を剥いて口をパクパクさせている女の耳元に口を寄せ、囁く。「さっきのお返し」

 そして左手で持った首を、窓ガラスに何度も何度も、ガラスが割れてもなお叩き付け、完全に力尽きた首が消滅しそうになると胴体の上に放り投げ、纏めて炎の柱で消炭にした。

「ふう……もういいわよ、二人共」

「何していたかぐらいわかるぞ」龍は振り返りながら呆れたように言った。

「気分悪くなった?」

「いや。むしろ俺がやってやりたかったよ」

「あら、ワタシのために?」

 アルバが微笑むと、龍は仄かに顔を赤らめてそっぽを向き、そこで茶織の様子に気付いた。

「道脇さん?」

 茶織はドアに左手を突き、屈み込むようにして深呼吸していた。

「見るなって言われたのに見たのか?」

「サムディおじ様との長時間の融合がだいぶこたえているのよ。武器が戻ってしまったのもそのせいね」

「大丈夫だって」

 龍が背中をさすると、茶織は元気なく笑った。

「それよりも……道化野郎を追わないとさ」

「あいつは何処行った?」

「まあ、あの一番奥でしょうね」

 アルバはピエロが進んで行った方を指差した。二組の教室の先に一組の教室があり、その目の前に階段、そしてそれらより先、校舎北側の一番端にあるものは──

「トイレ、か」

「自分が受けた仕打ちを、そのままそっくり返してから殺すつもりなのかもしれないわね」

「ばっちいトコでラストバトルかよ……ったく」茶織はぐっと体を伸ばし、大きく息を吐いた。

「なあ、あんた本当に大丈夫なのか?」龍は心配そうに茶織の顔を見やった。「何だったら、俺とアルバで向かう」

「おいちょっと、アンタこそ約束忘れたの?」茶織は龍の服の襟を掴み、グイと引き寄せた。「言ったよね、ピエロアイツはアタシとアンタでぶちのめすんだって」

「……ああ、忘れちゃいない」

 龍が苦笑し頷くと、茶織は満足げにニカッと笑った。
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