52 / 80
第四章
#4-1-2 危機と希望②
しおりを挟む
「ダイニングキッチンにトイレ、バスルームも異常なしだったよ」
「もう一つの部屋も異常ありませんでした」
一階を手分けして探索した後、龍たちは廊下で合流した。
「そっちの部屋ってどんな感じだったの」眼鏡を掛け直しながら那由多が龍に尋ねた。
「置いてあった小説や雑誌、それとクローゼットの中の服からして、少なくとも四〇代以上の男性の部屋かな、と」
「家主かな」
「そうかもしれません。靴箱の中を見たら、サイズが異なる革靴やスニーカーが何足かと、割と小さい女性ものの靴もありました。少なくとも三人以上は住んでいそうです」
緋雨が後ろから那由多を覗き込む。「那由多、大丈夫か」
「うん? 俺は大丈夫だけど──」
「そうじゃない、眼鏡だ。今掛け直していただろう。壊れたのではないかと思ってな」
「……俺より眼鏡の心配?」
「ねえ、サオリたち、まだ下りて来ないわね」アルバが階段を見上げながら言った。「声も聞こえないわ」
「うむ、確かに静か過ぎるな。あの精霊がいる割には」緋雨も見上げて言った。「それに動き回っている様子も感じられない」
「え、何かまずいんじゃない?」
那由多が言い終わらないうちに、龍は階段を上り始めていた。
──痛い。苦しい。痛い。気持ち悪い。痛い。痛い。苦しい。寒い。痛い。痛い。痛い。
茶織は、自分の体から流れ続ける血の海に横たわっていた。冷たい死が、傷口から全身にじわじわと広がってゆくのが感じられる。
──綾兄、どうしよう。
バロン・サムディが自分を呼ぶ声が聞こえた。茶織は縋るように、誰もいない空間に左手を伸ばした。
「サオリィ~、何処だってばぁ~」
「こっ……ち……」
十数秒後──茶織にとっては何時間にも感じられた──バロン・サムディが茶織の正面に走って姿を現した。
「え、ちょ、サオリ……どした?」
「見……りゃ……わか……」口の中いっぱいに鉄の味が広がり、一言発する度にその不味さと痛みと苦しみとで吐きそうになる。「ピ、エ、ロに……」
「サムディどうした? 血の臭いが……道脇さん!?」
龍も姿を現した。驚愕の表情で茶織を見やり、慌てて駆け寄ると、血が付着するのも構わずタイル張りの床に膝を突いた。
「ああ……そんな……道脇さん……」
茶織には龍が涙を浮かべているように見えるが、目が霞んでいるのではっきりとわからない。しかし、茶織を目にした際の言葉が震えていたので、恐らく見間違いではないのだろう。
──そりゃあそうよね……人が血を流して死にかけているんだし……。
「ちょっとどいて」サムディは龍の隣にしゃがんだ。
「なあ、治癒魔法とか使えないのか!?」
「そういうのは使えないんだけどね、助ける方法なら一つある」
「どうやるんだ」
「ワシとサオリが合体する!」
二、三秒の間の後に、龍はサムディの胸倉を掴んだ。
「お前っ! ふざけている場合じゃねえんだぞ変態野郎!! 殺すぞ!!」
「ちょ、ちょい待ちリュウ、ワシは至って真面目! 何か勘違いしてる!」
「じゃあ何だってんだ!」
「その手を放してくれなきゃ出来ないよう」
龍は突き飛ばすように手を放すと、サムディを睨み付けた。
「おお怖っ」
「時間がねえんだよ、手があるなら早くしろ!」
「わかってるわかってる」
サムディは茶織に向き直ると、両手を伸ばし、すっかり血の気の失せた顔に触れた。
──……?
白手越しに感覚が伝わってきたが、炎のように熱いのか、氷のように冷たいのか、茶織にはわからなかった。払い退けようにも体は動かず、何をする気かと問いたくても声が出ない。そうこうしているうちに、徐々に意識が遠のいてゆく。
──綾兄……化けて……出てやるから──……
意識が途切れる直前、茶織には、サングラスの向こうに隠されたサムディの両目が見えたような気がした。
「もう一つの部屋も異常ありませんでした」
一階を手分けして探索した後、龍たちは廊下で合流した。
「そっちの部屋ってどんな感じだったの」眼鏡を掛け直しながら那由多が龍に尋ねた。
「置いてあった小説や雑誌、それとクローゼットの中の服からして、少なくとも四〇代以上の男性の部屋かな、と」
「家主かな」
「そうかもしれません。靴箱の中を見たら、サイズが異なる革靴やスニーカーが何足かと、割と小さい女性ものの靴もありました。少なくとも三人以上は住んでいそうです」
緋雨が後ろから那由多を覗き込む。「那由多、大丈夫か」
「うん? 俺は大丈夫だけど──」
「そうじゃない、眼鏡だ。今掛け直していただろう。壊れたのではないかと思ってな」
「……俺より眼鏡の心配?」
「ねえ、サオリたち、まだ下りて来ないわね」アルバが階段を見上げながら言った。「声も聞こえないわ」
「うむ、確かに静か過ぎるな。あの精霊がいる割には」緋雨も見上げて言った。「それに動き回っている様子も感じられない」
「え、何かまずいんじゃない?」
那由多が言い終わらないうちに、龍は階段を上り始めていた。
──痛い。苦しい。痛い。気持ち悪い。痛い。痛い。苦しい。寒い。痛い。痛い。痛い。
茶織は、自分の体から流れ続ける血の海に横たわっていた。冷たい死が、傷口から全身にじわじわと広がってゆくのが感じられる。
──綾兄、どうしよう。
バロン・サムディが自分を呼ぶ声が聞こえた。茶織は縋るように、誰もいない空間に左手を伸ばした。
「サオリィ~、何処だってばぁ~」
「こっ……ち……」
十数秒後──茶織にとっては何時間にも感じられた──バロン・サムディが茶織の正面に走って姿を現した。
「え、ちょ、サオリ……どした?」
「見……りゃ……わか……」口の中いっぱいに鉄の味が広がり、一言発する度にその不味さと痛みと苦しみとで吐きそうになる。「ピ、エ、ロに……」
「サムディどうした? 血の臭いが……道脇さん!?」
龍も姿を現した。驚愕の表情で茶織を見やり、慌てて駆け寄ると、血が付着するのも構わずタイル張りの床に膝を突いた。
「ああ……そんな……道脇さん……」
茶織には龍が涙を浮かべているように見えるが、目が霞んでいるのではっきりとわからない。しかし、茶織を目にした際の言葉が震えていたので、恐らく見間違いではないのだろう。
──そりゃあそうよね……人が血を流して死にかけているんだし……。
「ちょっとどいて」サムディは龍の隣にしゃがんだ。
「なあ、治癒魔法とか使えないのか!?」
「そういうのは使えないんだけどね、助ける方法なら一つある」
「どうやるんだ」
「ワシとサオリが合体する!」
二、三秒の間の後に、龍はサムディの胸倉を掴んだ。
「お前っ! ふざけている場合じゃねえんだぞ変態野郎!! 殺すぞ!!」
「ちょ、ちょい待ちリュウ、ワシは至って真面目! 何か勘違いしてる!」
「じゃあ何だってんだ!」
「その手を放してくれなきゃ出来ないよう」
龍は突き飛ばすように手を放すと、サムディを睨み付けた。
「おお怖っ」
「時間がねえんだよ、手があるなら早くしろ!」
「わかってるわかってる」
サムディは茶織に向き直ると、両手を伸ばし、すっかり血の気の失せた顔に触れた。
──……?
白手越しに感覚が伝わってきたが、炎のように熱いのか、氷のように冷たいのか、茶織にはわからなかった。払い退けようにも体は動かず、何をする気かと問いたくても声が出ない。そうこうしているうちに、徐々に意識が遠のいてゆく。
──綾兄……化けて……出てやるから──……
意識が途切れる直前、茶織には、サングラスの向こうに隠されたサムディの両目が見えたような気がした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる