【改稿版】骨の十字架

園村マリノ

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第四章

#4-1 危機と希望①

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 茶織さおりたちが進んだ先は袋小路になっており、二階建ての一軒家がポツンと立つのみだった。

「他に道はあったかしら」

 茶織が呟くと、先頭にいたサムディが振り向き、

「サオリ、ここが目的地だよ」

「え?」

「いるよ、アイツが。気配感じない?」

 茶織は周囲の反応を見た。りゅう那由多なゆたは目が合うと頷いた。アルバと緋雨ひさめは一軒家を睨むように見つめたままだ。
 茶織も改めて一軒家を見やった。濃いねずみ色の屋根に、全体的に薄汚れた白い壁。全ての窓に暗幕が閉められており、中の様子を窺い知る事は出来なくなっている。

「別に何も感じない。むしろ誰もいないとしか思えないわ。でも、あんたたちがいるって言うならいるんでしょうね」

「んじゃ、全員揃ったし行きましょうかねえ」近所へ買い物にでも出掛けるかのような口調でそう言うと、サムディは率先してドアまで進み、縦長のドアノブに手を掛けるとそのまま一度振り返った。「準備はいい?」

 全員が頷くのを確認すると、サムディは何のためらいもなくドアノブを引っ張った。
 鍵は開いていた。まるで茶織たちの来訪を待っていたかのようだ。

「どうもー、お邪魔しまぁ~す」

 サムディを先頭に、アルバ、龍、緋雨、那由多、茶織と続いた。
 明かりは点いていないが、決して暗くはなかった。一階には大きな部屋が二つに、トイレや風呂場もあるようだ。二階への階段は玄関入ってすぐ右側にある。

「ねえ、まさかこんな狭い場所で戦うの?」茶織は困惑した。「これじゃあ味方をブン殴っちゃうかも」

「うへえ、勘弁して」那由多は苦笑した。

「二手に分かれましょう」アルバが言った。

「じゃあ、わたしは二階を見るわ。階段近いし」

 茶織が答えると、先頭にいたサムディが戻って来た。

「別にあんたは来なくていいわよ。あんたが近くにいると疲れるの。ただでさえもう疲れてるんだから」

「そんな事言っちゃってさ……」サムディはフフンと笑った。「ワシと二人きりになるのが恥ずかしいんでしょっ」

 茶織は無表情かつ無言でゆっくりと釘バットを振り上げた。

「わあっ、茶織さんまだ敵は出て来てないから!」

「おい精霊、貴様は少し黙っとれ」

「えー、何さワシが悪いっての~?」

 アルバは他人事のように呑気にウフフと笑うだけで止めようとはしなかった。龍は急に疲労感を覚えた。

「と、とにかく、茶織さんとサムディは二階をお願い。何かあったらすぐ呼んで。異常なさそうだったら戻って来ちゃっていいから」

「ほーい。では皆の者、また後でア トゥドゥスュイットゥ」サムディは軽快なステップで階段を上り始めた。

「戻って来るのはわたしだけになるかもね」ボソリと呟いてから茶織も一階を後にした。

「……あいつらはいつもああなのか?」茶織が姿を消すと、緋雨はぼやいた。


 二階にも部屋は二つあった。サムディは勝手に階段に近い方の部屋を開けた。広さは六帖程で、壁際のドレッサーや、ベッドの淡いピンク色のシーツに花柄の掛け布団からすると、どうやら女性の寝室のようだ。
 サムディは部屋に足を踏み入れかけ、一旦引っ込めた。

「どうしたの」

「いや、女性ファムのお部屋に勝手に入っちゃ失礼かな、と」

「普段からわたしに対してもそれくらい気を遣ってほしいわね」

 二人で室内やバルコニーをチェックしたが、特に変わった様子はなかった。クローゼットを開ける時は緊張したが、中にはコートや余所行き風な服が数着、ハンガーに掛けられているだけだった。

「どんな女性ファムがいたのかな」

「ここはピエロが創り出した異界なんでしょ。だったら誰が住んでるも何もないでしょ」そう言いながらも茶織は、自分の考えは当たっていないような気がした。

 サムディはベッドの上に大の字になった。

「何してんのよ」

「ちょっと休憩」

「こっちが休みたいわ」

お嬢ちゃんマドモワゼル、サムディの隣、空いてますよっ。……冗談だって釘バット下ろして……」

 茶織は溜め息を吐くと、サムディを残し、奥の部屋へと向かった。

 ──ここは……。

 もう一つの部屋は、先程の部屋より若干広そうだ。こちらでは布団を使用しているのかベッドはない。図鑑や漫画、その手前にミニカーや小さなフィギュアがまばらに並ぶ本棚に、一冊のノートが真ん中に置かれた子供用の勉強机、タンス、小さな棚とその上に更に小さなテレビがある。
 茶織は部屋に入ると、釘バットを本棚の側面に立て掛け、読んでくれと言わんばかりに置かれたノートを手に取った。ピエロからの挑発でも書かれているのではないかと思ったが、中身は誰かの日記だった。
 六月某日から始まり、その後も不定期的に書かれ続けたそれは、決して愉快な内容ではなかった。書き手は男子学生であり、両親の不仲と、学校で同級生から受けるいじめに苦悩している様子だった。

 ──これって……。

「来たのか、茶織」

 ──!!

 引っ張られるように顔を上げると、バルコニーがあったはずの場所に道が続いており、その数十メートル先に、茶織が会いたくてやまなかった人間がいた。所謂ゆるふわなセミロングヘアーに左耳のピアス、そしてこちらを優しく見つめる奥二重の目。

「あ……」茶織の声が震えた。

「久し振りだな。元気だったか?」

綾兄あやにい!」茶織はノートを放り、リュックを下ろすと、我を忘れて走り出した。「綾兄! 助けに来てくれたの? 綾兄!」

 道脇綾鷹みちわきあやたかは、微笑んだまま右手を伸ばした。追い付いた茶織は何のためらいもなく笑顔でその手を取ったが、数秒後、汚い物にでも触れたかのようにパッと離し、後ずさった。

「……あんた、綾兄じゃない」

 茶織はようやく我に返り、今自分がいるのは男子学生の部屋ではない事に気付いた。だだっ広く、壁も床も真っ白なタイル張りをしているが、あちこちに赤茶色のシミが飛び散っている。

「茶織?」

 茶織は釘バットを構えようとし、男子学生の部屋に置き忘れたままだと気付いた。背中を汗が伝うのは、走って来たからではない。

「茶織、どうしたんだ」

「近寄るな偽者」

「何言ってんだ、さ──」

「手の感触が全っ然違う!」茶織は声を張り上げた。「その感触は綾兄じゃない。わたしにはわかるんだから。騙し切れるとでも思った? 舐めんじゃないわよ」

 元来た方から、自分を呼ぶ男の声が微かに聞こえた。あの間抜けで若干苛立ちを覚える声色はサムディのものだろう。
 茶織は踵を返そうとしたが、その直後、背中と腹部にほぼ同時に鋭く強烈な衝撃を受けた事により、動けなくなった。

「……っ?」

 ゆっくり頭を下げ、自分の状況を理解した茶織だったが、驚愕に目を見開くのが精一杯で声は出せなかった。

「感触ねえ……」呆れたような声がすぐ後ろから聞こえた。「キミ、本当にイカれてる。変態的っていうか。ケケケッ」

 綾鷹──いや、ピエロの手に握られた日本刀が、道脇茶織の体を貫いていた。


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