【改稿版】骨の十字架

園村マリノ

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第二章

#2-4-2 顔合わせ②

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「あそこなら誰にも聞かれないで済むんじゃないかな」

〈フラワーズ〉を出て芝生広場に戻ると、那由多が広場の端の一基のベンチを指し示し、一同はそちらへと向かった。

「結構美味しかったですね、海鮮丼」

「うん。美浦みうら半島産の新鮮な魚介類だけ使ってるって店員さんが言ってたけど、本当だったみたいだね」

〈フラワーズ〉前での合流と簡単な挨拶の後、満面の笑みを浮かべた那由多の「二人共、勿論お腹空いてるよね?」という有無を言わさぬ気迫の篭った言葉により、一同はそのまま店内に入り昼食を取る事になった。三人が注文した海鮮丼は予想以上の美味しさで、誰もが喋るのを忘れてひたすら箸を進め、座敷席の隅にいた緋雨に呆れたように指摘されるまで気付かなかった程だった。

「ワタシ、海鮮丼って初めて食べました」

「そういやそうか」

「もうちょっと食べたかったなあ……」

「悪かったって。でもお前の分も注文したら変に思われるだろ。また今度食べような」

「約束ですよ? ウフフフ」

 茶織は、龍が右手で何かをそっと触るような仕草をするのを目にした。恐らくはアルバの頭だろう。その触れ方は愛情からか、それとも落下を防ぐためか。
 茶織と龍たちの数歩前を歩く那由多の肩に止まった緋雨が、茶織を見やりながら僅かに首を傾げる。

「我やバロン・サムディとやらの姿は見えるのに、アルバの姿が見えないとはな」

「相性とか波長だとかがあるんでしょ。声が聞こえるんだから構わないわ」

「手を握ってます」少しの間の後、龍がポツリと言った。

「……え?」

「道脇さんの右手を。アルバが」

 茶織は反射的に右手を引っ込めた。

「あら、そんなに驚かなくても。ウフフフ」

 アルバの声に気分を害した様子はなく、むしろ龍の方が困ったような、傷付いたような何とも言えない表情を浮かべている。

 ──わたしが悪いわけ?

 茶織は少々の苛立ちを覚えた。
 ベンチには茶織と、一人分空けて那由多が座り、龍はそこから二、三メートル程離れ、芝生に腰を下ろした。アルバもそちらにいるのだろう。

「……では」那由多の肩の上の緋雨が切り出した。「それぞれが知っているピエロの情報を提供するように。些細な事でも構わない。とりあえず、まずは我々から話すかな、那由多」


 那由多と緋雨の後に龍とアルバ、そして最後に茶織が話し終えた。

「えーっと、つまり……茶織さんは、私怨でピエロを追っている、って事になるのかな」

「ええ、その通りよ」

 龍と緋雨は、どう反応していいのかわからず困惑しているようだった。

「別に驚く事でもないでしょ。日高君だって、友達の弟の復讐って言ったわよね」

「……まあ、そうですけど……」龍は小さく溜め息を吐いてから言葉を続けた。「勿論それだけじゃなくて、これ以上犠牲者を増やしたくないから……これ以上友達を失いたくないからっていう気持ちも強いですよ。それは道脇さんだって同じですよね」

「わたしは別に。他人がどうなるかなんて特に考えちゃいないわ。あくまでも個人的に、あの調子に乗ったピエロが気に入らないだけ。叔父を侮辱した報いは必ず受けてもらう」

 龍は二の句が継げず、唖然とした表情を浮かべている。

「それにしても茶織さん、ピエロに狙われてよく無事だったね」

 那由多が感心したように言った。気まずくなりかけた空気を変えようとしたのか、素なのか、茶織と龍には判断が付かなかった。

「まあ、一応はあいつのおかげ……かしらね」

 あいつ。黒ずくめで皺くちゃでヒョロ長、ワガママで変態なヴードゥーの精霊の長。

 ──あんな奴でも……ね。

「綾鷹、といったか。お前さんの叔父は興味深いな」緋雨が言った。「並の霊能者ではないようだ。もっとも、バロン・サムディの話が正しいとすればだが」

「嘘じゃないはずよ。まあ、未だに信じられない気持ちもあるけど」

「叔父さんもいてくれれば、もっと心強かったのにね」

 那由多の何気ない言葉に、茶織の心は沈んだ。これまでに何度そう思った事だろうか。

「おっと、野次馬か」緋雨が呟いた。

 茶織が顔を上げると、芝生広場の方から体の透けた中年の男が一人、ゆっくりとした足取りで近付いて来るところだった。無表情だがその視線はしっかりこちらに向けられている。茶織は身構え、龍も立ち上がりかけたが、那由多が呑気に「やあ」と手を振ると、男も手を挙げて応えた。

「何だお前の知り合いか」

「うん。ワタヌキさん。昔からこの辺りに住んでるんだって。ねえワタヌキさん、ピエロの姿をした幽霊、知ってます?」

 ワタヌキは無言でかぶりを振った。

「そうですか……。ワタヌキさん、一応気を付けてください。そのピエロの幽霊、結構タチの悪い奴なんです。あと、変な勧誘されても乗らないでくださいね」

 ワタヌキは無言で頷くと、元来た方へと戻ってゆき、その途中で空気に溶け込むように姿を消した。

「まさか、今の男に話を聞くためだけにここまで来たの?」

「ううん、そうじゃないよ。ここは空気がいいし、綺麗な花を見ながら歩くのも悪くないと思って」

「……それだけ?」

「うん、それだけ」

 茶織は拍子抜けした。

「人も少ないですし、こういう話をするのには適した場所だと思いますよ。美味しい海鮮料理も食べられたし」龍は那由多に微笑んでみせた。

「そうだね! あのレストランは初めて入ったんだ。もっと早くから知ってればなあ」

「別に悪いとは言ってないけど」

「でも、いいとも思ってないでしょう。面倒臭いって顔に出ています」龍の言葉からは、非難めいた響きが感じられた。

「あら、突っ掛かるわね」

「いや……そんなつもりは」

 緋雨が咳払いし、

「で、どうする。我らは誰一人としてあのピエロの居場所を掴んじゃいない。目撃証言も少な過ぎる。現時点では先手の打ちようがなさそうだ」

「それならそれで仕方ないわよ。ぶっつけ本番で迎え撃つしかない」

「しかしそうなると面倒だぞ。当日は老若男女問わず、相当数の人間が集まるだろう」

 アスレチックコーナーから無邪気な歓声が聞こえる。あの中の何人かは、親に手を引かれ、殺人ピエロの遊び場に足を踏み入れるのかもしれない。

「TAROを先に保護した方がいいんじゃないでしょうか」龍が言った。「ピエロの狙いがTAROなら、とりあえず彼を別の……なるべく人の少ない場所に移せば、大きな被害は防げるんじゃないでしょうか」

「そうだね。それに、こちらが迎え撃つ形にもなれば、準備しておきやすいね」那由多は大きく頷いた。

「道脇さんはどう思いますか」

「悪くはないと思うけど、どうやって連れ出すの。相手は芸能人でしょ。一般人のわたしたちには、彼の控え室を見付けられたとして、建物に入る事すら難しいんじゃない?」

 龍は返答に詰まった。

「入れないのなら、向こうから外に出て来てもらいましょう」

 アルバの声に、茶織は一瞬驚いた。ピエロとやり合った件を話していた頃から耳にしていなかったため、存在を忘れかけていた。

「親戚なり友人なりを装って、スタッフさんに呼んで来てもらえばいいんですよ」

「そうだな。所属事務所の社員でもいいかもしれない」

「あるいは、ワタシとヒサメさんで超常現象を起こして怖がらせるとか、サオリさんが直接脅すって手もありますね」

 その場にいた全員が固まった。

「……ちょっと……」茶織はアルバの声がした方へゆっくりと顔を向けた。「最後の、どういう意味よ」

「あれ、そういうの得意だったりしませんか?」

「しないわよ。……あんたたちも何笑ってんのよ」

 龍と那由多は茶織から目を逸らした。その口元は緩み、ヒクヒクと動いている。緋雨に至っては、目が合った途端、体ごと真後ろを向いてしまった。

「……全員覚えておきなさいよ」茶織は腕を組み、憮然とした表情で呟いた。


 就寝前、龍はふと思い出し、明かりを消す前にベッドの中から相棒の名前を呼んだ。腕を後ろで組み、本棚を眺めていたアルバが振り向く。

「そういやあの事、道脇さんに言わなかったなって、今思い出した」

「あの事? ああ、サオリさんやアヤタカさんを探していた妙な男性の事ですね。まだ言わなくてもいいでしょう。ただでさえ混乱しているでしょうから」

「探していた男もだが、道脇さんの叔父さんもよくわからない人だな。本当にただの祓い屋なのか……」

「そもそも祓える人間に〝ただの〟も何もないと思いますよ」

「ああ、まあ……それはそうなんだけどさ」龍はまた一つ思い出し、プッと吹き出した。「アルバ、お前よく道脇さんにあんな冗談言ったな」

 アルバはきょとんとしている。

「あり得るかもなんて考えたら、つい笑っちまったけど、あの人怒って途中で帰っちまうんじゃないかと正直ヒヤヒヤしたよ」

「冗談で言ったわけじゃないですよ。本当に得意なんじゃないかと思いまして」

「……マジか」

「マジです」

 龍は時々、アルバのこの天然さに戸惑いと、ちょっとした恐怖すら覚える。

「……俺がとばっちり受けそうだから、もうちょっと考えてくれな……。電気消すぞ」
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