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第三章
03 本降りの昼休み
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「やっと昼飯だな」
「おう、腹減って仕方ねーな。早く戻ろーぜ」
四時間目の美術の授業が終わると、九斗と冷司はクラスメートたちに続いて美術室を出た。そのほとんどが早歩きまたは小走りなのは、美術室のある第二校舎三階から教室がある第一校舎三階まで距離があるからだ。
「静物デッサンてのはいつまで続くんだ? この間までは木のデッサンだったし……オレは粘土捏ねたりする方が好きなんだよな」
「今のが終わったら、次こそは彫刻になるんじゃないか? まさか一年間まるまる絵画だけやるわけじゃないだろうし」
前方から笑い声がした。九斗たちの少し前を歩く清水と淵上を挟んで更に前に、黒沢と新谷、狭山が並んでいる。
三日前に黒沢と[MINE]のアドレスを交換した九斗だが、その後は特に会話をしていない。何となく浮ついた気持ちは既に落ち着き、同時に冷司への後ろめたさもほとんど失われていた。
一階の渡り廊下を通って第一校舎まで来ると、体育の授業を終えて外から戻ってきた隣のクラスの生徒たちとかち合い、黒沢たち三人と男子二人とは徐々に離れていった。
「ようお二人さん、お疲れ」
九斗と冷司に気付いた火村がやって来た。
「おうヒム、お疲れ」
「お疲れ。体操服結構汚れてるな」
「走ってる途中、ぬかるみで盛大にすっ転んじまって」
九斗と火村が先に階段を上り、その後ろに冷司が続く。
「ところで麻宮、いい加減野球部に入らねーか?」
「まだ言うか!? もう六月だぞ!」
二人のやり取りに笑う冷司の耳に、すぐ後ろから別の会話が聞こえてきた。
「え、マジ?」
「マジマジ。見たもん」
「うわー、また次のターゲットかよ」
火村と同じクラスの、黒沢たちのような仲良し女子トリオだ。まだ名前は完全に覚えていないが、それぞれの顔立ちは思い浮かんだ。
──一番背が高くて目の細い子が小泉さんだったよな。
「あの人、男好きで中学でも有名だったらしいじゃん。女子からは嫌われてたって」
「高校でも懲りずに男漁り? いい加減にしろって感じ」
「ねぇ~!」
──こんな所でする会話じゃないだろ……。
「じゃあな」
「おう、またな」
「またな」
隣の教室の前で火村と別れる際、冷司は女子三人にさり気なく目をやった。話題が尽きたのか全員無言で、火村に続いて一人ずつ教室内に入ってゆく。
一番後ろの小泉がこちらに顔を向けた。細い目を更に細く、睨み付けるようにして見やる視線の先にいるのが自分ではないと気付いた冷司は、反射的に恋人へと振り向いた。
「ん? どーしたよ」
キスしたくなる──毎日そう思っている──程良い厚みの唇から、無邪気な問い。
「あ、いや……」
小泉の姿はもうなかった。何となく引っ掛かるものを感じながらも、冷司は九斗と共に自分たちの教室へと戻っていった。
「あーあ、サッカー出来ねーなこりゃ……」
教室の窓から校庭を覗き、九斗は肩を落とした。弁当を食べ終わった直後から降り出した小雨は、五分も経過すればすっかり本降りだ。
「朝のニュースじゃ、四時ぐらいから降るって言ってたのによ。天気予報なんて当てになんねぇな」
「とりあえず傘は持って来たけど、この中を帰るのは嫌だな。さっさと止まねぇかな……」
九斗の隣でぼやくのは、一緒にサッカーをする予定だった佐藤と川内だ。
「これだから梅雨は嫌いなんだ。早く明けろ」
「明けたら明けたでクソ暑い夏だな」
「それも嫌だ。早く秋来い」
「秋なんてなくねぇか? 一気に冬になるじゃんか」
「もう雨降らなきゃ何でもいい……」
しばらくすると佐藤と川内は、他のクラスに遊びに行くと言って教室から去っていった。
「んー、オレは何すっかな……」
清水と淵上の三人で喋っていた冷司が、九斗の席にやって来た。
「九斗、暇ならちょっと付き合ってくれないか?」
「何だよ今更。オレらはもう──」
とんだ勘違いに気付いて九斗は固まった。引きつった冷司の顔には〝違う、そうじゃない〟と書かれている。
「──お、おうっいいぜっっ! 何処にだ!?」
「図書室だよ。今月入ってきた本、まだチェックしてなくてさ」
「よ、よ~し行くか! にゃはははは!」
その場から逃げるように早足で進む九斗に続きながら、冷司はさり気なく周囲を見やった。天候のためかクラスメートのほとんどがいるが、誰も今のやり取りを気にした様子はない。女子数人が少々騒がしくしている事もあり、そもそも聞こえていた人間も少ないのだろう。
──ギリギリセーフってところかな。
二人が教室を出てゆくと、清水は淵上に目配せした。
「……どうした」
応える淵上の声は、普段よりも小さかった──まるで他のクラスメートたちに聞かれないよう、配慮しているかのように。
「……今の聞いたか?」清水も同じくらい声を落とす。「麻宮が槙屋に返事した時さ……その……」
「ああ。聞いたよ」
「あー、えっと……俺の聞き間違いか、考え過ぎかもしれないけどさ。その、あの二人──」
「気にするな」
「え」
「気にするな」
淵上は不気味な程静かに言い切ると、スクールバッグの中から推理小説の文庫本を取り出し、栞を挟んだページから読み始めた。
「……あー、淵上?」
「何だ」
「本、逆さだぞ」
「おう、腹減って仕方ねーな。早く戻ろーぜ」
四時間目の美術の授業が終わると、九斗と冷司はクラスメートたちに続いて美術室を出た。そのほとんどが早歩きまたは小走りなのは、美術室のある第二校舎三階から教室がある第一校舎三階まで距離があるからだ。
「静物デッサンてのはいつまで続くんだ? この間までは木のデッサンだったし……オレは粘土捏ねたりする方が好きなんだよな」
「今のが終わったら、次こそは彫刻になるんじゃないか? まさか一年間まるまる絵画だけやるわけじゃないだろうし」
前方から笑い声がした。九斗たちの少し前を歩く清水と淵上を挟んで更に前に、黒沢と新谷、狭山が並んでいる。
三日前に黒沢と[MINE]のアドレスを交換した九斗だが、その後は特に会話をしていない。何となく浮ついた気持ちは既に落ち着き、同時に冷司への後ろめたさもほとんど失われていた。
一階の渡り廊下を通って第一校舎まで来ると、体育の授業を終えて外から戻ってきた隣のクラスの生徒たちとかち合い、黒沢たち三人と男子二人とは徐々に離れていった。
「ようお二人さん、お疲れ」
九斗と冷司に気付いた火村がやって来た。
「おうヒム、お疲れ」
「お疲れ。体操服結構汚れてるな」
「走ってる途中、ぬかるみで盛大にすっ転んじまって」
九斗と火村が先に階段を上り、その後ろに冷司が続く。
「ところで麻宮、いい加減野球部に入らねーか?」
「まだ言うか!? もう六月だぞ!」
二人のやり取りに笑う冷司の耳に、すぐ後ろから別の会話が聞こえてきた。
「え、マジ?」
「マジマジ。見たもん」
「うわー、また次のターゲットかよ」
火村と同じクラスの、黒沢たちのような仲良し女子トリオだ。まだ名前は完全に覚えていないが、それぞれの顔立ちは思い浮かんだ。
──一番背が高くて目の細い子が小泉さんだったよな。
「あの人、男好きで中学でも有名だったらしいじゃん。女子からは嫌われてたって」
「高校でも懲りずに男漁り? いい加減にしろって感じ」
「ねぇ~!」
──こんな所でする会話じゃないだろ……。
「じゃあな」
「おう、またな」
「またな」
隣の教室の前で火村と別れる際、冷司は女子三人にさり気なく目をやった。話題が尽きたのか全員無言で、火村に続いて一人ずつ教室内に入ってゆく。
一番後ろの小泉がこちらに顔を向けた。細い目を更に細く、睨み付けるようにして見やる視線の先にいるのが自分ではないと気付いた冷司は、反射的に恋人へと振り向いた。
「ん? どーしたよ」
キスしたくなる──毎日そう思っている──程良い厚みの唇から、無邪気な問い。
「あ、いや……」
小泉の姿はもうなかった。何となく引っ掛かるものを感じながらも、冷司は九斗と共に自分たちの教室へと戻っていった。
「あーあ、サッカー出来ねーなこりゃ……」
教室の窓から校庭を覗き、九斗は肩を落とした。弁当を食べ終わった直後から降り出した小雨は、五分も経過すればすっかり本降りだ。
「朝のニュースじゃ、四時ぐらいから降るって言ってたのによ。天気予報なんて当てになんねぇな」
「とりあえず傘は持って来たけど、この中を帰るのは嫌だな。さっさと止まねぇかな……」
九斗の隣でぼやくのは、一緒にサッカーをする予定だった佐藤と川内だ。
「これだから梅雨は嫌いなんだ。早く明けろ」
「明けたら明けたでクソ暑い夏だな」
「それも嫌だ。早く秋来い」
「秋なんてなくねぇか? 一気に冬になるじゃんか」
「もう雨降らなきゃ何でもいい……」
しばらくすると佐藤と川内は、他のクラスに遊びに行くと言って教室から去っていった。
「んー、オレは何すっかな……」
清水と淵上の三人で喋っていた冷司が、九斗の席にやって来た。
「九斗、暇ならちょっと付き合ってくれないか?」
「何だよ今更。オレらはもう──」
とんだ勘違いに気付いて九斗は固まった。引きつった冷司の顔には〝違う、そうじゃない〟と書かれている。
「──お、おうっいいぜっっ! 何処にだ!?」
「図書室だよ。今月入ってきた本、まだチェックしてなくてさ」
「よ、よ~し行くか! にゃはははは!」
その場から逃げるように早足で進む九斗に続きながら、冷司はさり気なく周囲を見やった。天候のためかクラスメートのほとんどがいるが、誰も今のやり取りを気にした様子はない。女子数人が少々騒がしくしている事もあり、そもそも聞こえていた人間も少ないのだろう。
──ギリギリセーフってところかな。
二人が教室を出てゆくと、清水は淵上に目配せした。
「……どうした」
応える淵上の声は、普段よりも小さかった──まるで他のクラスメートたちに聞かれないよう、配慮しているかのように。
「……今の聞いたか?」清水も同じくらい声を落とす。「麻宮が槙屋に返事した時さ……その……」
「ああ。聞いたよ」
「あー、えっと……俺の聞き間違いか、考え過ぎかもしれないけどさ。その、あの二人──」
「気にするな」
「え」
「気にするな」
淵上は不気味な程静かに言い切ると、スクールバッグの中から推理小説の文庫本を取り出し、栞を挟んだページから読み始めた。
「……あー、淵上?」
「何だ」
「本、逆さだぞ」
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