キュート君とクール君の平凡で刺激的な日常

園村マリノ

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第二章

06 東堂はかく語りき

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 アパートから南東へ徒歩五分弱。
 九斗たちは、たわいない話──主に九斗と冷司の学校生活に関する内容だ──をしながら、新興住宅街へと続く遊歩道をゆっくりと歩いた。数年前に大規模な改修工事があったためか、足元はしっかり舗装され、木々や花壇も綺麗に手入れされている。
 ど真ん中に大きなイチョウの木がそびえ立つ十字路まで来ると、三人は誰からともなく足を止めた。
 
「どうして俳優辞めちゃったんすか」九斗は東堂に尋ねた。

「さっきチラッと言ったかもだけど、売れなかったんだよ。残念ながらね」東堂はどこか他人事のように答えた。

「でも、色んな作品出てたんすよね? 冷司が調べてくれました。まあオレらは『バトルサイキッカー俊』しか観た事ないんすけど……」

「あのドラマ以外、全然聞いた事がないようなタイトルばっかりだったでしょ」

 九斗と冷司は、一瞬見合わせてから遠慮がちに頷いた。

「そういう作品にしか出られなかったのよ。低予算で、何なら言い方は悪くなるけど……低レベルの」

 東堂は自嘲するような笑みを見せたが、九斗たちの困惑する様子にばつが悪くなったのか、背を向けてイチョウの木の方へと近付いた。

「まあ誰が悪いって、いつまでも役者として成長出来なかったおれ自身なんだけどね。所属事務所は、何とかして〝次世代アクションスター〟として売り出そうとしてくれたんだけど、最後までその期待に応えられなかった」

 小さなイチョウの葉が一枚、ひらひらと舞い落ちて左肩に乗ると、東堂はゆっくりとした動作で摘み、そっと地面に落とした。
 
「差し支えなければ、今は何のお仕事を?」

 冷司の問いに、東堂は若い二人へと向き直った。

「親族が経営している東京の会社で働いてるよ。最近は自宅でのリモートワークがメインだから通勤はほとんどしてないけどね」

「それなら歯医者も通いやすいっすね!」

 東堂は一瞬目を見開くと、豪快に笑い出した。

「いやぁもう勘弁だよ! 定期検診にも来いって言われたけど、誰が好き好んで口の中いじられたいと思う?」

「虫歯になって痛い思いするより、検診の方がマシじゃないっすか?」

「うっ、何十歳も若い子に正論言われちゃった!」

「言っちゃったっす! にゃははは~!」

 ──楽しそうなこって。

 冷司は無邪気に笑う九斗の横で微笑みつつ、自分が把握していない話題で恋人と盛り上がる東堂に、内心嫉妬の炎を燃やした。

 ──うんまあ、いいんだけどさ。いいんだけどさ……!

「ああ、ごめんね二人共。わざわざこんな所まで来て嫌な話しちゃって」

「いやいや、そんな……」

「貴重なお話を有難うございました」

 冷司が小さく頭を下げると、九斗も同じようにした。

「こちらこそ有難う。ファンが身近に二人もいるってわかって嬉しかったよ」
 
 白い歯を見せて微笑む東堂は『バトルサイキッカー俊』最終話の俊そのものだった。

 ──なぁんで今まで全然気付かなかったんだろな。……というか──……

 九斗は隣の恋人をチラリと見やった。

 ──冷司こいつはこいつで、何で会った瞬間わかるんだよ。名探偵か?

「そういえば東堂さん、何処かに出掛けるんじゃなかったんですか?」

「ん? ああ、駅前のコンビニをちょっと覗こうかなって。特に用事があったわけじゃないから大丈夫。
 じゃ、ぼちぼち戻ろうか。そろそろ六時になるだろうし」

 元来た道を戻る間、東堂は口外しても問題ない範囲内で『バトルサイキッカー俊』の撮影秘話や裏話を九斗たちに語った。
 
「続編!?」

「うん。タイトルは『ダークサイキッカー俊』で、脚本は完全ドラマオリジナル。タイトル通り、一作目より更にダークな内容になる予定だった……みたいなんだけど、いつの間にか、ね」
 
「冷司、知ってたか?」

「いや全然。色々調べたけど、その情報は覚えがないな」

「公式発表もされてなかったから、知ってるのは本当にごく一部だろうね。おれも誰かに話したの、何気に初めてかも」

「うわぁ観たかった……スゲー観たかったっす!」

「俺も。もっとも、原作からかけ離れた別物になっちゃってた可能性もあるけどな」

「あ、それは確かに言えてるね」

「夢がねえ!」



 とある人気動画配信者が、自身のチャンネルでドラマ版『バトルサイキッカー俊』を紹介した事がきっかけで、SNSでも大きな話題となった結果、東堂の元に様々な取材依頼が舞い込むようになるのは、もうしばらく先の話だ。
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