キュート君とクール君の平凡で刺激的な日常

園村マリノ

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第二章

04 握って絡める

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 心洗われるような青く澄んだ空の下、海沿いの広々とした公園の一角。

「これからどうするの?」

 凛子の問いに、やや離れた所ではしゃいでいる小さな子供たちをぼんやり見やっていた俊は、ゆっくりと振り向いた。

「どうって……元の生活に戻るだけさ。この街でたわいない日常を生きていく……カスミに山田のおっさん、松村の分もな」

 俊と凛子は、日本はおろか世界を支配しようと目論み、手始めに俊が暮らすこの街を狙って暗躍していた悪の超能力者たちを、彼らが召喚した魔物も含めて全て斃した。しかし、その過程で超能力者仲間や協力者、複数の一般人の犠牲があった。

「そっか……」

 凛子はゆっくり頷いた。ジーンズコーデの多い彼女が、いざという時に動き辛いという理由で敬遠していたロングスカート姿なのは、もう戦う必要がないからだ。

「アンタはどうなんだよ。また旅立つのか?」

「うーん、そうね……そのつもり、なんだけれど……」

「迷ってんのか?」

「ええ。どうやら私、この街が気に入っちゃったみたい」

 凛子はフッと微笑むと、海の方を見やった。俊もつられたように同じ方へと目をやると小さく息を吐き、

「じゃあ、ずっといりゃあいいじゃんか」

 凛子はゆっくりと振り向いた。

「気に入ったんだったら、いりゃあいいだろ。ほら、引っ越しの手配だって面倒だろ? 何だったら、俺がこの街の飯の美味い店とか、観光名所を案内するぜ。まあ、無理にとは言わねえけど……」

 自分で言っておきながら照れ臭くなったのだろうか、俊はパーカーのポケットに手を突っ込むと、そっぽを向いた。

「あら、本当?」凛子は俊の正面に回り込んだ。
「じゃあ早速これから、美味しいお店を紹介してもらおうかしら?」

「これから?」

「うん、だってお腹空いちゃったんだもの」

 腹部をそっと押さえて笑う相棒に、俊は白い歯を見せて微笑み返した。

「喜んで」

 ゆっくり歩き出した二人からカメラが徐々にズームアウトしてゆき、エンディングテーマとスタッフロールが流れ始める……。

「……終わった……終わってしまった……」

 九斗は放心したように背もたれに体を預け、天井を見上げた。

「お疲れ。片付けていいか?」

「おう……サンキュ……」

「ははは、本当に好きなんだな。紹介した甲斐があったよ」

 六月最初の土曜日、槙屋家のリビング。
 五月下旬に中間テストがあったため、しばらくお預けとなっていた『バトルサイキッカー俊』の四話から最終話までを、九斗は冷司のノートPCで一気に視聴した。
 最終話に近付くにつれて徐々に盛り上がってゆくストーリーにアクションシーンの増加、ややダークな雰囲気と、登場人物同士の軽妙な掛け合い。粗が目立つB級作品ではあったものの、九斗はすっかり惹き付けられていた。

「なあ、DVDとかBDブルーレイは出てないのか?」

 冷司がノートPCを自室に片付けて戻って来ると、九斗はそちらに視線を移した。
 
「流石に新品なんて見付かんねーだろうし、再生出来りゃ、ボロめの中古でも構わねーんだけど」

「あー、放送当時はVHSで、その数年後にDVDBOXが出たみたいだな。前に調べたらプレミアが付いて、中古でもとんでもない値段になってたように記憶してる」

「うへぇ……」

「ゲームの方、本体ごと貸そうか。ドラマとの違いを楽しむのもいいんじゃないか?」

「え、いいのか? 待て、先に教えてくれ。山田のおっちゃんたちはやっぱり死ぬのか?」

「それは遊んでからのお楽しみだろ。まあ、ゲームの方はドラマ版より平和だって事は教えとく」

 一六時を過ぎる頃、二人は槙屋家を出た。一話当たり三〇分弱の映像を、昼休憩を挟んだとはいえ一〇話分続けて視聴したため、何となく疲れていた。

「どうする、駅前のコンビニでも行くか?」玄関ドアに鍵を掛けながら、冷司が九斗に尋ねる。「この間、新商品のドーナツが気になるって言ってたよな」

「そうだな……いや、公園でも行こーぜ」

「公園? いいよ」

 歩き出して程なく、互いの指先がぶつかった。

「ん、悪い」

「あ、ああわりぃ……」

 以前のように手を握られるのかと、九斗は一瞬ドキリとした。

「そういや、鬼村喬だけどさ」

 冷司は何事もなかったように九斗の方を向いた。

「ふと思い出して俺の親にも聞いてみたんだが、全然知らないし、最近見た覚えもないってさ」

「そうか……」

「お母さんには聞いてみたか?」

「おう。母ちゃんも全然知らないとさ。でもオレと同じで、何処かで見た気がしなくもないって」

「ふーん……?」

 珍しく誰もいない公園まで来ると、九斗は出入口から一番近いベンチに腰を下ろした。冷司は悪戯っぽく笑いながら、

「あれ、どうした? 今なら滑り台もブランコもジャングルジムも、全部独り占めだぞ」

「小坊かオレは!」

「童心に帰りたくて来たのかと思ったよ」

「そうじゃねーよ。今日はずっとドラマ観てて、そんなに喋ってねーだろ。だからほら……」九斗はベンチの左隣のスペースを手で軽く叩いた。「お前も座れよ」

「ああ……」

 冷司は素直に従った。普段と同じ距離感だというのに、九斗はこれから自分が取る行動を意識し過ぎているせいか、妙に緊張した。

「そういう気遣いが嬉しいよ」

「気遣いってか、オレがそうしてぇだけだ」

 九斗は周囲を見回し、誰もいない事を改めて確認すると、左手で冷司の右手を取った。自分のそれよりは小さく指は細めだが、やはり女子とは違う質感だ──もっとも、女子の手なんて握るどころか、まともに触った試しもないのだが。

「え……どうした?」

「今ならいいぞ! 握っても!」

「ええ!?」冷司は笑い出した。「本当どうしたんだよ急に」

「だってよぉ、この間冷司が手を握ってきたの、拒否っちまったろ」

 冷司ははっと息を呑んだ。

「嫌だったわけじゃねーんだ。ただやっぱり人目は気になるし、そういうスキンシップは慣れてねーからさ」

「気にしてたのか」

 九斗は目を合わせず小さく頷いた。

「そっか……有難うな」

「ん……」

「じゃあ遠慮なく」

 冷司の愛情表現は、予想していたよりもずっと優しかった。九斗は、おずおずと手を握り返した。

 ──何か変な気分だ。

 九斗はこれが現実であるかを確かめるように、何度もまばたきした。一番気の置けない仲だと思っていた同姓の親友と、こんな事をする間柄になるなんて、少し前までの自分には全く想像が付かなかった。
 冷司は更に、愛おしむようにゆっくり指を絡めてきた。

「……な、何かくすぐったいな!」

「そうか?」

 九斗も指を絡めて応えると、冷司は目を細めた。

 ──えーと……これっていつまでやるんだ?

 ややあってから、九斗は様子を伺うように冷司を見やった。基本的にはクールな彼にしては珍しい、側から見てもご機嫌だとよくわかる目尻の下がった表情に、喉まで出掛かった問いは引っ込んでしまった。

 

 
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