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第一章
05 騒がしいゴンドラ
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「お、ベイブリッジだ」
「あっちのは赤レンガ倉庫だよな」
「向こうにはマリンタワーがあるよ」
大観覧車[コスモクロック21]。乗り始めた当初は日常のたわいない話をしていた九斗たちだったが、ゴンドラの位置が徐々に高くなるにつれ、みなとみらい21地区の景色に関心が向くようになった。
「こっちだと富士山が見えるぞ」
冷司の言葉に、ゴンドラの海側に集まっていた三人は反対側へと移動した。
「富士山? 何処だ」
「ほら、ランドマークタワーの横からさ」
「お、ほんとだ! でもあんまりくっきり見えないな」
「冬の方が空気が澄んでいるから綺麗らしいぞ」
篤弥がスマホで撮影を始めると、九斗たちも思い出したように後に続いた。
「そういや、そろそろてっぺんか?」
「ううん、まだだよ。一周約一五分らしいから……」篤弥は腕時計に目をやった。「あと二、三分ってとこかな」
「なあ、てっぺんまで来たら四人で撮ろーぜ」
九斗は期待に満ちた眼差しを三人に向けた。
「いいね。じゃあ、海側と富士山側で撮ろうか」
「おう。皆忘れんなよ?」
ふと九斗の視界の端に、隣のゴンドラのカップルが映った。順番待ちをしている間、四人の後ろで芸能人のスキャンダル話に花を咲かせていた二人は、こちら向きでピッタリ密着するように座り、互いの手を取りながらじっと見つめ合っている。
──うおっ!?
咄嗟に視線を外すと、丁度振り向いた麗央と目が合った。
「ん、どうした」
「いっ、いや──」
麗央は隣のゴンドラをチラリと見やり、
「ああ、あのカップルか。完全に二人だけの世界だな」
冷司と篤弥もつられてそちらに目をやる。
「お、おいお前ら! あんまし見んなよ」
「見られても構わないんだろ。でなきゃこんな所で──あ~ほら」
「っっっ!?」
男性が女性を抱き寄せると、それはもう熱心なキスが始まった。
「うわー……」
篤弥が露骨に引いた反応を見せると、麗央は同意するように苦笑した。
「み、見ちゃいかん! 戻れお前ら」
九斗は慌ててカップルに背を向け、元々自分が座っていた位置に戻った。九斗の正面に篤弥、その右隣に麗央が続く。
「ははは、仲良しなこって」
最後に冷司が九斗の隣に座ると、つい先程までとは打って変わって、ゴンドラ内はしんと静まり返った。
「……いや何だよこの状況」
ややあってから麗央が沈黙を破ると、冷司と篤弥が吹き出した。
「いきなりああいうの見ちまうと、何かな」
「そうだね。まあこういう場所だから仕方ないけど、ちょっとビックリっていうか」
「まだ頂上でもないのにな。てかさ、人前で堂々とイチャつく奴らって、意外と長続きしなくね?」
──何でそんな余裕なんだよお前ら……。
九斗は平静を装いながらも内心戸惑っていた。
──キ、キスだぞ? しかもあんなガッツリと!
「あ、キュートボーイ! 顔赤くなってる!」
「……はっ!?」
斜め前から、麗央が笑いながら身を乗り出してきた。
「お前にはちょっと刺激が強過ぎたか?」
「はあ!? あ、赤くなってねーし? なあ?」
「いや赤いな」冷司は即答した。
「うん赤いよ」敦也もあっさり否定した。
「はあっっ!? う、嘘だぁ……」
九斗は両手で頬に触れ、そのまま固まった。言われてみれば、何となく顔がほてっているような気がした。
「初心だなぁ~! 他人のキス見ただけでそんなんじゃあ、自分の時はどうするんだ? なあ?」
一番最後に、麗央はさりげなく冷司に目配せしてみせた。
「んぬ……ぬぬぬっ! レオ! テメェこの!!」
更に顔の赤みが増した九斗が、目にも止まらぬ速さで麗央にヘッドロックをかけて頭頂部に拳をグリグリとめり込ませると、ゴンドラ内に悲鳴が響き渡った。
「ギブギブギブ!! 助けて!!」
「あ~ほらほら危ねえぞ。そこら辺で許してやれ、九斗」
「二人共おすわり!」
九斗はフンと鼻を鳴らすと麗央を解放し、どかっと腰を下ろして腕を組んだ。
「イテェェ……死にかけたの今日で何度目だ」
「へんっ、喧嘩売ったお前が悪いんだからな!」
「ほらほら」
冷司は宥めるように九斗の背中を軽く叩いた。
「まったく。ただでさえお前ら二人は体がデカいんだからな。あのカップルも、前のゴンドラのグループも驚いてたぞ」
「へっ、知るかよあんな……は、破廉恥な奴ら」
九斗は後方へチラリと振り向いた。カップルは抱き合ったままこちらの様子を窺っていたようだが、目が合うとそれぞれが違う方向へ視線を逸らし、ゆっくりと体を離した。
「破廉恥って……ププッ」
「おうレオ、物足りなかったか?」
「えーん頭と首が痛いよ~!」
「軟弱者め。言っとくが、危ねー技なのはわかってっからよ、かな~り手加減したんだからな」
「怖いよー! 二階堂きゅ~ん!」
「自業自得」
「うわぁ冷たい! 心も痛んだわっ!」
冷司は泣き真似をする友人から恋人に視線を移し、もう機嫌は直ったようだと判断した。そもそも、観覧車に乗る前のじゃれ合いと似たようなもので、本気で怒っていたわけではないのだろう。
──中学の時から変わらないな。
少々嫉妬しつつ安堵したのも束の間、冷司ははたとある事実に気付いた。
「あー……ははは……」
「ん? どうした冷司」
「残念なお知らせだ……今さっき、頂上通り過ぎちまったぞ」
麗央と篤弥の、しまったと言わんばかりの表情からは、今の今まで完全に忘れていたであろう事が読み取れた。
「まあほら、写真は何処でも撮れ──」
「レ……レオオオオオオオッッッッ!!」
手加減なしのヘッドロックを繰り出そうとする九斗を、冷司と篤弥で必死に防ぎ、麗央はゴンドラの隅に縮こまってひたすら謝り倒した事は言うまでもない。
「あっちのは赤レンガ倉庫だよな」
「向こうにはマリンタワーがあるよ」
大観覧車[コスモクロック21]。乗り始めた当初は日常のたわいない話をしていた九斗たちだったが、ゴンドラの位置が徐々に高くなるにつれ、みなとみらい21地区の景色に関心が向くようになった。
「こっちだと富士山が見えるぞ」
冷司の言葉に、ゴンドラの海側に集まっていた三人は反対側へと移動した。
「富士山? 何処だ」
「ほら、ランドマークタワーの横からさ」
「お、ほんとだ! でもあんまりくっきり見えないな」
「冬の方が空気が澄んでいるから綺麗らしいぞ」
篤弥がスマホで撮影を始めると、九斗たちも思い出したように後に続いた。
「そういや、そろそろてっぺんか?」
「ううん、まだだよ。一周約一五分らしいから……」篤弥は腕時計に目をやった。「あと二、三分ってとこかな」
「なあ、てっぺんまで来たら四人で撮ろーぜ」
九斗は期待に満ちた眼差しを三人に向けた。
「いいね。じゃあ、海側と富士山側で撮ろうか」
「おう。皆忘れんなよ?」
ふと九斗の視界の端に、隣のゴンドラのカップルが映った。順番待ちをしている間、四人の後ろで芸能人のスキャンダル話に花を咲かせていた二人は、こちら向きでピッタリ密着するように座り、互いの手を取りながらじっと見つめ合っている。
──うおっ!?
咄嗟に視線を外すと、丁度振り向いた麗央と目が合った。
「ん、どうした」
「いっ、いや──」
麗央は隣のゴンドラをチラリと見やり、
「ああ、あのカップルか。完全に二人だけの世界だな」
冷司と篤弥もつられてそちらに目をやる。
「お、おいお前ら! あんまし見んなよ」
「見られても構わないんだろ。でなきゃこんな所で──あ~ほら」
「っっっ!?」
男性が女性を抱き寄せると、それはもう熱心なキスが始まった。
「うわー……」
篤弥が露骨に引いた反応を見せると、麗央は同意するように苦笑した。
「み、見ちゃいかん! 戻れお前ら」
九斗は慌ててカップルに背を向け、元々自分が座っていた位置に戻った。九斗の正面に篤弥、その右隣に麗央が続く。
「ははは、仲良しなこって」
最後に冷司が九斗の隣に座ると、つい先程までとは打って変わって、ゴンドラ内はしんと静まり返った。
「……いや何だよこの状況」
ややあってから麗央が沈黙を破ると、冷司と篤弥が吹き出した。
「いきなりああいうの見ちまうと、何かな」
「そうだね。まあこういう場所だから仕方ないけど、ちょっとビックリっていうか」
「まだ頂上でもないのにな。てかさ、人前で堂々とイチャつく奴らって、意外と長続きしなくね?」
──何でそんな余裕なんだよお前ら……。
九斗は平静を装いながらも内心戸惑っていた。
──キ、キスだぞ? しかもあんなガッツリと!
「あ、キュートボーイ! 顔赤くなってる!」
「……はっ!?」
斜め前から、麗央が笑いながら身を乗り出してきた。
「お前にはちょっと刺激が強過ぎたか?」
「はあ!? あ、赤くなってねーし? なあ?」
「いや赤いな」冷司は即答した。
「うん赤いよ」敦也もあっさり否定した。
「はあっっ!? う、嘘だぁ……」
九斗は両手で頬に触れ、そのまま固まった。言われてみれば、何となく顔がほてっているような気がした。
「初心だなぁ~! 他人のキス見ただけでそんなんじゃあ、自分の時はどうするんだ? なあ?」
一番最後に、麗央はさりげなく冷司に目配せしてみせた。
「んぬ……ぬぬぬっ! レオ! テメェこの!!」
更に顔の赤みが増した九斗が、目にも止まらぬ速さで麗央にヘッドロックをかけて頭頂部に拳をグリグリとめり込ませると、ゴンドラ内に悲鳴が響き渡った。
「ギブギブギブ!! 助けて!!」
「あ~ほらほら危ねえぞ。そこら辺で許してやれ、九斗」
「二人共おすわり!」
九斗はフンと鼻を鳴らすと麗央を解放し、どかっと腰を下ろして腕を組んだ。
「イテェェ……死にかけたの今日で何度目だ」
「へんっ、喧嘩売ったお前が悪いんだからな!」
「ほらほら」
冷司は宥めるように九斗の背中を軽く叩いた。
「まったく。ただでさえお前ら二人は体がデカいんだからな。あのカップルも、前のゴンドラのグループも驚いてたぞ」
「へっ、知るかよあんな……は、破廉恥な奴ら」
九斗は後方へチラリと振り向いた。カップルは抱き合ったままこちらの様子を窺っていたようだが、目が合うとそれぞれが違う方向へ視線を逸らし、ゆっくりと体を離した。
「破廉恥って……ププッ」
「おうレオ、物足りなかったか?」
「えーん頭と首が痛いよ~!」
「軟弱者め。言っとくが、危ねー技なのはわかってっからよ、かな~り手加減したんだからな」
「怖いよー! 二階堂きゅ~ん!」
「自業自得」
「うわぁ冷たい! 心も痛んだわっ!」
冷司は泣き真似をする友人から恋人に視線を移し、もう機嫌は直ったようだと判断した。そもそも、観覧車に乗る前のじゃれ合いと似たようなもので、本気で怒っていたわけではないのだろう。
──中学の時から変わらないな。
少々嫉妬しつつ安堵したのも束の間、冷司ははたとある事実に気付いた。
「あー……ははは……」
「ん? どうした冷司」
「残念なお知らせだ……今さっき、頂上通り過ぎちまったぞ」
麗央と篤弥の、しまったと言わんばかりの表情からは、今の今まで完全に忘れていたであろう事が読み取れた。
「まあほら、写真は何処でも撮れ──」
「レ……レオオオオオオオッッッッ!!」
手加減なしのヘッドロックを繰り出そうとする九斗を、冷司と篤弥で必死に防ぎ、麗央はゴンドラの隅に縮こまってひたすら謝り倒した事は言うまでもない。
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