キュート君とクール君の平凡で刺激的な日常

園村マリノ

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第一章

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「帰ろーぜ!」

「ああ」

 九斗きゅうと冷司れいじからの愛の告白を受け入れた翌日。
 互いに気まずくなったり、会話がぎこちなくなったりする事もなく一日を過ごし、帰りのHRホームルームが終わると、いつも通り一緒に教室を出た。 隣のクラスは一足先に解散しており、廊下はやや混雑している。

「今日は何処どっか寄ってくか?」

「ん? そうだな……いや、今のところ腹減ってねーし、今日はいいかな。冷司は何か喰いたいか?」

「いや、俺も大丈夫だ」

 隣のクラスの前を通り過ぎようとした時、坊主頭の男子生徒が後方のドアから飛び出して来て、九斗にぶつかりそうになった。

「おわっと── おお麻宮あさみやか! 槙屋まきやもオッス!」

「ヒム。これから部活か?」

「そ。なあ槙屋、お前からも麻宮に言ってくれよ、野球部に入れってさ」

 ヒムこと火村竜也ひむらたつやは、九斗たちと中学校が同じで、当時も野球部員だった。小柄で肥満体だが俊足というギャップとバッティングの実力で、高校では入部早々から期待の新人だと注目されているらしい。

「うーん、俺からは何ともなあ」冷司は苦笑した。

「ライバルが増えるのはちょっと複雑だけどさ、麻宮が入ればかなりの戦力になると思うって、主将キャプテンには言ってあるんだ。そういや、別の部からも勧誘されてたろ? でもオレが先に勧誘したんだから、入るんならぜってー野球部な!」

「へいへい」

 火村と別れて階段を下り、一階の踊り場まで来ると、バレー部の部長が声を掛けてきた。冷司と同じくらいの背丈だが、針金のように細身で猫背気味だ。

「この間断られちゃったけど、やっぱり一緒にバレーやらない? 君なら未経験でもすぐ上達すると思うよ!」

「いや、いいっす……サーセン」

 昇降口まで来ると、三年生と二年生のバスケ部員が二人、何処からともなく現れた。

「おれたち、まだ君を諦めてないよ!」

「ダンクシュート決めてみたくない? あれスゲー爽快だよ!」

「サーセン……」

 校舎を出て大して進まないうちに、校庭から陸上部員が数人走り寄って来た。

「麻宮君! 一緒に走ろうぜ!」

「帰宅部なんて勿体無いって!」

「君なら短距離も長距離もイケる!」

「サーセン!!」

 九斗が一目散に退散すると、冷司は苦笑しつつ後を追い掛けた。



「ったく参ったぜ、まだ勧誘されるとは。何度も断ってんのによぉ……」

 学校を出てしばらく進んだところで、九斗は息を吐きつつ愚痴を溢した。

「ははは、人気者は大変だな」

「笑い事じゃねーよぅ……毎回断るのだって気が引けるんだぜ?」

 優れた運動能力と恵まれた体型を持つため、中学時代からあらゆる運動部に勧誘されてきた九斗の噂は、高校でもすぐに広まった。

「柔道部やボクシング部なんかもまだしつこいんだけどよ、今日は会わなくて良かったぜ。
 そりゃあさ、頼りになりそうだ、強そうだって思われんのは全然悪い気はしねーけど、土日まで活動するのなんて嫌だねオレは。遊びに行けなくなるし、家で筋トレする時間が減るじゃねーか」

 勧誘を断る度に同じ理由を口にする九斗だが、本当のところは違うはずだと冷司は考えている。この親友、いや昨日から恋人の男は、なるべく母親に金銭的な負担を掛けたくないのだろう。

「ん、ところでよぉ冷司」

「うん?」

「今度のゴ──」

「槙屋君と麻宮君だ~」

 どことなく上擦った声に足を止めて振り向くと、同じクラスの女子生徒・黒沢くろさわがやって来るところだった。ポニーテールにした長い黒髪が、一歩進む度に揺れる。

「ああ……どうも」

 冷司は微笑み、九斗は小さく頭を下げた。

「二人共、帰宅部なんだ?」

 追い付いた黒沢が、冷司を見ながら続けた。

「そうだよ」

意外いがーい! 二人共、運動部向きな感じなのに~。何も入らないの?」

「ああ、特に何も考えてないよ」

「勿体なーい! 槙屋君、サッカー部とか似合いそうなのに」

「そうかな」

「麻宮君は背が高いし、バスケ部とかどう?」

「そ、そうっすか?」

「そうだよ。あ、うちこれからバイトなんだ。じゃあねっ」

 黒沢が手を振って去ってゆくと、二人も歩き出した。

「お前はモテるよな、ほんと」

 充分に距離が空いたところで、九斗は不貞腐れたようにぼやいた。

「ええ?」冷司は小さく笑った。「何だよ急に」

「さっきの黒沢さん、ほとんど冷司しか見てなかったろ」

「ああ、まあ……確かにそうだったかもな」
 
「黒沢さんもだけどよ、あの子と仲いい女子は皆、お前に好意持ってるっぽいぞ。高校でも相変わらず人気者だな」

 冷司は中学時代から女子に人気で、告白された回数は一回や二回どころではない。自分から語る事はしなかったが、フラれた女子の周辺や、たまたま目撃した生徒から話が漏れ、そのうち九斗の耳にも入ってきた。

「別にどうだっていいさ、女子からモテようが逆に人気なかろうが」

「ちぇっ、モテ男は余裕だな。オレなんてそういうのと未だ無縁だっつーのに──」

 冷司の右手が、自分のそれよりずっと大きな九斗の左手を握った。

「おれはお前しか興味ないから」

「なあっっ!?」

 九斗は慌てて手を離すと、周囲をキョロキョロと見回した。前方から来る通行人はおらず、後方の一番近くを歩く同じ高校の男子生徒三人組は、会話とスマホ操作に夢中で全く気付いていない。

「お、おい冷司! こんな所でよぉ……」

「悪い悪い」

「……ちっとも悪びれてないだろ」

「ははは、バレたか」

 あっけらかんと笑う冷司に対し、九斗は複雑な気分だった。
 
 ──こいつは本気でオレが好きなんだよな。オレだって自分でも意外だけど、本気で嬉しかったからOKしたんだし。

 しかし、やはりそれでも周囲の目は気になってしまう。いや、たとえ二人きりだったとしてもどうだろうか。もし今後も、今みたいに〝恋人同士のスキンシップ〟を求められたら、果たして素直に応じられるだろうか。
 そんな事を考えているうちに駅前の横断歩道までやって来たが、信号はタイミング悪く赤に変わってしまった。立ち止まるなりスマホを取り出して弄り始めた冷司の横で、九斗は内心叫んだ。

 ──男同士だからっつーのもあるけどよぉ……そもそも、イチャつく事自体が恥ずかしいんだよっっ!

「そういや九斗、さっきの続きは?」

「……あっ?」

 九斗は我に返った。冷司はいつの間にかスマホをしまっていた。

「つ、続きとは!?」

「ほら、黒沢さんが来る前に、お前何か言い掛けてただろ」

「おお、それか! いや、GWゴールデンウィークはどうするのかってな」

「ああ、そうか。何処か行きたい所はあるか?」

「せっかくだから普段行かない所がいいんじゃねーのかなって思ってんだ。ほら、その……」九斗は声を落とした。「デ、デートじゃんか? 初めての……」

 冷司は一瞬目を丸くし、それからはにかんだように微笑んだ。

「そうだな」





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