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審判

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 俺はもう何年もひとりぼっちだ。

 ガキの頃からの親友とは、向こうが結婚すると疎遠になり。

 家業は継がず、今の仕事を続けたいと父親に宣言した日、即刻勘当され。

 上手くいっていたはずの恋人とは、些細な事で喧嘩別れ。

 ひとりぼっちではあるが、別に寂しかねえ。ガキじゃあるまいし。
 別に悔しかねえ。自分で選択したものがほとんどだし。
 別に泣いちゃいねえ。これは汗だ、汗。

 五日間の夏休み。
 気分転換に、貯金をはたいて避暑地に旅行に来てみた。
 電車を乗り継ぎ数時間。趣のある小さな駅で下車。
 山、山、カップル、カップル、山、カップル、湖、家族連れ、レストラン、カップル、友達連れ、バス、カップル、家族連れ、カッいやもう帰ろうかな。

 俺は先にペンションへと向かい、チェックインを済ませた。小さいが外も中もそこそこ綺麗だし、初老の経営者夫婦は愛想がいい。
 一人用の角部屋に通されると、俺は窓際の椅子に腰を下ろした。窓を半分開け、季節を忘れてしまいそうな心地よい風を感じながら、遠くの山々をぼんやり眺める。
 三泊するのだから、慌てて観光しなくったっていいよな。後で、気が向いたらこの辺りを散策してみるか……。

 だんだんうとうととしてきた俺の眠気を吹き飛ばしたのは、クラクションのような、ちょっと高めで馬鹿でかい音だった。

 俺は椅子から飛び起きるようにして、半開きの窓から外を覗いた。
 目の前の道路に車は走っていない。歩道には何人か歩いてはいるが、誰も今の音を気にした様子はない。
 ……まあいいか。

 再び椅子に腰を下ろした途端、またあの馬鹿でかい音。
 何なんだ!? もう一度外を覗く。さっきと様子は変わらない……否。

 そいつは、だいたい二〇メートルくらい離れた場所から、俺をじっと見つめていた。金色だか茶色だかのもさっとした短髪で、ゆったりとしたローブのような服装を身に纏った、特別若いわけではないがおっさんでもない男。その右手にあるのは、騒音の元凶であるラッパだろう。

 何が一番驚いたかって、そいつが綺麗な青空に浮かんでいた事だ。
 どうなってんだよ!?

 男がラッパを口元に運ぶと、三度目の騒音。
 これだけうるさいというのに、通行人たちには全く聞こえていないようだった。
「おい、あんた!」俺は男に向かって声を張り上げた。「近所迷惑だぞ!」
 いや、それよりも突っ込まなきゃならない要素はあるんだがな。

 男はまたラッパを口元に運んだ。
「おい、だから──」
 パフッ!
 四度目は小さく短い音だった。そしてその直後、男は一瞬にして消えていた。
 ……疲れてんのかな、俺。
 結局この日は何処にも行かず、部屋の中でボーッとしたまま時間が流れていった。


 三日後。
 何だかんだで一人旅を満喫した俺は、すっかり仲良くなったペンションの経営者夫婦にいつかまた来る事を約束し、帰路に就いた。
 
 電車の中、四人掛けのボックス席窓側に座り、今回の旅行を回想する。
 やっぱり一番印象的だったのは、あの謎のラッパ男だ。
 初日に遭遇したきり見掛けていないし、別にまた見掛けたいとも思っちゃいないが、あの男は本当に何だったんだ。
 ……多分人間じゃないよな?
 
 ふと、視界の端に何かが映った。

 ……っ!!

 いた……あのラッパ男だ! 空を飛んでいる!
 俺は思わず変な声を出しそうになった。
 おいおい、しかも電車追い掛けて来てるじゃねえか。おいこら吹くな! 
 目が合った。あ、そっぽ向かれた。また目が合った。そっぽ向かれた。……またまた目が合った。そっぽ向かれた。おいわざとだろ。今ちょっと笑ってたよな。

 ラッパ男は、俺が電車を乗り継いでもしっかり付いて来やがった。その間にも何度もラッパを鳴らし、俺と目が合うと変顔をしやがったので、俺も負けじと対抗し、ガキの時以来であるにらめっこ対決に燃えた。周囲の客のヤバイものを見てしまったと言わんばかりの視線なんて気にならなかった。

 やがて、自宅の最寄り駅に到着した。
 ラッパ男に何か言ってやろうと思い、電車から降りると振り返って空を見上げたのだが、何処を探しても見当たらない。
 隠れて俺をおちょくっているんだな。よっしゃ、見つけ出してやろうじゃないの。
 そう意気込みながら改札を出た時だった。

 聴き慣れた女性の声が、俺を呼んだ。
 振り向いた先に、かつての恋人──今でもまだ愛している──がいた。
「あの時はごめんなさい! わたしが意地を張り過ぎた。ねえ、私たち、もう一度やり直せない? もう遅い?」
 遅過ぎるなんて事はないよ……俺も悪かった。

 恋人は俺が電車に乗っている間に、何度もメッセージをくれていた。
 メッセージは彼女以外からも届いていた。そして更に別の人間からも、一件の着信。
 恋人と共に俺の自宅に戻ってから、早速確認。

〝元気してたか? 最近なかなか連絡出来なくてごめん! 言い訳になっちまうが、かなり慌ただしかったんだ。
 会社辞めて、昔からの夢だった店を夫婦で始めたんだ! 何とか上手くやってるよ。それと、子供も産まれた! ますます頑張らなきゃな!
 で、仕事に関して、ちょっとアドバイスが欲しいんだ。また連絡していいかな?〟

 俺は何度も読み返し、自分なりの言葉で返信した。
 
〝久し振り! そして色々とおめでとう! 遠慮なくいつでも連絡して来いよ。親友だろ?〟

 電話は実家からだった。
 勇気を出して俺から掛け直すと、父親が電話に出た。説教を始めるか、泣き付いてくるか?
「お前の気持ちをちっとも理解していなかった。済まなかったな」
 そして勘当の撤回。おまけに、仕事を頑張れと応援された。おい、頑固親父がどうしたんだ?
 ……まあ明日、土産でも持って行ってやるか。

 何だよ、この急展開。
 ひとりぼっち生活にいきなり終止符ピリオドが打たれっちまった。

 嬉しいやら驚きやらでボーッとしていると、あの騒音が聞こえてきた。恋人には聞こえなかったらしく、のんびりスマホをいじりながら淹れたてのコーヒーを飲んでいる。

 俺は慌てて外に出て、あの日と同じ青空を見上げた。

 空に浮かんだラッパ男は、ラッパを口元に運んだ状態で、しばらくの間俺を無言で見つめていたが──
 パフッ!
 小さく短い音を鳴らし、挨拶するように左手を上げると、空に溶け込むようにして消えていった。

 それ以来、ラッパ男を見掛ける事はなかった。

 何だかんだで面白い奴だったが、一体何者だったのだろう。

 トラックのクラクションが聞こえると、つい反射的に空を見上げてしまう癖が付いてしまったのは、あの男のせいだ。
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