22の愉快なリーディング

園村マリノ

文字の大きさ
上 下
20 / 22

太陽

しおりを挟む
「ねえ見て、馬がいるよ、馬!」
「あ、あの雲! 何かチュパカブラみたいな形してない?」
「小腹空いた! ソフトクリーム食べようよ!」

 恋人と観光牧場にやって来た。
 到着早々、まるで子供みたいに無邪気にはしゃぐ彼を見て、来て良かったなあとわたしは思った。
「ねえ、後で羊のイベントがあるらしいよ。観に行こうよ」
「お、牛がいっぱい。何頭いるか数えてみよっかな」
「あ、お土産どうする? 最後でいいかな。何か美味しそうなお菓子が欲しいんだよねー……」

 彼はわたしの命の恩人でもある。

 つい最近までのわたしは、まるで生ける屍状態だった。
 その元凶は、わたしが今年やっと退職した会社にあった。
 大嘘ばかりの求人広告に釣られ、最初の会社から転職したわたしは、初日から酷い働き方を強要された。仕事内容に見合わない安い手取り、言い掛かりに近い上司の激しい叱責、足を引っ張ろうとする同期の嫌がらせに、身勝手な顧客の暴走とその尻拭い。
 心身共に疲れ果て、最悪の選択を取ろうと考えていたわたしの異変にいち早く気付き、救ってくれたのが、転職の少し前に婚活パーティーで出会い、付き合い始めてからまだ日の浅かった彼だったのだ。

「あれ、疲れてる?」
 彼が心配そうに顔を覗き込んで来た。
「ううん、そんな事ないよ!」
「そう? ならいいんだけど。あっちこっち動き回っちゃったから、少し休もうか」
「大丈夫だよ。他にも見て回りたい所があるんでしょ」
「無理しない、無理しない」
 彼に腕を引かれ、屋内の休憩スペースへ。向かい合って腰を下ろすと、彼はわたしをじっと見つめた。
「な……何?」
「辛かった時の事、思い出してた?」
「……うん、まあちょっとね。ごめん」
「何で謝るの。思い出すななんて言わないし、辛くなったら辛くなったって言っていいんだから」
 彼はそう言うと、わたしが大好きな、心がとっても暖かくなる素敵な表情で笑いかけてくれた。
「あなたは太陽みたいね」
「え、僕が? それは君だよ」
「え、わたしが?」
 それは絶対にないよと、わたしは苦笑した。現に割と最近まで、太陽どころか光を通さないブラックホール、あるいは底なし沼状態だったのだし、子供の頃だってそんなに……。
 いや、そういえば小学生くらいまでは、それなりに明るかったし、行動的だったっけ。意地悪な奴がいたら我慢出来ずにぶっ叩いたり、蹴飛ばしたりもしていたな……。
 しかしそれは遠い遠い昔、世の中に溢れる嫌なものを、まだあまり知らなかった頃の話だ。


 僕はとても暗い子供だった。
 自分の子供の気持ちがいまいち理解出来ない、冷徹さを愛情と勘違いした両親の影響なのか、それは自分でもわからない。
 とにかくよくいじめられたり、騙されたり、いいように利用された。年齢が二桁にもならないうちから、自らの死について考えるようになっていたっけ。
 
 一一歳の春、父が女を作って家を出て行ってしまった。母は母で僕を自分の両親、つまり僕の祖父母の家に預けっぱなし。
 僕は転校する事になった。
 最初の一箇月弱は、何とか上手くやっていた。ところが何処からか僕の家庭の噂が広まり、僕は一部のクラスメートから執拗ないじめを受ける羽目になってしまった。
 ああ、またこれだ。僕は何処に行っても、何をしていても、こういう仕打ちを受ける。お母さんはどうして僕を産んだんだ。僕の事が嫌いなんだから、もっと早いうちに殺してくれれば良かったのに。そうすれば僕は、今こうして苦しむ事もなかったというのに。

 しかし、ある日を境に僕の運命は少しずつ変わっていった。

 僕はいつも通りに学校に通い、いつも通りにいじめられていた。
 数人の男子生徒に空き教室に連れ込まれ、抵抗出来ないように体を押さえ付けられると、ゴミを無理矢理食べさせられそうになった。
 くしゃくしゃに丸められたティッシュペーパーを口に入れられそうになったその時、ドアが勢い良く開き、一人の女子生徒が現れた。
「いい加減にしなさいよ、この馬鹿共が!」
 同じクラスの、僕に普通に接してくれる女の子だった。とっても明るく活発で、よく面白い話をしては周りの子を笑わせている。僕とは正反対で、太陽みたいに輝いているその子に、僕は密かに憧れていた。
 女の子は僕たちの元に走り寄ると、言い訳しようとしていたリーダー格の男子の顔面をグーでぶん殴った! いつも僕の泣き顔を楽しんでいたリーダー格は、その一撃で大泣きした。その次に横で唖然としているリーダー格の腰巾着を蹴飛ばすと、逃げ出した残り数人を鬼のような形相で追い掛けて行った。

 大騒ぎになったものの、頼りにならなかった担任の代わりに、何人かのクラスメートが証言してくれたり、他の教師たちが擁護してくれたお陰で、女の子は必要以上に咎められる事はなく、僕へのいじめもなくなった。
 でも、僕は学校へ通えなくなってしまった。いじめはなくなったものの、周囲の哀れむような視線と、疎ましいという空気を感じ取ってしまい、耐えられなくなってしまったのだ。
 そして数箇月後、僕は女の子にちゃんとしたお礼を言えないまま、母の再婚と共に引っ越し、転校した。

 もう会える事はないかもと思っていた君と、まさか婚活パーティーで再会し、しかもお付き合いまで出来るようになるとは思いも寄らなかった。
 けれど残念ながら、君は僕を覚えていなかった。
 しかも君は──僕の太陽は、悪い会社と人間たちのせいで傷付けられ、徐々に曇っていった。見て見ぬ振りなんて出来るわけがない!

 君が再び輝きを取り戻してくれて、本当に良かったよ。
 曇りそうになっても大丈夫。その度に、僕がまた輝かせてあげるから。

 今の僕だって、あの時の君のお陰で、輝いていられるのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

『 ゆりかご 』  ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。

設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。 最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。 古い作品ですが、有難いことです。😇       - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - " 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始 の加筆修正有版になります。 2022.7.30 再掲載          ・・・・・・・・・・・  夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・  その後で私に残されたものは・・。            ・・・・・・・・・・ 💛イラストはAI生成画像自作  

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...