22の愉快なリーディング

園村マリノ

文字の大きさ
上 下
18 / 22

しおりを挟む
 今夜は流星群が見られるかもしれないらしい。

 流れ星が消えないうちに三回同じ願い事を唱えると、その願いが叶うというけれど……本当かな?
 本当ならば、是非叶えて貰いたい夢がある。

 わたしが小学生の時だった。
 帰り道を一人で歩きながら、当時流行っていた歌を口ずさんでいたら、いつの間にやら、同じクラスの小柄で陽気な男子に聞かれていた。てっきりからかわれるかと思いきや、その男子は凄く真剣な顔でわたしの歌声を褒めてくれた。
「絶対歌手になれるよ! いつか歌手になったら、俺に勧められたんだって、周りに言ってくれよな! なーんて」
 あの子のセリフと声色を、わたしは未だにはっきりと覚えている。

 当時のわたしには、これといった将来の夢も、希望もなかった。
 両親はいつも喧嘩ばかりしていて、八つ当たりされる事も少なくなかった。特に母は、わたしが好きではなく、姉ばかり贔屓していた。だいぶ後になってわかったその理由は、わたしの顔立ちが、わたしの父方の祖母、つまり自分の姑に似ているのが憎たらしかったという事だ。理不尽な。姉は姉でわたしに意地悪し、わたしが母に言い付けても母は姉の味方ばかりするし、父は面倒臭がって話を聞いてはくれなかった。
 あの子の言葉は、わたしに夢と希望を与えてくれた。わたしの将来の夢は、この時決まったのだった。

 それから一箇月後、あの子は父親の転勤が理由で、アメリカへ引っ越してしまった。彼の最後の登校日、わたしはよりによって風邪をひいて寝込んでしまい、お礼もさようならも言えなかった。

 あれから十数年が経った。

 わたしは今、一人暮らしをしながら、ごく普通の会社勤めをしている。
 学生時代に、何回かオーディションを受けたり、ネットに自分の歌声をアップしてはみたものの、何の結果も残せなかったのだ。
 
 でも、夢は完全に諦め切れずにいる。

 わたしは今夜、流れ星に「歌手になりたい」とお願いするつもりだ。
 そしてもう一つ──「あの子に再会したい」とも。

 一緒に流れ星を観に行く予定だった、高校時代からの親友より連絡が入ったのは、昼過ぎだった。
 今朝早く、彼女の母親が倒れてから意識が戻らないらしい。医者には、今夜が山だと言われたそうだ。
 彼女の母親とは、何回か会った事がある。陽気で気前のいい人だ。こんな人が実の母親だったら良かったのに、と思ったっけ。

 病院に行こうとしたけれど、家族だけで看取りたい、気持ちだけいただいておくという親友の言葉もあり、結局わたしは深夜に一人で、近所の公園まで行ってみた。明かりは少なく、階段を何段も登らなくてはならなかったけれど、わたし以外には三人の家族連れしかいないので、伸び伸び出来そうだ。

 そして深夜三時半。
 とうとう来た、流れ星!
 家族連れは望遠鏡を覗いたり、指を差しながら興奮している。
 あっという間だったから、願い事を唱えられなかった。……次こそは!

 ──来たっっ!!

 わたしの願いは勿論……

「治りますように治りますように治りますように!!」

 その後は、急に雲が出て来てしまった。二時間近く粘ってはみたものの、それ以上流れ星を観る事は出来なかった。
 六時前に帰宅し、倒れ込むようにしてソファに横になり、そのまま爆睡していたわたしを起こしたのは、昼前に掛かってきた親友からの電話だった。
「お母さんの意識が急に戻ったの!! 受け答えも記憶もハッキリしているし、脈拍も正常! 『お腹空き過ぎて死にそう』なんて言っちゃって。お医者さんもビックリしてたよ!」

 
 食事を取った後、わたしは身だしなみを整えると、もう一度あの公園に行ってみた。
 人気ひとけはなく、静かで、空気も澄んでいる。ベンチに座り、しばらくボーッとしているのもいいかもしれない。

 それにしても凄いや、流れ星パワー。
 願っていれば、わたしの夢だって叶ったかもしれない。

 でも、いいんだ。
 やっぱり自分の夢は、自分の力で叶えないとね。
 またオーディションに挑戦したり、歌をネットに上げてみよう。ライバルは、それこそ星の数程いるけれど、そう簡単に諦めるつもりはない。

 そして、あの子──わたしに夢と希望をもたらしてくれたかつてのクラスメートには、いつかまた会えるだろう。以前SNSを片っ端から探しても見付からなかったけれど、誰もが利用しているわけではないのだし。きっと何処かで元気に暮らしていると信じている。
 
 わたしはベンチに座ると、あの子に褒められた懐かしい歌を口ずさんだ。そういえばこの歌をヒットさせた女性歌手は、一時期人気が低迷したものの、最近また評価されつつあるんだっけ。

 歌詞の一番を歌い終えた時だった。
「懐かしい歌が聞こえると思ったら、やっぱり!」
 見知らぬ男の人が、笑顔でやって来た。
 ……いや待って、違う。わたしはこの人を知っている……!
「俺、最近アメリカからこっちに戻って来たんだ。元々実家がこの近くで。凄い偶然だな! ……ありゃ、俺の事、覚えてないかな?」
「覚えてる。覚えてるよ」
 わたしは、すっかり背が高くなったあの子の元へ走り寄った。
「久し振り……!」

 わたしたちはベンチに二人並んで座り、思い出話に花を咲かせた。

 しかし一体、これはどういう事だろう。わたしが流れ星にお願い出来たのは一度だけ、それも違う内容でだ。
 単なる偶然? いや、こんな奇跡的な偶然があるだろうか。

 そんな事を考えていたわたしの横で、彼はほとんど独り言のように呟いた。
「流れ星って凄いんだな」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

処理中です...