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星
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今夜は流星群が見られるかもしれないらしい。
流れ星が消えないうちに三回同じ願い事を唱えると、その願いが叶うというけれど……本当かな?
本当ならば、是非叶えて貰いたい夢がある。
わたしが小学生の時だった。
帰り道を一人で歩きながら、当時流行っていた歌を口ずさんでいたら、いつの間にやら、同じクラスの小柄で陽気な男子に聞かれていた。てっきりからかわれるかと思いきや、その男子は凄く真剣な顔でわたしの歌声を褒めてくれた。
「絶対歌手になれるよ! いつか歌手になったら、俺に勧められたんだって、周りに言ってくれよな! なーんて」
あの子のセリフと声色を、わたしは未だにはっきりと覚えている。
当時のわたしには、これといった将来の夢も、希望もなかった。
両親はいつも喧嘩ばかりしていて、八つ当たりされる事も少なくなかった。特に母は、わたしが好きではなく、姉ばかり贔屓していた。だいぶ後になってわかったその理由は、わたしの顔立ちが、わたしの父方の祖母、つまり自分の姑に似ているのが憎たらしかったという事だ。理不尽な。姉は姉でわたしに意地悪し、わたしが母に言い付けても母は姉の味方ばかりするし、父は面倒臭がって話を聞いてはくれなかった。
あの子の言葉は、わたしに夢と希望を与えてくれた。わたしの将来の夢は、この時決まったのだった。
それから一箇月後、あの子は父親の転勤が理由で、アメリカへ引っ越してしまった。彼の最後の登校日、わたしはよりによって風邪をひいて寝込んでしまい、お礼もさようならも言えなかった。
あれから十数年が経った。
わたしは今、一人暮らしをしながら、ごく普通の会社勤めをしている。
学生時代に、何回かオーディションを受けたり、ネットに自分の歌声をアップしてはみたものの、何の結果も残せなかったのだ。
でも、夢は完全に諦め切れずにいる。
わたしは今夜、流れ星に「歌手になりたい」とお願いするつもりだ。
そしてもう一つ──「あの子に再会したい」とも。
一緒に流れ星を観に行く予定だった、高校時代からの親友より連絡が入ったのは、昼過ぎだった。
今朝早く、彼女の母親が倒れてから意識が戻らないらしい。医者には、今夜が山だと言われたそうだ。
彼女の母親とは、何回か会った事がある。陽気で気前のいい人だ。こんな人が実の母親だったら良かったのに、と思ったっけ。
病院に行こうとしたけれど、家族だけで看取りたい、気持ちだけいただいておくという親友の言葉もあり、結局わたしは深夜に一人で、近所の公園まで行ってみた。明かりは少なく、階段を何段も登らなくてはならなかったけれど、わたし以外には三人の家族連れしかいないので、伸び伸び出来そうだ。
そして深夜三時半。
とうとう来た、流れ星!
家族連れは望遠鏡を覗いたり、指を差しながら興奮している。
あっという間だったから、願い事を唱えられなかった。……次こそは!
──来たっっ!!
わたしの願いは勿論……
「治りますように治りますように治りますように!!」
その後は、急に雲が出て来てしまった。二時間近く粘ってはみたものの、それ以上流れ星を観る事は出来なかった。
六時前に帰宅し、倒れ込むようにしてソファに横になり、そのまま爆睡していたわたしを起こしたのは、昼前に掛かってきた親友からの電話だった。
「お母さんの意識が急に戻ったの!! 受け答えも記憶もハッキリしているし、脈拍も正常! 『お腹空き過ぎて死にそう』なんて言っちゃって。お医者さんもビックリしてたよ!」
食事を取った後、わたしは身だしなみを整えると、もう一度あの公園に行ってみた。
人気はなく、静かで、空気も澄んでいる。ベンチに座り、しばらくボーッとしているのもいいかもしれない。
それにしても凄いや、流れ星パワー。
願っていれば、わたしの夢だって叶ったかもしれない。
でも、いいんだ。
やっぱり自分の夢は、自分の力で叶えないとね。
またオーディションに挑戦したり、歌をネットに上げてみよう。ライバルは、それこそ星の数程いるけれど、そう簡単に諦めるつもりはない。
そして、あの子──わたしに夢と希望をもたらしてくれたかつてのクラスメートには、いつかまた会えるだろう。以前SNSを片っ端から探しても見付からなかったけれど、誰もが利用しているわけではないのだし。きっと何処かで元気に暮らしていると信じている。
わたしはベンチに座ると、あの子に褒められた懐かしい歌を口ずさんだ。そういえばこの歌をヒットさせた女性歌手は、一時期人気が低迷したものの、最近また評価されつつあるんだっけ。
歌詞の一番を歌い終えた時だった。
「懐かしい歌が聞こえると思ったら、やっぱり!」
見知らぬ男の人が、笑顔でやって来た。
……いや待って、違う。わたしはこの人を知っている……!
「俺、最近アメリカからこっちに戻って来たんだ。元々実家がこの近くで。凄い偶然だな! ……ありゃ、俺の事、覚えてないかな?」
「覚えてる。覚えてるよ」
わたしは、すっかり背が高くなったあの子の元へ走り寄った。
「久し振り……!」
わたしたちはベンチに二人並んで座り、思い出話に花を咲かせた。
しかし一体、これはどういう事だろう。わたしが流れ星にお願い出来たのは一度だけ、それも違う内容でだ。
単なる偶然? いや、こんな奇跡的な偶然があるだろうか。
そんな事を考えていたわたしの横で、彼はほとんど独り言のように呟いた。
「流れ星って凄いんだな」
流れ星が消えないうちに三回同じ願い事を唱えると、その願いが叶うというけれど……本当かな?
本当ならば、是非叶えて貰いたい夢がある。
わたしが小学生の時だった。
帰り道を一人で歩きながら、当時流行っていた歌を口ずさんでいたら、いつの間にやら、同じクラスの小柄で陽気な男子に聞かれていた。てっきりからかわれるかと思いきや、その男子は凄く真剣な顔でわたしの歌声を褒めてくれた。
「絶対歌手になれるよ! いつか歌手になったら、俺に勧められたんだって、周りに言ってくれよな! なーんて」
あの子のセリフと声色を、わたしは未だにはっきりと覚えている。
当時のわたしには、これといった将来の夢も、希望もなかった。
両親はいつも喧嘩ばかりしていて、八つ当たりされる事も少なくなかった。特に母は、わたしが好きではなく、姉ばかり贔屓していた。だいぶ後になってわかったその理由は、わたしの顔立ちが、わたしの父方の祖母、つまり自分の姑に似ているのが憎たらしかったという事だ。理不尽な。姉は姉でわたしに意地悪し、わたしが母に言い付けても母は姉の味方ばかりするし、父は面倒臭がって話を聞いてはくれなかった。
あの子の言葉は、わたしに夢と希望を与えてくれた。わたしの将来の夢は、この時決まったのだった。
それから一箇月後、あの子は父親の転勤が理由で、アメリカへ引っ越してしまった。彼の最後の登校日、わたしはよりによって風邪をひいて寝込んでしまい、お礼もさようならも言えなかった。
あれから十数年が経った。
わたしは今、一人暮らしをしながら、ごく普通の会社勤めをしている。
学生時代に、何回かオーディションを受けたり、ネットに自分の歌声をアップしてはみたものの、何の結果も残せなかったのだ。
でも、夢は完全に諦め切れずにいる。
わたしは今夜、流れ星に「歌手になりたい」とお願いするつもりだ。
そしてもう一つ──「あの子に再会したい」とも。
一緒に流れ星を観に行く予定だった、高校時代からの親友より連絡が入ったのは、昼過ぎだった。
今朝早く、彼女の母親が倒れてから意識が戻らないらしい。医者には、今夜が山だと言われたそうだ。
彼女の母親とは、何回か会った事がある。陽気で気前のいい人だ。こんな人が実の母親だったら良かったのに、と思ったっけ。
病院に行こうとしたけれど、家族だけで看取りたい、気持ちだけいただいておくという親友の言葉もあり、結局わたしは深夜に一人で、近所の公園まで行ってみた。明かりは少なく、階段を何段も登らなくてはならなかったけれど、わたし以外には三人の家族連れしかいないので、伸び伸び出来そうだ。
そして深夜三時半。
とうとう来た、流れ星!
家族連れは望遠鏡を覗いたり、指を差しながら興奮している。
あっという間だったから、願い事を唱えられなかった。……次こそは!
──来たっっ!!
わたしの願いは勿論……
「治りますように治りますように治りますように!!」
その後は、急に雲が出て来てしまった。二時間近く粘ってはみたものの、それ以上流れ星を観る事は出来なかった。
六時前に帰宅し、倒れ込むようにしてソファに横になり、そのまま爆睡していたわたしを起こしたのは、昼前に掛かってきた親友からの電話だった。
「お母さんの意識が急に戻ったの!! 受け答えも記憶もハッキリしているし、脈拍も正常! 『お腹空き過ぎて死にそう』なんて言っちゃって。お医者さんもビックリしてたよ!」
食事を取った後、わたしは身だしなみを整えると、もう一度あの公園に行ってみた。
人気はなく、静かで、空気も澄んでいる。ベンチに座り、しばらくボーッとしているのもいいかもしれない。
それにしても凄いや、流れ星パワー。
願っていれば、わたしの夢だって叶ったかもしれない。
でも、いいんだ。
やっぱり自分の夢は、自分の力で叶えないとね。
またオーディションに挑戦したり、歌をネットに上げてみよう。ライバルは、それこそ星の数程いるけれど、そう簡単に諦めるつもりはない。
そして、あの子──わたしに夢と希望をもたらしてくれたかつてのクラスメートには、いつかまた会えるだろう。以前SNSを片っ端から探しても見付からなかったけれど、誰もが利用しているわけではないのだし。きっと何処かで元気に暮らしていると信じている。
わたしはベンチに座ると、あの子に褒められた懐かしい歌を口ずさんだ。そういえばこの歌をヒットさせた女性歌手は、一時期人気が低迷したものの、最近また評価されつつあるんだっけ。
歌詞の一番を歌い終えた時だった。
「懐かしい歌が聞こえると思ったら、やっぱり!」
見知らぬ男の人が、笑顔でやって来た。
……いや待って、違う。わたしはこの人を知っている……!
「俺、最近アメリカからこっちに戻って来たんだ。元々実家がこの近くで。凄い偶然だな! ……ありゃ、俺の事、覚えてないかな?」
「覚えてる。覚えてるよ」
わたしは、すっかり背が高くなったあの子の元へ走り寄った。
「久し振り……!」
わたしたちはベンチに二人並んで座り、思い出話に花を咲かせた。
しかし一体、これはどういう事だろう。わたしが流れ星にお願い出来たのは一度だけ、それも違う内容でだ。
単なる偶然? いや、こんな奇跡的な偶然があるだろうか。
そんな事を考えていたわたしの横で、彼はほとんど独り言のように呟いた。
「流れ星って凄いんだな」
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