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死
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平日は朝早くから仕事に出て、夜遅くに真っ直ぐ帰宅する。
休日は寝坊してそのまま一日家でダラダラ過ごすか、見慣れた場所へウィンドウショッピングに行き、日が暮れないうちに帰宅する。
もうずっとこの生活。
新鮮味も何もあったもんじゃない。
世の中が変わっても、わたしは何にも変わらない。
昔から。
そしてこれからも、ずっとそうなのだろう。
虚しい人生。
でももし、「君は変わりたいのか? 大きな変化を求めているのか?」って聞かれたら……首を縦に振れるだろうか。
わたしはリビングで、何十分も前に淹れ、とっくに冷めてしまった紅茶に口を付けた。
今日だって、せっかくの休日だし、空は晴れ渡って美しいというのに、こうして家の中で暗い考え事ばかりして時間を消費し、気が付くともう夕方だ。
わかっている。
今の生活、そして人生は、わたし自身が選択したものだ。
変えようと思えばいくらだってチャンスはあったはずなのに、わたしは気付かないフリをして逃げたのだ。
そう、今だって逃げ続けているのだ……自分自身を変える事から。
「気付いているならまだいいんじゃね」
唐突に声がした。
今この家にはわたししかいないし、テレビやラジオは消えている。
まさか泥棒が? わたしは椅子から立ち上がり、周囲を見回した。
「いやそっちじゃない、後ろ後ろ」
わたしは振り返った。真後ろには焦げ茶色のサイドボードがあり、その上には写真立てとハンディモップ、そして──
「そうそう、こっちね」
喋る頭蓋骨があった。
わたしは自分でもよくわからない奇声を発すると、ハンディモップを手に取り、頭蓋骨に振り下ろしていた。
「でっ! ちょっ、いきなり何だよ! 暴力反対!」
いきなり何だよとはこちらのセリフだ。何なんだ、この頭蓋骨は。おもちゃではないと既に本能が理解してしまっている。では本物なのだとしたら、どうしてこんな所に? 何で喋れるの? というか誰?
「気付いているなら、そうじゃない人間よりもチャンスはあるだろ」
頭蓋骨は語り出した。
「何もさ、いきなり全てを変えなきゃならないわけじゃないし。小さな積み重ねが大になる。時間が掛かったっていいんだ。余命宣告されているわけじゃなく、健康体そのものだろ? 顎に特徴のある男も言ってたじゃん、『元気があれば何でも出来る』って。な?」
頭蓋骨はカタカタと歯を鳴らした。一瞬噛み付かれるのかと思ったけれど、ひょっとしたら笑ったのかもしれない。
「……わたしに対して言ってるの?」
そう尋ねると、頭蓋骨は呆れたように
「そりゃそうだろ、他に誰がいる?」
まあ、そうだよね……。
「とりあえずさ、この家出たら? うんざりだろ、いい歳して親にああだこうだ言われ続けるのも」
出来るならそうしたい。でも色々な事を考えてしまい、踏ん切りが付かないまま現在に至る。それが甘えだと言われてしまえば、正直あまり反論出来ないのが情けない。
「あんまり深く考え過ぎるなよ。まず動かなきゃ始まらない。昔の格闘家も言ったろ、『考えるな、始めろ』って」
それは『始めろ』じゃなくて『感じろ』だった気がするけれど、わたしは黙っておいた。
「どんな物事にも終わりはある。そして新たな始まりも。新しい事を始めたいのなら、古いものを終わらせる、死なせるんだ。終焉を恐れるな。というか本来恐れるべきものじゃないのだからな」
古いものを……古い習慣を終わらせる。
そうだ、やっぱり変えなくては。変わらなくては。だってわたし自身がそう願っているのだ。悪い事でも、許されない事でもないはずだ。
「わたし、やってみるよ……少しずつ」
その直後だった。
「ただいまーっ!」
玄関から母の声。パートを終えて帰ってきたのだ。
わたしは一瞬そちらに気を取られた。そして再び振り向いた時、そこにあったのは頭蓋骨ではなく、水色の小さな花瓶と一輪の白い薔薇だった。
「今日はラッキーよ! 駅前のスーパーで和牛ステーキが四割引き! 夜は御馳走ね! あれ、誰もいなかったかしら」
「いるよ。おかえり」
まあとりあえず、細かい事は今晩のご馳走の後でじっくり考えよう──新しいわたしを始めるための、古いわたしの終わらせ方を。
骸骨には考えるなと言われたけれど、流石に無計画は無茶だものね?
白い薔薇の花びらが一枚、ヒラリと落ちた。
休日は寝坊してそのまま一日家でダラダラ過ごすか、見慣れた場所へウィンドウショッピングに行き、日が暮れないうちに帰宅する。
もうずっとこの生活。
新鮮味も何もあったもんじゃない。
世の中が変わっても、わたしは何にも変わらない。
昔から。
そしてこれからも、ずっとそうなのだろう。
虚しい人生。
でももし、「君は変わりたいのか? 大きな変化を求めているのか?」って聞かれたら……首を縦に振れるだろうか。
わたしはリビングで、何十分も前に淹れ、とっくに冷めてしまった紅茶に口を付けた。
今日だって、せっかくの休日だし、空は晴れ渡って美しいというのに、こうして家の中で暗い考え事ばかりして時間を消費し、気が付くともう夕方だ。
わかっている。
今の生活、そして人生は、わたし自身が選択したものだ。
変えようと思えばいくらだってチャンスはあったはずなのに、わたしは気付かないフリをして逃げたのだ。
そう、今だって逃げ続けているのだ……自分自身を変える事から。
「気付いているならまだいいんじゃね」
唐突に声がした。
今この家にはわたししかいないし、テレビやラジオは消えている。
まさか泥棒が? わたしは椅子から立ち上がり、周囲を見回した。
「いやそっちじゃない、後ろ後ろ」
わたしは振り返った。真後ろには焦げ茶色のサイドボードがあり、その上には写真立てとハンディモップ、そして──
「そうそう、こっちね」
喋る頭蓋骨があった。
わたしは自分でもよくわからない奇声を発すると、ハンディモップを手に取り、頭蓋骨に振り下ろしていた。
「でっ! ちょっ、いきなり何だよ! 暴力反対!」
いきなり何だよとはこちらのセリフだ。何なんだ、この頭蓋骨は。おもちゃではないと既に本能が理解してしまっている。では本物なのだとしたら、どうしてこんな所に? 何で喋れるの? というか誰?
「気付いているなら、そうじゃない人間よりもチャンスはあるだろ」
頭蓋骨は語り出した。
「何もさ、いきなり全てを変えなきゃならないわけじゃないし。小さな積み重ねが大になる。時間が掛かったっていいんだ。余命宣告されているわけじゃなく、健康体そのものだろ? 顎に特徴のある男も言ってたじゃん、『元気があれば何でも出来る』って。な?」
頭蓋骨はカタカタと歯を鳴らした。一瞬噛み付かれるのかと思ったけれど、ひょっとしたら笑ったのかもしれない。
「……わたしに対して言ってるの?」
そう尋ねると、頭蓋骨は呆れたように
「そりゃそうだろ、他に誰がいる?」
まあ、そうだよね……。
「とりあえずさ、この家出たら? うんざりだろ、いい歳して親にああだこうだ言われ続けるのも」
出来るならそうしたい。でも色々な事を考えてしまい、踏ん切りが付かないまま現在に至る。それが甘えだと言われてしまえば、正直あまり反論出来ないのが情けない。
「あんまり深く考え過ぎるなよ。まず動かなきゃ始まらない。昔の格闘家も言ったろ、『考えるな、始めろ』って」
それは『始めろ』じゃなくて『感じろ』だった気がするけれど、わたしは黙っておいた。
「どんな物事にも終わりはある。そして新たな始まりも。新しい事を始めたいのなら、古いものを終わらせる、死なせるんだ。終焉を恐れるな。というか本来恐れるべきものじゃないのだからな」
古いものを……古い習慣を終わらせる。
そうだ、やっぱり変えなくては。変わらなくては。だってわたし自身がそう願っているのだ。悪い事でも、許されない事でもないはずだ。
「わたし、やってみるよ……少しずつ」
その直後だった。
「ただいまーっ!」
玄関から母の声。パートを終えて帰ってきたのだ。
わたしは一瞬そちらに気を取られた。そして再び振り向いた時、そこにあったのは頭蓋骨ではなく、水色の小さな花瓶と一輪の白い薔薇だった。
「今日はラッキーよ! 駅前のスーパーで和牛ステーキが四割引き! 夜は御馳走ね! あれ、誰もいなかったかしら」
「いるよ。おかえり」
まあとりあえず、細かい事は今晩のご馳走の後でじっくり考えよう──新しいわたしを始めるための、古いわたしの終わらせ方を。
骸骨には考えるなと言われたけれど、流石に無計画は無茶だものね?
白い薔薇の花びらが一枚、ヒラリと落ちた。
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