22の愉快なリーディング

園村マリノ

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女帝

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 ほんっと……あの女、大っ嫌い!

 あたしは怒りに任せ、掌をテーブルに叩き付けた。

 あたしの怒りの原因となっている女は、特別美しくもなければ、スタイルがいいわけでもないのに、何故かモテる。
 馬鹿な男(と、一部の女)たちは皆、あの女にデレデレ、ニコニコ、ペコペコ、ヨイショ。
 あの女、片っ端から色目を使い、誰も見ていない所ではもっと際どい事をしているに違いない。魔性の女め。
 
 それだけならまだ良かった。

 問題なのは、あの女があたしの想い人にも手を出そうとしていて、しかも想い人も満更でもないらしいという事だ。

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ。

 盗られちゃう盗られちゃう盗られちゃう。

 どうしようどうしようどうしよう。

 あの女! ほんっと腹立つ!

 あの女さえいなければ!!


 どうにも出来ないまま更に数週間が経過した。
 
 行き付けのカフェで偶然、あの魔性の女と遭遇してしまった。しかも席が隣!

「まあ、偶然ね! お元気だった?」

 偽善者ぶりっ子スマイルでご挨拶ね。けっ。

「ええ、まあ。ところで聞きましたよ。最近、彼と仲がいいんですってね……」

 さりげなく聞いたつもりだったけど、バレバレかもしれない。

「そうなの。何気ない話から自然とね」

 余裕たっぷりに微笑む女。

 一瞬、心臓が大きく脈打った。
 この程度でビビってしまったのか、あたし。
 落ち着け、頑張れ、あたし。

「知ってます? 彼、この店のシフォンケーキとアッサムが大好きなんですよ」

 直後、店員があたしの注文したシフォンケーキとアッサムティーを運んで来た。あたしはすぐには手を付けず、女に見せ付けるようにする。

「あら、そうなの? うん、確かに美味しそうね!」

 女の注文した分も運ばれて来た。イチゴたっぷりのショートケーキとコーヒーだ。

「ねえ、一口頂戴!」
 
 何を言い出すかと思いきや。思わずあたしは、「えっ」と声を上げていた。

「わたしのミルフィーユも一口あげるから。交換しましょうよ」

 拝むように両手を顔の前で合わせているし。

「駄目かなあ?」

 上目遣い。

 そうやって周囲の男に媚び売ってんでしょ。馬鹿じゃないの。あたしは女だ。まあ一部の女もこいつには甘いらしいけど、あたしには通用しな──

「いただきぃ~!」

 ──は?

 女の右手があたしのシフォンケーキに伸び、勝手に自分のフォークで一口サイズに切り分けて、自分の口に持ってゆくのはあっという間だった。

「うーん、柔らかくて美味しいっ!」

 ちょ……何なのこいつ……。

「はい、じゃあわたしのも一口あげるわ」

 女は自分のフォークでショートケーキを一口、いや二口くらいのサイズに切り分けると、あたしの口元に運んだ。

「はい、あーん!」

 ちょ、ちょ、ちょ、ちょ……!?

「……どう? 美味しい?」

 あたしが無言で頷くと、女は満面の笑みを浮かべた。

「良かった! あ、クリーム付いちゃったわね」

 女はペーパーナプキンであたしの口元をサッと拭いた。
 この間、あたしはほとんど動けずにいた。
 あまりに唐突で、あまりに予想外だったからだ。

 その後、女が色々と話し掛けてきたから応えはしたけど、その内容はほとんど覚えていない。
 そのうち女の方が先に食べ終わり、コーヒーも綺麗に飲み干した。

「楽しかったわ。今日は沢山お話出来て良かった! あ、これわたしの連絡先。何かあったらいつでも気軽に連絡して! それじゃあまたね!」

 女はメモ用紙をあたしのテーブルに置くと、にこやかに手を振って出て行った。
 しばらくの間、心臓の強いドキドキバクバクが治まらなかった。驚き過ぎておかしくなったに違いない。


 ほんっと……あの女、大っ嫌い!

 あたしは怒りに任せ、拳を壁に叩き付けた。

 あのカフェでの顛末から半年弱。
 あの女は相も変わらず、様々な男や女に色目を使い、愛を振り撒いている。
 この間なんて、別の女にフラれて落ち込みまくって自殺を仄かした、あたしの元想い人の話を何時間も聞いてやったり、子供が二人いるシングルファーザーの家に料理を作りに行ってやったりしたとか。
 高級住宅街の中にあるお高いレストランで貸し切りの誕生日会を開いて貰って、それはもう嬉しそうだったとか。

 ……あたし、呼ばれなかったんだけど。

 ふん、まあいい。
 どうせあの女はいつものように愛のバーゲンセール状態、何を貰っても「やだ嬉しい~!」とか「これ可愛い~!」なんて反応しかしなかったに違いない。そして家に帰ったらその辺にほっぽって、しばらく経ったら捨てるか売るかするのだろう。

 ……あたしが買ったこれも、そうなるのかな。
 ……いや、きっと大丈夫。
 徹底的にリサーチし、あの女が本当に欲しがっているであろうアイテムを選んだのだから。

 あの憎たらしい魔性の女に関しては、今ではどんな奴らよりもこのあたしの方が詳しいんだ。

 さて、どうやって手渡そう……。
 わざわざ家までに押し掛けちゃ迷惑かな。
 誰かに渡して貰う? ……プレゼントってのは自ら渡さないと意味がない。
 呼び出してもいいかな。でもいきなりあたしの家? 駄目、緊張する。というかこの汚部屋、一日二日じゃ綺麗になりそうにない。
 
 そうだ、あのカフェ。

 あのカフェがあるじゃない!

 あの女が注文するケーキとは異なるケーキを注文するんだ。
 そしてあの女が「ねえ、一口頂戴!」と言ったら拒否する。「わたしのショートケーキ(あるいはチョコレートケーキやモンブラン、いやシフォンケーキかもしれない)も一口あげるから。交換しましょうよ」なんて言っても拒否する。「駄目かなあ?」なんて上目遣いしてきても拒否ったら拒否。
 
 そしたらあの女は、きっと……。

 あたしは充電中のスマホを手に取った──無駄に笑顔が可愛くて、誰にでも愛を振り撒く、憎ったらしくて大っ嫌いなあの女宛てに、メッセージを送るために。
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