上 下
19 / 45
第二章

07 雪月花

しおりを挟む
 西区白銀町はくぎんちょう

 ──あった。

 繁華街から離れた人気ひとけの少ない場所に、ケイの目的地は存在していた。
桃源とうげんビル〉四階、開運&魔除け道具専門店〈雪月花せつげつか〉。

 ──まだ残っていたとはね。

 ケイの中学生時代の友人に、占いやスピリチュアルに傾倒する大山おおやまという女子がいた。二年生時に同じクラスになり、それなりに親しくなると、休日に他の友人らも交えて何度か遊びに出掛け、その際に〈雪月花〉に立ち寄った事を思い出したのだ。

「ここの店長、ガチの霊能力者なんだよ! グッズ販売だけじゃなくてね、除霊や浄霊も出来るから、全国から依頼が殺到するみたいで結構有名なの。グッズも評判いいみたいだよ」

 大山は興奮気味にそう語っていたが、〈雪月花〉店内で直接お目に掛かった店長は、何処にでもいる普通のおじさんという雰囲気だったし、愛想がいいわけでもなく、当時のケイはあまり信用していなかった。
 三年生になり大山とクラスが離れると、廊下ですれ違いざまに挨拶をするだけとなり、一緒に遊びに行く事もなくなった。現状どころか連絡先も知らないし、〈雪月花〉の存在もすっかり忘れていた── 愛陽総合病院を出るまでは。

 エレベーターは大人が四人やっと乗れるかどうかの広さだった。鏡が付いていないのを、ケイは残念に思った。

 ──最初はその逆だったのにね。

 四階まで上り、〝営業中〟のプレートが掛けられたガラス戸を開けて店内に足を踏み入れる。

「いらっしゃいませ」

 狭い店の奥でこちらに背を向けていた店員が振り返り、愛想良く挨拶した。三〇台半ばくらいの、黒縁眼鏡を掛けた小柄な女性だ。

「あの、すみません。ちょっとご相談が」

「はい、何でしょう」

 店員はケイの方へ寄って来た。

他人ひとに取り憑いた霊を祓えるアイテムなんてのがあれば欲しいのですが……。せめて、その人に二度と近付かないように守ってもらえるような物でもいいんです」

 目を丸くする店員にケイは困惑した。

 ──ここ、そういうお店よね……?

「霊絡みの内容でお困りですと、予約制ですが、うちの先生に視てもらう事も出来ますよ」

 先生というのは、祓い屋もしている店長の事だろう。

「今予約するといつ頃になりますか」

「そうですね、ちょっとお待ちください」

 店員はケイの横を通り抜け、レジスペースに入るとノートパソコンを操作した。

「そうですね……最短で再来週の金曜日になります」

「再来週……」

 当日いきなり依頼するのは難しい事くらいわかっていた。しかし二週間近くも待つだけの余裕はあるだろうか。ゲームセンターで対峙したあのオーラの化け物は、いつ雨野茉美子に危害を加えてもおかしくはなさそうだった。だからこそ効果のあるグッズを購入しにここまで来たのだ。

「すみません、ちょっと急いでいるので。素人にでも扱えそうな、効果のあるアイテムをお願いします」

「一人で対峙なさるのは、正直言ってお勧め出来ませんが……ちなみに、どういった内容ですか?」

「えっと……知人女性が、気味の悪い色合いをしたオーラを放っていて……霊感の強い友人の話だと、どうやら死者の強い負の念らしくって。その霊は知人の命を狙っていて、あまり時間に余裕はなさそうなんです」

「それはそれは……」

 店員の反応からすると、深刻に捉えていないどころかあまり信用していない様子だった。

「見殺しにしたくないんです」ケイはカウンター越しに身を乗り出した。「そういうわけで、良さそうなものを売っていただけませんでしょうか」

「は、はい……」店員は気圧されたように小さく頷いた。



 約一時間後。

「戻ったよ」

 客のいない〈雪月花〉に、店長の比留間ひるまが姿を現した。祓い屋稼業のため、朝から東京某所に出張していたのだ。

「先生、お帰りなさい」ケイに接客した店員が笑顔で出迎える。「お疲れ様でした」

「まったく、今日の客には呆れたよ。被害妄想が強いだけで、結局悪霊の仕業でも何でもなかった」

 比留間はレジの奥の休憩スペースに入ると、店での業務のために身支度を始めた。

「しかしそれを丁寧に説明してもなかなか納得しやしない。不安だの何だの言っていたが、本心では嫌な事は全部霊のせいにして安心したかったんだろうよ」

「色々な人がいますね」

「やれやれだ」エプロンの紐を結びながら、比留間は店頭に戻った。「おれの留守中、何もなかったか?」

「特に……いえ、一人だけちょっと気になったお客さんが」

 店員がケイとの一件を話して聞かせると、比留間は小さく唸った。

「止めた方が良かったですか?」

「というより、それは連絡が欲しかったな。そんでもって、出来ればおれが戻るまでの間、引き留めておいてほしかった。その子の連絡先を聞いたか?」

「いえ、何も」

 比留間は顔をしかめた。店員は少々ムッとした様子で、

「そんなにまずそうなんですか?」

「そうだなあ……この目で視てみなきゃはっきりとした事は言えないが、おれの経験上、そういうタイプの霊ってのは結構面倒なのばっかなんだよな。で、どのグッズ売ったの?」

「主にあの中にあったやつです」

 店員はレジから見て右の壁際のショーケースを指差した。

「黒水晶だけのブレスレットと、身代わりのお札と、後は〝うまろきゃ〟でしたっけ? あの小さい弓と矢のセット! 全部でいい値段でしたけど、わたしが勧めたら全部買っていってくれましたよ」

「金額はいいんだよ……」

 比留間は小さく溜め息を吐いた。

「大事にならなきゃいいんだけどなあ……」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

通学路の電柱に、幽霊である彼女は潜む

アイララ
ホラー
学校の居残りには気を付けてくださいね。 帰るのが遅くなって夜道を歩く事になったら、彼女に出会いますから。 もし出会ったら?その時は彼女の言う事をよ~く聞けば助かるかもしれません。

咀嚼

小岩井豊
ホラー
暴力、怪物、分類不能のおぞましい何か。日常に潜む異形を描くオムニバスホラー短編集。

妖の森〜終わらないかくれんぼ〜そして誰も・・・・

七瀬ななし
ホラー
その町には、いつの頃から鬱蒼と茂る昼間でも夜のように暗く陰鬱な森があった。ある者は死者の森と呼びある者はそこであった事件の通り神隠しの森と呼んだ。しかし昔からその森を知っている者はこう呼んだ。妖の森、と。 ー連載中の作品がホラーからファンタジーに変えられてしまったので、そこでこれから使う内容をこちらに掲載しますー

心霊捜査官の事件簿 依頼者と怪異たちの狂騒曲

幽刻ネオン
ホラー
心理心霊課、通称【サイキック・ファンタズマ】。 様々な心霊絡みの事件や出来事を解決してくれる特殊公務員。 主人公、黄昏リリカは、今日も依頼者の【怪談・怪異譚】を代償に捜査に明け暮れていた。 サポートしてくれる、ヴァンパイアロードの男、リベリオン・ファントム。 彼女のライバルでビジネス仲間である【影の心霊捜査官】と呼ばれる青年、白夜亨(ビャクヤ・リョウ)。 現在は、三人で仕事を引き受けている。 果たして依頼者たちの問題を無事に解決することができるのか? 「聞かせてほしいの、あなたの【怪談】を」

怪奇屋茶房

かいほう
ホラー
一話完結です。空想も有り、本物も有り? もしかすれば実体験かも? もあるかもしれません(笑) それは読んで頂いた方の想像にお任せいたします。もしかすると、読まれた後に何かが起こるかも・・・。 こちらでは何かが起こった場合の責任は一切受け付けてはおりませんのであしからず。

【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—

至堂文斗
ホラー
――その幻想から、逃れられるか。 降霊術。それは死者を呼び出す禁忌の術式。 歴史を遡れば幾つも逸話はあれど、現実に死者を呼ぶことが出来たかは定かでない。 だがあるとき、長い実験の果てに、一人の男がその術式を生み出した。 降霊術は決して公に出ることはなかったものの、書物として世に残り続けた。 伍横町。そこは古くから気の流れが集まる場所と言われている小さな町。 そして、全ての始まりの町。 男が生み出した術式は、この町で幾つもの悲劇をもたらしていく。 運命を狂わされた者たちは、生と死の狭間で幾つもの涙を零す。 これは、四つの悲劇。 【魂】を巡る物語の始まりを飾る、四つの幻想曲――。 【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】 「――霧夏邸って知ってる?」 事故により最愛の娘を喪い、 降霊術に狂った男が住んでいた邸宅。 霊に会ってみたいと、邸内に忍び込んだ少年少女たちを待ち受けるものとは。 【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】 「どうか、目を覚ましてはくれないだろうか」 眠りについたままの少女のために、 少年はただ祈り続ける。 その呼び声に呼応するかのように、 少女は記憶の世界に覚醒する。 【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】 「……だから、違っていたんだ。沢山のことが」 七不思議の噂で有名な流刻園。夕暮れ時、教室には二人の少年少女がいた。 少年は、一通の便箋で呼び出され、少女と別れて屋上へと向かう。それが、悲劇の始まりであるとも知らずに。 【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】 「……ようやく、時が来た」 伍横町で降霊術の実験を繰り返してきた仮面の男。 最愛の女性のため、彼は最後の計画を始動する。 その計画を食い止めるべく、悲劇に巻き込まれた少年少女たちは苛酷な戦いに挑む。 伍横町の命運は、子どもたちの手に委ねられた。

ミカちゃんのおともだち

ふんわり鏡月
ホラー
ミカ、4歳。 すきなこと:おままごと、おえかき、おりがみ ほしいもの:おともだち

心霊便利屋

皐月 秋也
ホラー
物語の主人公、黒衣晃(くろいあきら)ある事件をきっかけに親友である相良徹(さがらとおる)に誘われ半ば強引に設立した心霊便利屋。相良と共同代表として、超自然的な事件やそうではない事件の解決に奔走する。 ある日相良が連れてきた美しい依頼人。彼女の周りで頻発する恐ろしい事件の裏側にあるものとは?

処理中です...