放っておけない 〜とあるお人好しの恐怖体験〜

園村マリノ

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第5話 Who's he

04 赤い庚申塔

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 葉吉駅改札を出た理世は、改めてスマホのメモ帳を開いた。 

 ──改札を出たら直進して、コンビニの角を左……左手にお寺が見えたら、その手前の脇道を入って──……

 指定された道筋自体には何の疑問もなかった。問題はもう一つ、目印の方だ。

「行き止まりに……赤い庚申塔」

 双子の片割れは、確かにそう言っていた。

 ──庚申塔って確か、青面金剛ショウメンコンゴウっていう神様を祀ってあるんだよね。あとは三匹の猿とか……。

 理世の母方の祖父が生前、自宅の近所にある庚申塔に定期的に参拝していたらしく、何度か話を聞いた事があった。

 ──石の色が赤いって事? そんなもの本当にあるの?

 体感で約五〇メートル程直進し、コンビニ〈フレンドリーマート〉を左に曲がって更に進むとすぐに、寺の屋根と敷地の外壁が見えてきた。その手前側には駐車場があり、緑色のフェンスと寺の外壁の間に、一人通るのがやっとくらいの狭い砂利道が見付かった。

 ──……ここだよね。

 よく晴れて空気の澄んだ日中であるにも関わらず、砂利道の先は妙に薄暗く、どこか不気味だ。

 ──何も出ませんように。不審者にも遭遇しませんように!

 リュックのショルダーストラップを強く握り締め、ザリザリと足音を立てて砂利道を進む。一体どれくらい続いているのだろうか、目印は簡単に見付けられるだろうか──それらの心配は、呆気ない程すぐに道が途絶えた事で杞憂に終わった。

「あった……!」

 行き止まりを背に、左右をブロック塀に囲まれてポツンと立っているのは、全長一.七、八メートルの駒型の庚申塔だ。中心には六本腕の青面金剛、下部にはそれぞれが両手で目・鼻・口のいずれかを塞いでいる、三体の猿が彫られている。どちらも風化によってだいぶ削られており、どんな顔立ちをしているのかはわからなかった。

 ──全然赤くないや。

 赤い庚申塔と言われ、勝手に真っ赤なものをイメージしていたが、一部分だけなのかもしれない。しかし視認する限りでは何処にも赤い要素がない。

 ──まさか……からかわれていただけ?

 あの双子がモカを誘拐したというのは嘘で、電話が繋がらなかったのも偶然だったのだろうか。憑依霊も最初からそう考えていたからこそ、放っておけと言ったのかもしれない。

 ──でも、わざわざからかうためだけに、家まで突き止める?

 さてどうしたものかと当てもなく周囲を見回していると、視界の端、庚申塔の一部分で何かが動いたような気がした。振り向いて真っ先に目に入ったのは、青面金剛の下で胡座を掻いている三匹の猿だ。
 理世はしゃがみ込むと、三匹の猿をじっと見据えた。はっきり確認出来ないが、腕の位置の微妙な違いからすると、左から言わざる、聞かざる、見ざるのようだ。

「言わざる……」

 理世は口を両手で塞いだ。何故だかわからないが、そうした方がいいような気がした。

「聞かざる……見ざる……」

 耳を、目を、順番に塞いだ。

「なーんて──えっ!?」

 突然、三匹の猿の顔面から、じわじわと濃い赤色のシミが浮き出した。

「わっ、ちょっ、え、何これ!?」

 ものの一〇秒足らずで、庚申塔はまるで最初からそうであったかのように、濃い赤一色に染まってしまった。目印が見付かったというのに、理世は全く喜べなかった。自然と体が震える。コートはまるで役立たずだ。

「うう……何かヤダ……」

 目を逸らし、自分を抱き締めるようにしながら一歩後ずさる。

 ──それに……この後どうしたらいいの?

 またも視界の端で何かが動いたように見えた。

 ──今度は何!?

 恐る恐る振り向いた理世の視界に飛び込んできたのは、こちらに向かってにゅっと伸びてくる、青面金剛の真っ赤な六本腕だった。
 視界一面が赤に染まって何も見えなくなる直前、何処か遠くでカラスのしゃがれた鳴き声が聞こえた。
 


「知ってる? 大松萌香おおまつもかちゃんってさ、キレるとすぐ暴力振るうらしいよ」

「え、マジ? あの子何かいつもムスッとした感じだけど、そんな怖い子なの?」

 朝からずっと小雨が降り続いている、ある日の放課後。
 部活動を終え、昇降口へ差し掛かったところで、自分の悪口を言うクラスメートの女子二人の声を耳にしたモカは、反射的に足を止め、死角になる位置にそっと身を潜めて聞き耳を立てた。

「男子から聞いたんだけど、小六の時に青少年センターで遊んでたら別の学校の男子と喧嘩になって、飛び蹴りして泣かせたんだって」

「うっそ~、ウケる!」

「しかもその男子の仲間たちが止められなくて、センターの職員が来るまで一方的に殴り続けてたんだって」

「うわー、そこまでくるとちょっと引くかも」

「ウチらもキレさせないように気を付けないとね!」

「ねーっ」

 二人の声と足音が遠ざかってゆくと、モカは強い苛立ちを覚えながら昇降口まで移動した。

 ──話に尾ひれ付き過ぎ!!
 
 青少年センターで他校の男子に飛び蹴りを喰らわせたというのは事実だ。その場にいた、同じく他校の低学年の男子をからかって泣かせていたので注意したら、やめるどころか『うるせえブス』だの『お前も虐めてやろうか』だのと言ってきたので、、助走をつけたうえで一撃お見舞いしてしまったのだ。しかしその後は一切暴力を振るわず、面倒な事になる前にとっととセンターから退散した。
 何とか隠し通せないだろうかと祈るような気持ちでいたが、次の日にはバレてしまい、学校でも自宅でもこってり絞られた。しかし意外にも、相手方の両親が自分たちの息子の非を素直に認めたうえ、現場にいた数人の児童たちの証言と擁護もあり、警察沙汰にはならなかった。
 
 ──あーもうウザい……早く卒業して、どっか遠くの高校行きたい……。

 靴箱からスニーカーを出していると、廊下から足音が近付いてきた。

「あ、いた!」

 その一声を聞いただけで、モカの頭と胸辺りに広がっていたのほとんどが、一瞬で消え去った。

「理世」モカは声の主である親友へと振り向き、笑顔を見せた。「お疲れ」

「お疲れ! もう帰っちゃったかと思ったけど、間に合って良かったー! 一緒に帰ろ!」

「ん、帰ろ」



「おーい、聞いてるー?」

 ふと思い出した中学時代の記憶に浸っていたモカを現実に引き戻したのは、ユリアという女だった。

「……何よ」

「雑賀理世ちゃん、そろそろ来ると思うんだよね。そしたらあなたはもう自由だから」

「うんうん。無事帰してあげるから安心して」

 ユリアに続いて、マリアという女も言った。

「どうだか。信用出来ないよ、いきなり人を拉致してこんな変な場所に連れてきて」

 答えながら、モカは周囲をゆっくり見回した。土の上には無数の葉と、元々それらの持ち主であったが、今はすっかり寂しくなっている木々。生い茂る雑草の多くは枯れている。端の方には古びたベンチが三基。恐らくは、ちょっとした山の中にある小さな広場だ。

「しかも、どうやって連れて来られたのか全然記憶がないし。家を出たらいきなりあんたたちが現れて、気が付いたら移動してるんだからさ!」

「ああ、それは説明しても多分理解出来ないから気にしなくていいのよ。ね!」

「ね!」

 双子は顔を見合わせると、クスクスと笑った。

 ──腹立つ……マジで何なのコイツら!?

「ていうか、あんたたちさ」

 モカは一〇メール程離れた位置に並んで立つ双子の方へと、一歩踏み出した。

「理世と重要な取り引きがどうこう言ってたけど、もしあの子に何かしようものなら──ええっ!?」

 突然、三人の間の空間が酷く歪んだように見え、モカは思わず飛び退いた。

「あ、来た来た」

「うん、来たね」

「何……え、あたしの幻覚じゃな──うわっ!?」
 
 空間の歪みから親友が飛び出してきて、モカのすぐ目の前に着地した。

「理世!?」

「あ、いた! モカ大丈夫!? 怪我はない?」

「うん、平気。それよりも、今の何? マジで何がどうなってんの!?」

「ごめん、わたしにも細かい事はよくわかんないんだけど、とりあえず説明は後でね」

 理世は振り返ると、モカを庇うようにして双子と対峙した。

「こんな事までして……あなたたちの目的は何なんです?」

「この間も言ったけど、本当に用があるのは、あなたの憑依霊の方」

「そうそう、憑依霊の方」

 身構えた理世に、モカは視線で問うた──〝ねえ、どういう事? 憑依霊って何よ?〟

「あなたの憑依霊、私たちにちょうだああああい!!」

 マリアとユリアは、とびきりの嘘臭い笑顔で声を揃えた。


 


 


 





 







 
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