15 / 44
第3話 生者の苦痛、死者の憂鬱
01 フリーマーケット
しおりを挟む
「おっ、やってるやってるー」
「わあ、人がいっぱいだね!」
王鉄線青木駅から徒歩約二〇分、春田交通公園。敷地内には市街地と同じように道路、信号、交通標識などがあり、未就学児から小学生までの子供が、自転車や三輪車に乗って交通ルールを身に付ける事が出来る。
一〇月最初の土曜日、理世は母親とこの場所にやって来た。毎年同じくらいの時季にフリーマーケットが開催されており、久し振りに見に行きたいが一人じゃつまらない、もし暇なら一緒に行かないかと誘われたのだ。
「何年振りに来たかしら……」
「確かわたしが小学校二、三年生くらいの時に一緒に来たよね」
「そうそう! それじゃあもう一〇年くらい経ってる? そんな前だったかー……」
出店は正面出入口付近から公園の中心付近まで続いており、老若男女様々な客で賑わっている。
「あら、あの店の服、ちょっと見たいわ」
「何処?」
「向こうの角の。ああ、理世も他を見たかったら、そっち行ってていいわよ」
「じゃあわたし、こっちの方から見て回るから後でね」
母親と別れた理世は、出入口付近から一店ずつ目を通していった。特に何かを探しているわけではなかったが、思いがけない出逢いを期待してもいた。
──昔のゲームソフトとか、ゲームやアニメ系のサントラとか……。
結局、最後まで理想とする出逢いはないまま、出店のない所まで来てしまった。何か催し物があるのか、前方に仮説ステージがあり、並んだパイプ椅子のほとんどが客で埋まっている。
──あれ、そういえばお母さんに会わなかったな。
もう一度出店コーナーの方へ戻って探そうと身を翻しかけた理世だったが、視界の端にあるものを捕えて足を止めた。
──あんな所にも……?
公園奥、フェンス沿いの桜の木々の間に敷かれたブルーシートの上に商品が数点。恐らくめぼしいものは売っていないだろう。しかし理世は、何故か興味を惹かれた。
──ちょっと見たら、すぐ戻ろう。
出店者は高齢男性だった。痩せた色黒の顔は皺だらけで、少ない髪と口髭はほとんど白くなっている。身なりにはあまり気を遣っていないのか、日焼けした黒色のシャツとスラックス、指先に穴の開いたグレーの靴下という姿だ。ブルーシートの上で胡座を掻いてうとうとしていたが、理世に気付くと目を開けた。
「……いらっしゃい」
理世は小さく頭を下げると、数少ない商品を左から順番に目を通した。ボディが七色の万年筆、歯を剥き出しにした小さな猿の置物、白地に紅色で複雑な幾何学模様が描かれた皿、妙に艶々としている般若のお面……。
理世の目に留まったのは、一番右端に置かれている、青色の単行本だった。見たところ本体の状態は特別悪くなさそうだが、表紙にタイトルがないので、ソフトカバーは欠品しているのだろう。
──何の本かわからないけど……中身が凄く気になる……!
「手に取って見てごらん」
理世が顔を上げると、出品者はうっすら笑みを浮かべた。
「そうすりゃ、あんたを必要としている物かどうかわかる」
理世は再び小さく頭を下げると、しゃがんで両手で本を取り、表紙をめくった。若干黄色いシミが目立つ本扉に記載されたタイトルは『生者の苦痛、死者の憂鬱』。
──小説かな。
続けて本扉をめくった。
深町亜矢音にとっては、生者も死者も大差ない。どちらも自分勝手な奴が多いし、すぐ調子に乗る。要するに──……
──あれ、いきなり本編から始まってる?
「なるほどな」
理世は再び顔を上げた。
「その本はあんたを必要としている。あんただって、物語の続きが気になるんじゃないか?」
「あー……えっと……」
全く気にならないと言えば嘘になるが、購入してまで読みたいかと問われれば、答えはノーだった。
「気になるのなら読むべきだ。手元に置いておくべきだ」
出店者の口調には、有無を言わせない威圧感があった。
理世は強烈な違和感を覚えた。この老人はこんなに目付きが鋭く、歯並びが悪かっただろうか。髪が逆立っているのは静電気のせいだろうか。
「それに先程言っただろう、その本はあんたを必要としている、とな」
「えと……おいくらですか」理世はすっかり気圧されて尋ねた。
「無料でいい」
「え、それは流石に」
「通常価格は五〇万。現金のみ対応」
「そ、それも流石に!」
「じゃ、決まりだな」出店者は歯を見せてニヤリと笑った。「本も喜んでるよ」
「あ、理世いた!」
出入口の方へと戻る途中、理世は母親と再会した。
「お母さん。何処ら辺にいたの?」
「途中でトイレ行きたくなっちゃって。結構並んでたのよ。あら、その本は?」
「貰った」
「貰った?」
「うん……そろそろ撤収するから、残ってる物はタダでいいって」
理世は少々罪悪感を覚えながらも、半分嘘を吐いた。
「へえ、ラッキーだったじゃない。バッグに入らないの? 袋何か貸そうか」
「うん」
「お母さんは結局何も買わなかったわ。皆、古着なのに高過ぎなのよ。まだ見たいとこある?」
「ううん、もう平気」
「じゃ、そろそろ行こうか。この近くにファミレスあるから、そこでお昼にしない?」
「ごちそうさま!」
「出世払いでいいわよ」
公園を出る前に一度、理世は桜の木々の方へと振り返ってみたが、人混みに遮られ、奇妙な老人もブルーシートも見えなかった。
「わあ、人がいっぱいだね!」
王鉄線青木駅から徒歩約二〇分、春田交通公園。敷地内には市街地と同じように道路、信号、交通標識などがあり、未就学児から小学生までの子供が、自転車や三輪車に乗って交通ルールを身に付ける事が出来る。
一〇月最初の土曜日、理世は母親とこの場所にやって来た。毎年同じくらいの時季にフリーマーケットが開催されており、久し振りに見に行きたいが一人じゃつまらない、もし暇なら一緒に行かないかと誘われたのだ。
「何年振りに来たかしら……」
「確かわたしが小学校二、三年生くらいの時に一緒に来たよね」
「そうそう! それじゃあもう一〇年くらい経ってる? そんな前だったかー……」
出店は正面出入口付近から公園の中心付近まで続いており、老若男女様々な客で賑わっている。
「あら、あの店の服、ちょっと見たいわ」
「何処?」
「向こうの角の。ああ、理世も他を見たかったら、そっち行ってていいわよ」
「じゃあわたし、こっちの方から見て回るから後でね」
母親と別れた理世は、出入口付近から一店ずつ目を通していった。特に何かを探しているわけではなかったが、思いがけない出逢いを期待してもいた。
──昔のゲームソフトとか、ゲームやアニメ系のサントラとか……。
結局、最後まで理想とする出逢いはないまま、出店のない所まで来てしまった。何か催し物があるのか、前方に仮説ステージがあり、並んだパイプ椅子のほとんどが客で埋まっている。
──あれ、そういえばお母さんに会わなかったな。
もう一度出店コーナーの方へ戻って探そうと身を翻しかけた理世だったが、視界の端にあるものを捕えて足を止めた。
──あんな所にも……?
公園奥、フェンス沿いの桜の木々の間に敷かれたブルーシートの上に商品が数点。恐らくめぼしいものは売っていないだろう。しかし理世は、何故か興味を惹かれた。
──ちょっと見たら、すぐ戻ろう。
出店者は高齢男性だった。痩せた色黒の顔は皺だらけで、少ない髪と口髭はほとんど白くなっている。身なりにはあまり気を遣っていないのか、日焼けした黒色のシャツとスラックス、指先に穴の開いたグレーの靴下という姿だ。ブルーシートの上で胡座を掻いてうとうとしていたが、理世に気付くと目を開けた。
「……いらっしゃい」
理世は小さく頭を下げると、数少ない商品を左から順番に目を通した。ボディが七色の万年筆、歯を剥き出しにした小さな猿の置物、白地に紅色で複雑な幾何学模様が描かれた皿、妙に艶々としている般若のお面……。
理世の目に留まったのは、一番右端に置かれている、青色の単行本だった。見たところ本体の状態は特別悪くなさそうだが、表紙にタイトルがないので、ソフトカバーは欠品しているのだろう。
──何の本かわからないけど……中身が凄く気になる……!
「手に取って見てごらん」
理世が顔を上げると、出品者はうっすら笑みを浮かべた。
「そうすりゃ、あんたを必要としている物かどうかわかる」
理世は再び小さく頭を下げると、しゃがんで両手で本を取り、表紙をめくった。若干黄色いシミが目立つ本扉に記載されたタイトルは『生者の苦痛、死者の憂鬱』。
──小説かな。
続けて本扉をめくった。
深町亜矢音にとっては、生者も死者も大差ない。どちらも自分勝手な奴が多いし、すぐ調子に乗る。要するに──……
──あれ、いきなり本編から始まってる?
「なるほどな」
理世は再び顔を上げた。
「その本はあんたを必要としている。あんただって、物語の続きが気になるんじゃないか?」
「あー……えっと……」
全く気にならないと言えば嘘になるが、購入してまで読みたいかと問われれば、答えはノーだった。
「気になるのなら読むべきだ。手元に置いておくべきだ」
出店者の口調には、有無を言わせない威圧感があった。
理世は強烈な違和感を覚えた。この老人はこんなに目付きが鋭く、歯並びが悪かっただろうか。髪が逆立っているのは静電気のせいだろうか。
「それに先程言っただろう、その本はあんたを必要としている、とな」
「えと……おいくらですか」理世はすっかり気圧されて尋ねた。
「無料でいい」
「え、それは流石に」
「通常価格は五〇万。現金のみ対応」
「そ、それも流石に!」
「じゃ、決まりだな」出店者は歯を見せてニヤリと笑った。「本も喜んでるよ」
「あ、理世いた!」
出入口の方へと戻る途中、理世は母親と再会した。
「お母さん。何処ら辺にいたの?」
「途中でトイレ行きたくなっちゃって。結構並んでたのよ。あら、その本は?」
「貰った」
「貰った?」
「うん……そろそろ撤収するから、残ってる物はタダでいいって」
理世は少々罪悪感を覚えながらも、半分嘘を吐いた。
「へえ、ラッキーだったじゃない。バッグに入らないの? 袋何か貸そうか」
「うん」
「お母さんは結局何も買わなかったわ。皆、古着なのに高過ぎなのよ。まだ見たいとこある?」
「ううん、もう平気」
「じゃ、そろそろ行こうか。この近くにファミレスあるから、そこでお昼にしない?」
「ごちそうさま!」
「出世払いでいいわよ」
公園を出る前に一度、理世は桜の木々の方へと振り返ってみたが、人混みに遮られ、奇妙な老人もブルーシートも見えなかった。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ファムファタールの函庭
石田空
ホラー
都市伝説「ファムファタールの函庭」。最近ネットでなにかと噂になっている館の噂だ。
男性七人に女性がひとり。全員に指令書が配られ、書かれた指令をクリアしないと出られないという。
そして重要なのは、女性の心を勝ち取らないと、どの指令もクリアできないということ。
そんな都市伝説を右から左に受け流していた今時女子高生の美羽は、彼氏の翔太と一緒に噂のファムファタールの函庭に閉じ込められた挙げ句、見せしめに翔太を殺されてしまう。
残された六人の見知らぬ男性と一緒に閉じ込められた美羽に課せられた指令は──ゲームの主催者からの刺客を探し出すこと。
誰が味方か。誰が敵か。
逃げ出すことは不可能、七日間以内に指令をクリアしなくては死亡。
美羽はファムファタールとなってゲームをコントロールできるのか、はたまた誰かに利用されてしまうのか。
ゲームスタート。
*サイトより転載になります。
*各種残酷描写、反社会描写があります。それらを増長推奨する意図は一切ございませんので、自己責任でお願いします。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
あやかしのうた
akikawa
ホラー
あやかしと人間の孤独な愛の少し不思議な物語を描いた短編集(2編)。
第1部 虚妄の家
「冷たい水底であなたの名を呼んでいた。会いたくて、哀しくて・・・」
第2部 神婚
「一族の総領以外、この儀式を誰も覗き見てはならぬ。」
好奇心おう盛な幼き弟は、その晩こっそりと神の部屋に忍び込み、美しき兄と神との秘密の儀式を覗き見たーーー。
虚空に揺れし君の袖。
汝、何故に泣く?
夢さがなく我愁うれう。
夢通わせた君憎し。
想いとどめし乙女が心の露(なみだ)。
哀しき愛の唄。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる