上 下
14 / 44
第2話 イワザワさん

08 復讐

しおりを挟む
 理世は焦り、急いでいた。

 ──ヤバイ! 絶対怒られる……!

 うっかり小学校に通い忘れたまま、気付けばもう一九歳だ。どうしてこんな大切な事を、何年もの間忘れていたのだろうか。
 見知らぬ住宅街の中を走り続けていると、見知らぬ学校に辿り着いた。閉じている正門をよじ登り、楽しそうに遊ぶ中高生や大人だらけの狭い校庭を突っ切ると、やたらと重いガラス扉を引き開けて校舎内へ。

 ──教室は確か四階だったよね……。

 すぐ近くの階段を一段飛ばしで駆け上るうちに、あっという間に一三階までやって来た。校庭とは打って変わって人の気配がなく、静まり返っている。
 やたらと長い廊下を進むと、一年一組の教室が見えてきた。壁にぽっかり開いた大穴から中を確認すると、大半は見覚えのないクラスメートたちの姿がちらほら。

「すみません、遅れました!」

 前方のドアから中に入ると、数人が振り向いたが、それ以上気にする様子は見せなかった。

「まだ先生来てないよ」ドアに近い席のモカが言った。「ちなみに、この後は数学ね」

「あ、宿題忘れた!」

「今日、体育ある事覚えてた?」

「いけない、体操服も忘れた!」

「そもそも何の荷物も持ってないじゃん」

「ああっ、何もかも忘れた!」

「まあいいから、席に着いたら?」

 理世はそれもそうだと思い、ドア側から二列目、前から四番目の席に座った。

「先生、わたしがずっと来てなかった事を怒ってなかった?」

 左隣に座る人気お笑い芸人に尋ねてみたが、肩を竦めただけだった。

「仕方ないじゃない? わたしだって大学生活忙しかったんだし。それに学校からだって、何年も何の連絡も──」

 言い訳の途中で、理世ははたと気付いた。

 ──あ……これ夢だ。

 小学校なんてとっくに卒業している。それどころか、中学校と高校も。よくよく思い返してみれば、最初から色々とおかしかった。わかってしまえば怖いものなんてないし、このまま架空の学校にいる意味もない。

 ──一度起きよっと。

 理世は両目をギュッと瞑り、体全体が空気に溶け込むようイメージした。自分が唯一知っている夢から現実世界に戻る方法であり、それこそ小学生の頃から使っていた。
 
「……あれ?」

 しばらく経過してから目を開くと、まだ教室の中にいた。

 ──何で? 今まで失敗した事なんてなかったのに!

 理世は席を立った。目が覚めないのなら、せめて夢の内容に変化をもたらしたかった。

 ──この後授業なんて嫌だもんね。

 教室後方のドアから外に出ようとした時だった。

「理世ちゃん」

 何処かで聞いた事のあるような声に振り向いた理世は、思わず眉をひそめた。小学校入学から間もない頃、嫌がらせされた挙句、謝罪までさせられたあの二人が、当時の姿のままで横並びに立っていた。

「理世ちゃん、学校終わったら三人で一緒に遊ぼうよ」

「……嫌よ」理世は自分でも驚く程冷たい声で答えた。「習い事も何もないけど、あなたたちと遊ぶのは嫌」

「えー、ひっどーい!」

「友達なのに遊べないんだー? 最低サイテー!」

「あなたたちなんて、友達じゃない」

 エリとリエは顔を見合わせると、クスクスと笑った。

「……何? 言いたい事があるならはっきり言って!」

 二人は答えず、クスクス笑いを続けるだけだった。カッとなった理世は、思わずエリを突き飛ばした。小さな体はすぐ近くの椅子と机にぶつかり、床に倒れ込んだ。いつの間にか他の生徒たちはいなくなっていた。

「……あなたもよ」

 棒立ちになり無言のままこちらを見ているリエも突き飛ばすと、エリと同じように椅子と机にぶつかったが、倒れなかった。

「あー、いけないんだー」いつの間にか立ち上がっていたエリが、ニヤニヤ笑いながら言った。「先生に言ってやろーっ」

「言ってやろーっ」リエもエリと一緒になって笑った。

 理世は我に返り、教室を飛び出した。廊下を走り、途中で窓から外に飛び降りて華麗に着地を決めると、知らない道を再び走り出した。とにかく遠くへ逃げなくては。しばらく隠れていれば、きっと向こうも諦めるだろう。
 知っているようで知らない道を脇目も振らずに走り続け、気付くと理世は、偽イワザワさんが現れた空き家の前までやって来ていた。

「ここは怖いんだよなあ……」

 そう言いながらも理世は、当たり前のように玄関引き戸を開けた。真っ暗闇が出迎えたが、数秒後には勝手に明かりが点き、モカの家だと判明して安心した。

「お邪魔しまーす」

 誰も出て来なかったが、理世は遠慮なく土足のまま上がると、迷う事なく階段を上り、モカの部屋へと入った。

 ──!!

 室内は、先程までいた一年一組の教室になっていた。

「やだ……せっかく逃げて来たのに!」

 生徒も教師も見当たらないが、いつ誰が来るかわからない。外に出ようとした理世だったが、教室後方の窓側に誰かが二人倒れている事に気付くと、列の乱れた机の間を縫って近寄った。

「あ……」

 倒れているのはエリとリエだった。二人共、口に何重ものガムテープが雑に貼られ、両手両足をロープで縛られている。理世に気付くと必死に体を動かし、モゴモゴと言葉にならない言葉を発した。

「な、何でこんな──」

「殺せ」

 何処からともなく男の声が聞こえた。

「そいつらを殺せ」

「だ、誰?」

 周囲を見回した理世は、壁際のランドセルロッカーに、柄の長い斧や鉄パイプが立て掛けられている事に気付いた。

 ──さっきまであったっけ……?

 更にロッカーの中には、一マスごとに一つずつ、拳銃ハンドガンや折り畳みナイフ、髑髏マークのラベルが貼られた何らかの液体が入った透明な小瓶など、様々な武器が入っている。

「これは……」

「殺せ。憎いんだろ。殺しちまえ」

 戸惑いながらもロッカーを見やっていた理世は、ほぼ無意識のうちに武器の一つ──肉切り包丁を手に取った。それからゆっくりとエリとリエの方を向くと、二人は必死の形相で何かを訴え始めた。

 ──ああ、命乞いしてるんだ。

 理世はゆっくりと二人に近付き、足元まで来ると止まった。

「さあ殺せ」男の声からは、この状況を楽しんでいるのが感じられた。「ブチ殺せ。生意気なガキ共に復讐しろ」

「……あなた、わたしに取り憑いている人だよね?」

 理世は返事を待ったが、男は答えなかった。

「病院の時と、偽のイワザワさんの時に、助けてくれたよね。有難う」

 再び待ってみたが、やはり返事はないので構わず続ける。

「あのね、もしかしたら今のこの状況も、わたしのためを思ってくれたのかもしれないけど……でも……」

 理世はかぶりを振ると、肉切り包丁を二人から離れた方へ投げ捨てた。

「駄目だよ、こんな事。さっきはあまりに頭にきて突き飛ばしちゃったけど……相手が誰であっても、どんなに頭にくる人であっても、やっぱり傷付けちゃ駄目だよ。ましてや殺すなんて。わたしには殺せない。殺さない」

 数秒の間の後に、舌打ちと声が後ろから聞こえた。

「善人ぶってんじゃねえぞ、グズ女」



 振り向いた瞬間、理世は目を覚ました。状況を呑み込むのに少々時間が掛かったが、上体を起こして暗い部屋を見回すと、安堵の溜め息を吐いた。
 残念ながら男の姿を目にする事は出来なかった。声を聞いた限りではまだ若いように思えたが、それ以外は何もわからないままだ。

「だからさ……グズ女は酷くなーい?」








 

 


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

幸せの島

土偶の友
ホラー
夏休み、母に連れられて訪れたのは母の故郷であるとある島。 初めて会ったといってもいい祖父母や現代とは思えないような遊びをする子供たち。 そんな中に今年10歳になる大地は入っていく。 彼はそこでどんな結末を迎えるのか。 完結しましたが、不明な点があれば感想などで聞いてください。 エブリスタ様、カクヨム様、小説家になろう様、ノベルアップ+様でも投稿しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ファムファタールの函庭

石田空
ホラー
都市伝説「ファムファタールの函庭」。最近ネットでなにかと噂になっている館の噂だ。 男性七人に女性がひとり。全員に指令書が配られ、書かれた指令をクリアしないと出られないという。 そして重要なのは、女性の心を勝ち取らないと、どの指令もクリアできないということ。 そんな都市伝説を右から左に受け流していた今時女子高生の美羽は、彼氏の翔太と一緒に噂のファムファタールの函庭に閉じ込められた挙げ句、見せしめに翔太を殺されてしまう。 残された六人の見知らぬ男性と一緒に閉じ込められた美羽に課せられた指令は──ゲームの主催者からの刺客を探し出すこと。 誰が味方か。誰が敵か。 逃げ出すことは不可能、七日間以内に指令をクリアしなくては死亡。 美羽はファムファタールとなってゲームをコントロールできるのか、はたまた誰かに利用されてしまうのか。 ゲームスタート。 *サイトより転載になります。 *各種残酷描写、反社会描写があります。それらを増長推奨する意図は一切ございませんので、自己責任でお願いします。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

処理中です...