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第2話 イワザワさん
05 目的地
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「見付けました、雑賀理世さん」
神社に向かっていた理世は、その途中、空き家の中から伸びてきた青白い手に胸倉を掴まれ、闇の中に引っ張り込まれそうになった。
幸いにも、理世が悲鳴を上げるのとほぼ同時に、青白い手はまるで攻撃でも受けたかのように怯んで引っ込んだので、難を逃れた。
ところがその後、理世は恐怖と混乱から、神社方面ではなく元来た方へと逃げ出してしまった。そしてふと気付いた時には、正反対方向のショッピングセンター〈NEON〉付近まで来ていたのだった。
急に走ったので息が切れ、脚や脇腹が痛む。〈NEON〉内のフードコートで、ジュースでも飲みながらゆっくり休みたいという誘惑に駆られたが、頭から振り払った。
──また何処から出て来るか、わかったもんじゃないからね。
理世はスマホを取り出し、新規メモを開いた。
──ねえ……親切な人。
逃げるよう忠告してくれた謎の存在に、口には出さずに尋ねる。
──この後、どうすればいいかな。神社の方に戻るのはリスクあるよね?
しばらく待ったものの反応はない。もう一度同じ問いを打ってみたが、やはりそのままだ。
──参ったな……どうしよう。
「うわーマジかよ、またダブったわ!」
「はいザコー! いらねーわ!」
〈NEON〉から、中学生くらいであろう四人の少年たちが出て来た。購入したカードゲームのパックを開封し、ああでもないこうでもないと騒ぎながら、歩道いっぱいに広がってこちらへと歩いて来る。
「まぁ~たカスレアだよ!」
「待ってあと一つなんだけど。頼むいいやつ出てくれ!」
「これさ、カードショップで単品買いした方が早くね?」
「はいキターまたゴミ~!」
四人が通り過ぎてゆく際、理世は後ろにもう一人いる事に気付いた。全身黒ずくめ──いや、どういうわけか体全体がまっ黒で、はっきり姿が見えない。それはまるで、空き家の中に広がっていた闇が人の形を成したようだった。
「雑賀理世さん、見付けました」
最後まで聞かないうちに、理世は逃げ出していた。
──あの公園の近くを通り掛かったのはラッキーだったな……。
行き先など頭になく、我武者羅に走り続けた結果、モカの弟・タケルとその友人のマサルに偶然出くわした理世は、タケルからイワザワさんがどういう存在であるかを聞き出し、意外な事実を知った。自分を付け狙うイワザワさん=都市伝説のイワザワさんではないようなのだ。
〝イワザワさんっていうのは、悪戯好きな、小さい妖怪みたいなやつです〟
〝一〇センチから一五センチくらいの。見た目はおじさんのような、おばさんのような〟
〝それは別の存在だね〟
〝おねえさんが思い浮かべているのは、イワザワさんじゃないんだよ〟
──それじゃあ、わたしを狙っているのは一体何者……?
理世は、タケルとマサルとのやり取りを思い返しつつ、小走りで最寄りの西日張駅へと向かった。
──とにかく、あの場所に着くまでに、捕まらないようにしなきゃ。
最初に走った際に痛めた脇腹がまだ自己主張しているが、努めて無視するしかなかった。足を止める時間が長いと、その分危険が増す。
幸いにも、西日張に到着するまでは何事も起きず、快速電車がすぐに来た。目的の駅──新六堂までは三分も掛からない。しかしそれでも安心は出来ず、理世は周囲を警戒しながらドア横の手摺りに掴まった。
──もしここで偽イワザワさんが出て来たら……どうしよう?
「大丈夫だよ」
落ち着いた子供の声に、理世は振り返った。ドアとドアの中間辺りに、タンクトップと半ズボン姿という、この時季には少々寒そうな服装の坊主頭の少年が立っている。
「大丈夫だよ。おいらがこうして見張ってる限り、あの子は悪戯出来ない」
「マサル君! どうしてここに? タケル君と遊んでたんじゃないの?」
「おねえさん、あの子に会いに行くんでしょ」
電車がゆっくりと発進する。
「おいらもあの子に用があるから」マサルは妙に大人びた微笑みを見せた。
「えっと……わたしが誰に会いに行くか、マサル君はわかってるの?」
「うん。それに、おねえさんが困っている原因があの子にあるって事も。おねえさんもそれに気付いたから、今から向かうんでしょ」
「そうだけど……」
電車が大きく揺れ、ガタンガタンと音を立てた。理世は咄嗟に片手を伸ばしたが、マサルは微動だにしていない。
「ほら、もう着くよ」
電車が出てから、まだ一分程しか経過していないはずだ。しかしマサルの言う通り、新六堂付近の景色が目に入ってきた。
「マサル君……あなたは一体……?」
「降り忘れないようにね。おねえさん、ちょっとドジなとこあるでしょ」
「え、ええっ? そんな事──」
電車が止まり自分側のドアが開くと、理世は他の客と共に降りた。人波を避けた所で振り返り、マサルの姿を探してみたが、何処にもいなかった。
神社に向かっていた理世は、その途中、空き家の中から伸びてきた青白い手に胸倉を掴まれ、闇の中に引っ張り込まれそうになった。
幸いにも、理世が悲鳴を上げるのとほぼ同時に、青白い手はまるで攻撃でも受けたかのように怯んで引っ込んだので、難を逃れた。
ところがその後、理世は恐怖と混乱から、神社方面ではなく元来た方へと逃げ出してしまった。そしてふと気付いた時には、正反対方向のショッピングセンター〈NEON〉付近まで来ていたのだった。
急に走ったので息が切れ、脚や脇腹が痛む。〈NEON〉内のフードコートで、ジュースでも飲みながらゆっくり休みたいという誘惑に駆られたが、頭から振り払った。
──また何処から出て来るか、わかったもんじゃないからね。
理世はスマホを取り出し、新規メモを開いた。
──ねえ……親切な人。
逃げるよう忠告してくれた謎の存在に、口には出さずに尋ねる。
──この後、どうすればいいかな。神社の方に戻るのはリスクあるよね?
しばらく待ったものの反応はない。もう一度同じ問いを打ってみたが、やはりそのままだ。
──参ったな……どうしよう。
「うわーマジかよ、またダブったわ!」
「はいザコー! いらねーわ!」
〈NEON〉から、中学生くらいであろう四人の少年たちが出て来た。購入したカードゲームのパックを開封し、ああでもないこうでもないと騒ぎながら、歩道いっぱいに広がってこちらへと歩いて来る。
「まぁ~たカスレアだよ!」
「待ってあと一つなんだけど。頼むいいやつ出てくれ!」
「これさ、カードショップで単品買いした方が早くね?」
「はいキターまたゴミ~!」
四人が通り過ぎてゆく際、理世は後ろにもう一人いる事に気付いた。全身黒ずくめ──いや、どういうわけか体全体がまっ黒で、はっきり姿が見えない。それはまるで、空き家の中に広がっていた闇が人の形を成したようだった。
「雑賀理世さん、見付けました」
最後まで聞かないうちに、理世は逃げ出していた。
──あの公園の近くを通り掛かったのはラッキーだったな……。
行き先など頭になく、我武者羅に走り続けた結果、モカの弟・タケルとその友人のマサルに偶然出くわした理世は、タケルからイワザワさんがどういう存在であるかを聞き出し、意外な事実を知った。自分を付け狙うイワザワさん=都市伝説のイワザワさんではないようなのだ。
〝イワザワさんっていうのは、悪戯好きな、小さい妖怪みたいなやつです〟
〝一〇センチから一五センチくらいの。見た目はおじさんのような、おばさんのような〟
〝それは別の存在だね〟
〝おねえさんが思い浮かべているのは、イワザワさんじゃないんだよ〟
──それじゃあ、わたしを狙っているのは一体何者……?
理世は、タケルとマサルとのやり取りを思い返しつつ、小走りで最寄りの西日張駅へと向かった。
──とにかく、あの場所に着くまでに、捕まらないようにしなきゃ。
最初に走った際に痛めた脇腹がまだ自己主張しているが、努めて無視するしかなかった。足を止める時間が長いと、その分危険が増す。
幸いにも、西日張に到着するまでは何事も起きず、快速電車がすぐに来た。目的の駅──新六堂までは三分も掛からない。しかしそれでも安心は出来ず、理世は周囲を警戒しながらドア横の手摺りに掴まった。
──もしここで偽イワザワさんが出て来たら……どうしよう?
「大丈夫だよ」
落ち着いた子供の声に、理世は振り返った。ドアとドアの中間辺りに、タンクトップと半ズボン姿という、この時季には少々寒そうな服装の坊主頭の少年が立っている。
「大丈夫だよ。おいらがこうして見張ってる限り、あの子は悪戯出来ない」
「マサル君! どうしてここに? タケル君と遊んでたんじゃないの?」
「おねえさん、あの子に会いに行くんでしょ」
電車がゆっくりと発進する。
「おいらもあの子に用があるから」マサルは妙に大人びた微笑みを見せた。
「えっと……わたしが誰に会いに行くか、マサル君はわかってるの?」
「うん。それに、おねえさんが困っている原因があの子にあるって事も。おねえさんもそれに気付いたから、今から向かうんでしょ」
「そうだけど……」
電車が大きく揺れ、ガタンガタンと音を立てた。理世は咄嗟に片手を伸ばしたが、マサルは微動だにしていない。
「ほら、もう着くよ」
電車が出てから、まだ一分程しか経過していないはずだ。しかしマサルの言う通り、新六堂付近の景色が目に入ってきた。
「マサル君……あなたは一体……?」
「降り忘れないようにね。おねえさん、ちょっとドジなとこあるでしょ」
「え、ええっ? そんな事──」
電車が止まり自分側のドアが開くと、理世は他の客と共に降りた。人波を避けた所で振り返り、マサルの姿を探してみたが、何処にもいなかった。
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