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第1話 301号室
05 グズ女
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「──。理、世!」
──!?
はたと気付くと、すぐ目の前にモカの顔。
「わっ!? 痛っ!」
驚いた拍子に、理世は何かに頭をぶつけた。振り向くと、すぐ後ろは壁だった。
「ちょっ、こっちがビックリだよ」
「え……えっ!?」
「他に人がいたとはいえ、そんなに時間掛かったつもりはなかったんだけど、あんた爆睡してたみたいだよ」モカは小さく笑った。
理世は今の自分の状況をとりあえず理解した。どういうわけか、エントランス隅の壁際の黒いソファに座っている。
──な、何で……?
非常階段を駆け下り、一階のドアを開いて転がり込んだところまでは覚えているが、その後ソファまで移動した記憶が全くない。
「ほら、そろそろ行くよ」
「モカ! あ、あの、えっと」
「ん?」
「バッジ! わたし、バッジ探しに三階に行ったのに……」
「まぁ~だ寝惚けてんのかいっ」
モカは理世の額を指先で弾いた。
「痛っ」
「バッジなら、今あたしが二人分返して来たんでしょーがっ」
二週間後、夏休み最終日の夕方。
〝おかげさまで、良性腫瘍でした! 癌じゃなかったよ!!〟
「やっ……たああ!」
ナナノからスマホに届いたメッセージに、リビングのソファでダラけていた理世は思わず飛び上がった。
「帰って来たら両親にも教えないと!」
それから一分と経たずに、モカからもメッセージが届いた。
〝ナナポタからのメッセージ見た!?〟
「見たよ見たよ、っと」
〝ちょっと待ってて。今あたしが三人用のグループ作るから、続きはそっちで〟
「よろしく、っと……」
モカに返信すると、理世は改めて安堵の溜め息を吐き、涙を拭った。
「本当に良かった……!」
悪性の可能性もゼロじゃなさそうだとナナノの口から聞かされた時は、自分の事のようにショックだったが、神社での祈りが効き、そしてナナノが生まれ持った強運も勝ったのだろう。
──それにしても……。
モカと301号室を出た後の、一連の出来事は一体何だったのだろうか。
理世は確かに、バッジを落としたから拾いに行くという旨のやり取りをモカとしたはずだった。三階に戻ってから、あの謎の女──既にこの世を去った者の怨念か、生霊かはわからないが──に怖い目に遭わされた事だって、現実だったはずだ。あのカラスは、三人で部屋にいた時に一度目にしている──自分だけだが。
──それと……。
〝カラスの非常階段だ、このグズ女〟
エレベーター前で謎の女に追い詰められた際に聞こえてきた、これまた謎の男の声。
──もしかして、わたしに取り憑いている誰かが助けてくれた……?
理世は、ソファの前のローテーブルに置いてある、レモンクリーム色の丸い置き鏡をそっと覗き込んだ。自分以外の何者かの顔──それなりに不気味な容貌の──が一緒に映るのではないかと覚悟していたが、杞憂に終わった。
──誰だかはっきりわかんないけど、助けてくれて有難う。
理世は置き鏡から顔を上げ、
「でも……グズ女はちょっと酷くなーい?」
カーテン越しに夕日が降り注ぐリビングに、独り言が虚しく響いた。
──!?
はたと気付くと、すぐ目の前にモカの顔。
「わっ!? 痛っ!」
驚いた拍子に、理世は何かに頭をぶつけた。振り向くと、すぐ後ろは壁だった。
「ちょっ、こっちがビックリだよ」
「え……えっ!?」
「他に人がいたとはいえ、そんなに時間掛かったつもりはなかったんだけど、あんた爆睡してたみたいだよ」モカは小さく笑った。
理世は今の自分の状況をとりあえず理解した。どういうわけか、エントランス隅の壁際の黒いソファに座っている。
──な、何で……?
非常階段を駆け下り、一階のドアを開いて転がり込んだところまでは覚えているが、その後ソファまで移動した記憶が全くない。
「ほら、そろそろ行くよ」
「モカ! あ、あの、えっと」
「ん?」
「バッジ! わたし、バッジ探しに三階に行ったのに……」
「まぁ~だ寝惚けてんのかいっ」
モカは理世の額を指先で弾いた。
「痛っ」
「バッジなら、今あたしが二人分返して来たんでしょーがっ」
二週間後、夏休み最終日の夕方。
〝おかげさまで、良性腫瘍でした! 癌じゃなかったよ!!〟
「やっ……たああ!」
ナナノからスマホに届いたメッセージに、リビングのソファでダラけていた理世は思わず飛び上がった。
「帰って来たら両親にも教えないと!」
それから一分と経たずに、モカからもメッセージが届いた。
〝ナナポタからのメッセージ見た!?〟
「見たよ見たよ、っと」
〝ちょっと待ってて。今あたしが三人用のグループ作るから、続きはそっちで〟
「よろしく、っと……」
モカに返信すると、理世は改めて安堵の溜め息を吐き、涙を拭った。
「本当に良かった……!」
悪性の可能性もゼロじゃなさそうだとナナノの口から聞かされた時は、自分の事のようにショックだったが、神社での祈りが効き、そしてナナノが生まれ持った強運も勝ったのだろう。
──それにしても……。
モカと301号室を出た後の、一連の出来事は一体何だったのだろうか。
理世は確かに、バッジを落としたから拾いに行くという旨のやり取りをモカとしたはずだった。三階に戻ってから、あの謎の女──既にこの世を去った者の怨念か、生霊かはわからないが──に怖い目に遭わされた事だって、現実だったはずだ。あのカラスは、三人で部屋にいた時に一度目にしている──自分だけだが。
──それと……。
〝カラスの非常階段だ、このグズ女〟
エレベーター前で謎の女に追い詰められた際に聞こえてきた、これまた謎の男の声。
──もしかして、わたしに取り憑いている誰かが助けてくれた……?
理世は、ソファの前のローテーブルに置いてある、レモンクリーム色の丸い置き鏡をそっと覗き込んだ。自分以外の何者かの顔──それなりに不気味な容貌の──が一緒に映るのではないかと覚悟していたが、杞憂に終わった。
──誰だかはっきりわかんないけど、助けてくれて有難う。
理世は置き鏡から顔を上げ、
「でも……グズ女はちょっと酷くなーい?」
カーテン越しに夕日が降り注ぐリビングに、独り言が虚しく響いた。
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