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05.ワケアリですね。分かります。
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瞬きを一回したかどうかという体感で、景色は一変していた。
森の中なのは変わりはないようだが、空が見えた。人工的に作られただろうぽっかりと空いた空間の真ん中に建物がある。
丸太で出来た、別荘というには小さすぎる、小屋というには大きすぎる建物が目の前にあった。5段ほどの階段を上ったところにある扉は上部が扇形になっていて、可愛らしく見える。
ファンシーな雰囲気を持っている建物と、目の前のローブ男がミスマッチだ。
空を覆う樹木がない割には思っていたよりも薄暗く、数十分前の快晴の青空が懐かしい。
「こっち、来て」
ぽかんと口を開けて空を見上げていた悠斗は握ったままだった手をくいくいと引かれて男に視線を戻した。相変わらずの全身ローブ男。改めて見るとやっぱり怪しい。それでも今はこの男について行こうと決めて、悠斗は彼に従って歩き出した。
***
(うーん……、サイズ感……が、なあ……?)
男が開け放った扉の向こうが、気のせいでは済まされないレベルに広い。小屋に毛が生えた外観からは想像がつかない室内に、悠斗の首がぐいんと傾げられる。
「そこの椅子、座ってて」
「あ、はい。すみません」
――もしかしなくても、魔法使いだよなあ。
壁まである棚の向こうに行ってしまった男の言葉に従って一人掛けの木製の椅子に座り、室内をぐるりと見回す。
やっぱり広い。どうあっても広い。
一人用のテーブルと椅子。奥にはソファーもあるがそちらもやっぱり一人掛け。男が一人で住んでいることが窺えた。
壁を埋める棚には瓶や本が並んでいて、観葉植物――とはいえ、飾りではなく実用的な予感がした――がところどころに置いてある。カウンターがない以外は、ファンタジーRPGで見る雑貨屋によく似ていた。薬草とか売ってそう。
あまりじろじろ見ても失礼かと温もりが残っている手のひらをぐーぱーぐーぱー閉じたり開いたりして遊ぶ。いつ何が出てくるか分からない森から室内へランクアップしたというのにどうにも落ち着かなかった。見知らぬ人間の家で即座に落ち着けるほどの強心臓は残念ながら持ち合わせていない。
小さく深呼吸して、そわそわと揺れそうな体をぐっと留める。
「空間拡張魔法……的な……」
「そんな感じ」
独り言への回答が思いの外近くから声が掛かって、手のひらに落としていた視線をあげる。
ぱちくりと目を瞬かせた。
「い、い……」
「い?」
「イケメンですね……」
年齢不詳・推定男性の全身ローブ男の中身がイケメンでした。
フードだけ外されていて、ローブ男改めイケメンの顔がはっきりと見えた。ローブの下に続いているだろう髪はプラチナブロンド、薄紫色の瞳は声と同じく感情が窺えない。間違いなく言えることは、人生でそうお目にかかることのない美形だということだ。少なくとも、悠斗はない。テレビの向こうの洋画俳優でも、こんな美形がいたかは記憶にない。
だからこそ、声が詰まったし、思わず感嘆混じりの声が漏れた。
「イケメン」
「あっ、えっと、すごい美形だなって」
「うん、意味は分かる。大丈夫」
ことりと白い陶器製のマグカップが置かれた。彼は別のを持っているから、悠斗のだろう。ちら、と視線を向けると無言の問いかけが分かったのか綺麗な顔が上下に動く。
「飲んで」
「……ありがとうございます」
両手で持って初めて自分の指先が冷えていたのを自覚した。そこまで寒さを感じなかったから、緊張のせいかもしれない。
いきなりこんなことになったら無理もないかとカップで暖を取りながら中に入った液体を見つめる。
「あの、俺、ここが何処か分かってなくて」
「――うん」
「もしかして、俺、異世界から来たのかな、とか、……いや、非現実的だなって思うんですけど! そもそも俺にとってはさっきの魔法? とか非現実の極みだから信じるしかないのかなって思って」
「うん」
「で、マジで途方に暮れてて、……あの、聞いてます?」
悠斗をじっと見て相槌を打ってはいるものの、表情は相変わらず無だ。もうちょっと驚くとか疑うとかそういう反応が返って来るのではと身構えていた悠斗としては拍子抜けだった。
決死の覚悟で話し出したのに無関心はやめていただきたい。
「聞いてる。大変だったね」
「――――そう! 大変なんですよ!!」
「聞こえてる」
「いや、だからー……なんでそんな、もっと驚きません?」
「……しばらく人と話してなかったから、どう反応するのかあんまり、思い出せない」
「しばらくって?」
「多分……5年以上」
あ、ワケアリのタイプですね。分かります。
ヒートアップしかけた頭が冷静にツッコミを入れて、幸か不幸かちょっとだけ落ち着きを取り戻した。
背もたれに身を預けて、カイロ代わりにしていた飲み物にくちをつける。独特の癖のあるミルクに何か甘味が入っていて身体に染みた。
ふううううううと細く長く息を吐き出す。
過去を辿っているのか考えるように首を傾げるしぐさはまあまあ可愛い。高校時代にクラスの女子が言っていた『ただしイケメンに限る』の実例をこんなところで見ることになるとは思わなかった。どんな仕草をされても、最後にそれをつけてアリだなと思ってしまいそうだ。
「何?」
「イケメンだなあって」
「――――ありが、とう?」
ほら、そういうとこ。
無機質な感じがすさまじくて、もしかして人間じゃないのでは、とか疑ってしまうのでやめてほしい。
まだ人外と遭遇する覚悟は出来ていませんので。
森の中なのは変わりはないようだが、空が見えた。人工的に作られただろうぽっかりと空いた空間の真ん中に建物がある。
丸太で出来た、別荘というには小さすぎる、小屋というには大きすぎる建物が目の前にあった。5段ほどの階段を上ったところにある扉は上部が扇形になっていて、可愛らしく見える。
ファンシーな雰囲気を持っている建物と、目の前のローブ男がミスマッチだ。
空を覆う樹木がない割には思っていたよりも薄暗く、数十分前の快晴の青空が懐かしい。
「こっち、来て」
ぽかんと口を開けて空を見上げていた悠斗は握ったままだった手をくいくいと引かれて男に視線を戻した。相変わらずの全身ローブ男。改めて見るとやっぱり怪しい。それでも今はこの男について行こうと決めて、悠斗は彼に従って歩き出した。
***
(うーん……、サイズ感……が、なあ……?)
男が開け放った扉の向こうが、気のせいでは済まされないレベルに広い。小屋に毛が生えた外観からは想像がつかない室内に、悠斗の首がぐいんと傾げられる。
「そこの椅子、座ってて」
「あ、はい。すみません」
――もしかしなくても、魔法使いだよなあ。
壁まである棚の向こうに行ってしまった男の言葉に従って一人掛けの木製の椅子に座り、室内をぐるりと見回す。
やっぱり広い。どうあっても広い。
一人用のテーブルと椅子。奥にはソファーもあるがそちらもやっぱり一人掛け。男が一人で住んでいることが窺えた。
壁を埋める棚には瓶や本が並んでいて、観葉植物――とはいえ、飾りではなく実用的な予感がした――がところどころに置いてある。カウンターがない以外は、ファンタジーRPGで見る雑貨屋によく似ていた。薬草とか売ってそう。
あまりじろじろ見ても失礼かと温もりが残っている手のひらをぐーぱーぐーぱー閉じたり開いたりして遊ぶ。いつ何が出てくるか分からない森から室内へランクアップしたというのにどうにも落ち着かなかった。見知らぬ人間の家で即座に落ち着けるほどの強心臓は残念ながら持ち合わせていない。
小さく深呼吸して、そわそわと揺れそうな体をぐっと留める。
「空間拡張魔法……的な……」
「そんな感じ」
独り言への回答が思いの外近くから声が掛かって、手のひらに落としていた視線をあげる。
ぱちくりと目を瞬かせた。
「い、い……」
「い?」
「イケメンですね……」
年齢不詳・推定男性の全身ローブ男の中身がイケメンでした。
フードだけ外されていて、ローブ男改めイケメンの顔がはっきりと見えた。ローブの下に続いているだろう髪はプラチナブロンド、薄紫色の瞳は声と同じく感情が窺えない。間違いなく言えることは、人生でそうお目にかかることのない美形だということだ。少なくとも、悠斗はない。テレビの向こうの洋画俳優でも、こんな美形がいたかは記憶にない。
だからこそ、声が詰まったし、思わず感嘆混じりの声が漏れた。
「イケメン」
「あっ、えっと、すごい美形だなって」
「うん、意味は分かる。大丈夫」
ことりと白い陶器製のマグカップが置かれた。彼は別のを持っているから、悠斗のだろう。ちら、と視線を向けると無言の問いかけが分かったのか綺麗な顔が上下に動く。
「飲んで」
「……ありがとうございます」
両手で持って初めて自分の指先が冷えていたのを自覚した。そこまで寒さを感じなかったから、緊張のせいかもしれない。
いきなりこんなことになったら無理もないかとカップで暖を取りながら中に入った液体を見つめる。
「あの、俺、ここが何処か分かってなくて」
「――うん」
「もしかして、俺、異世界から来たのかな、とか、……いや、非現実的だなって思うんですけど! そもそも俺にとってはさっきの魔法? とか非現実の極みだから信じるしかないのかなって思って」
「うん」
「で、マジで途方に暮れてて、……あの、聞いてます?」
悠斗をじっと見て相槌を打ってはいるものの、表情は相変わらず無だ。もうちょっと驚くとか疑うとかそういう反応が返って来るのではと身構えていた悠斗としては拍子抜けだった。
決死の覚悟で話し出したのに無関心はやめていただきたい。
「聞いてる。大変だったね」
「――――そう! 大変なんですよ!!」
「聞こえてる」
「いや、だからー……なんでそんな、もっと驚きません?」
「……しばらく人と話してなかったから、どう反応するのかあんまり、思い出せない」
「しばらくって?」
「多分……5年以上」
あ、ワケアリのタイプですね。分かります。
ヒートアップしかけた頭が冷静にツッコミを入れて、幸か不幸かちょっとだけ落ち着きを取り戻した。
背もたれに身を預けて、カイロ代わりにしていた飲み物にくちをつける。独特の癖のあるミルクに何か甘味が入っていて身体に染みた。
ふううううううと細く長く息を吐き出す。
過去を辿っているのか考えるように首を傾げるしぐさはまあまあ可愛い。高校時代にクラスの女子が言っていた『ただしイケメンに限る』の実例をこんなところで見ることになるとは思わなかった。どんな仕草をされても、最後にそれをつけてアリだなと思ってしまいそうだ。
「何?」
「イケメンだなあって」
「――――ありが、とう?」
ほら、そういうとこ。
無機質な感じがすさまじくて、もしかして人間じゃないのでは、とか疑ってしまうのでやめてほしい。
まだ人外と遭遇する覚悟は出来ていませんので。
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