上 下
5 / 21

05.ワケアリですね。分かります。

しおりを挟む
 瞬きを一回したかどうかという体感で、景色は一変していた。

 森の中なのは変わりはないようだが、空が見えた。人工的に作られただろうぽっかりと空いた空間の真ん中に建物がある。

 丸太で出来た、別荘というには小さすぎる、小屋というには大きすぎる建物が目の前にあった。5段ほどの階段を上ったところにある扉は上部が扇形になっていて、可愛らしく見える。
 ファンシーな雰囲気を持っている建物と、目の前のローブ男がミスマッチだ。

 空を覆う樹木がない割には思っていたよりも薄暗く、数十分前の快晴の青空が懐かしい。

「こっち、来て」

 ぽかんと口を開けて空を見上げていた悠斗は握ったままだった手をくいくいと引かれて男に視線を戻した。相変わらずの全身ローブ男。改めて見るとやっぱり怪しい。それでも今はこの男について行こうと決めて、悠斗は彼に従って歩き出した。



 ***



(うーん……、サイズ感……が、なあ……?)

 男が開け放った扉の向こうが、気のせいでは済まされないレベルに広い。小屋に毛が生えた外観からは想像がつかない室内に、悠斗の首がぐいんと傾げられる。

「そこの椅子、座ってて」
「あ、はい。すみません」

 ――もしかしなくても、魔法使いだよなあ。

 壁まである棚の向こうに行ってしまった男の言葉に従って一人掛けの木製の椅子に座り、室内をぐるりと見回す。
 やっぱり広い。どうあっても広い。
 一人用のテーブルと椅子。奥にはソファーもあるがそちらもやっぱり一人掛け。男が一人で住んでいることが窺えた。

 壁を埋める棚には瓶や本が並んでいて、観葉植物――とはいえ、飾りではなく実用的な予感がした――がところどころに置いてある。カウンターがない以外は、ファンタジーRPGで見る雑貨屋によく似ていた。薬草とか売ってそう。

 あまりじろじろ見ても失礼かと温もりが残っている手のひらをぐーぱーぐーぱー閉じたり開いたりして遊ぶ。いつ何が出てくるか分からない森から室内へランクアップしたというのにどうにも落ち着かなかった。見知らぬ人間の家で即座に落ち着けるほどの強心臓は残念ながら持ち合わせていない。
 小さく深呼吸して、そわそわと揺れそうな体をぐっと留める。

「空間拡張魔法……的な……」
「そんな感じ」

 独り言への回答が思いの外近くから声が掛かって、手のひらに落としていた視線をあげる。
 ぱちくりと目を瞬かせた。

「い、い……」
「い?」
「イケメンですね……」

 年齢不詳・推定男性の全身ローブ男の中身がイケメンでした。

 フードだけ外されていて、ローブ男改めイケメンの顔がはっきりと見えた。ローブの下に続いているだろう髪はプラチナブロンド、薄紫色の瞳は声と同じく感情が窺えない。間違いなく言えることは、人生でそうお目にかかることのない美形だということだ。少なくとも、悠斗はない。テレビの向こうの洋画俳優でも、こんな美形がいたかは記憶にない。
 だからこそ、声が詰まったし、思わず感嘆混じりの声が漏れた。

「イケメン」
「あっ、えっと、すごい美形だなって」
「うん、意味は分かる。大丈夫」

 ことりと白い陶器製のマグカップが置かれた。彼は別のを持っているから、悠斗のだろう。ちら、と視線を向けると無言の問いかけが分かったのか綺麗な顔が上下に動く。

「飲んで」
「……ありがとうございます」

 両手で持って初めて自分の指先が冷えていたのを自覚した。そこまで寒さを感じなかったから、緊張のせいかもしれない。
 いきなりこんなことになったら無理もないかとカップで暖を取りながら中に入った液体を見つめる。

「あの、俺、ここが何処か分かってなくて」
「――うん」
「もしかして、俺、異世界から来たのかな、とか、……いや、非現実的だなって思うんですけど! そもそも俺にとってはさっきの魔法? とか非現実の極みだから信じるしかないのかなって思って」
「うん」
「で、マジで途方に暮れてて、……あの、聞いてます?」

 悠斗をじっと見て相槌を打ってはいるものの、表情は相変わらず無だ。もうちょっと驚くとか疑うとかそういう反応が返って来るのではと身構えていた悠斗としては拍子抜けだった。
 決死の覚悟で話し出したのに無関心はやめていただきたい。

「聞いてる。大変だったね」
「――――そう! 大変なんですよ!!」
「聞こえてる」
「いや、だからー……なんでそんな、もっと驚きません?」
「……しばらく人と話してなかったから、どう反応するのかあんまり、思い出せない」
「しばらくって?」
「多分……5年以上」

 あ、ワケアリのタイプですね。分かります。

 ヒートアップしかけた頭が冷静にツッコミを入れて、幸か不幸かちょっとだけ落ち着きを取り戻した。
 背もたれに身を預けて、カイロ代わりにしていた飲み物にくちをつける。独特の癖のあるミルクに何か甘味が入っていて身体に染みた。
 ふううううううと細く長く息を吐き出す。

 過去を辿っているのか考えるように首を傾げるしぐさはまあまあ可愛い。高校時代にクラスの女子が言っていた『ただしイケメンに限る』の実例をこんなところで見ることになるとは思わなかった。どんな仕草をされても、最後にそれをつけてアリだなと思ってしまいそうだ。

「何?」
「イケメンだなあって」
「――――ありが、とう?」

 ほら、そういうとこ。
 無機質な感じがすさまじくて、もしかして人間じゃないのでは、とか疑ってしまうのでやめてほしい。

 まだ人外と遭遇する覚悟は出来ていませんので。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

彼の至宝

まめ
BL
十五歳の誕生日を迎えた主人公が、突如として思い出した前世の記憶を、本当にこれって前世なの、どうなのとあれこれ悩みながら、自分の中で色々と折り合いをつけ、それぞれの幸せを見つける話。

魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。

柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。 そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。 すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。 「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」 そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。 魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。 甘々ハピエン。

【完結】《BL》拗らせ貴公子はついに愛を買いました!

白雨 音
BL
ウイル・ダウェル伯爵子息は、十二歳の時に事故に遭い、足を引き摺る様になった。 それと共に、前世を思い出し、自分がゲイであり、隠して生きてきた事を知る。 転生してもやはり同性が好きで、好みも変わっていなかった。 令息たちに揶揄われた際、庇ってくれたオースティンに一目惚れしてしまう。 以降、何とか彼とお近付きになりたいウイルだったが、前世からのトラウマで積極的になれなかった。 時は流れ、祖父の遺産で悠々自適に暮らしていたウイルの元に、 オースティンが金策に奔走しているという話が聞こえてきた。 ウイルは取引を持ち掛ける事に。それは、援助と引き換えに、オースティンを自分の使用人にする事だった___  異世界転生:恋愛:BL(両視点あり) 全17話+エピローグ 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

華麗に素敵な俺様最高!

モカ
BL
俺は天才だ。 これは驕りでも、自惚れでもなく、紛れも無い事実だ。決してナルシストなどではない! そんな俺に、成し遂げられないことなど、ないと思っていた。 ……けれど、 「好きだよ、史彦」 何で、よりよってあんたがそんなこと言うんだ…!

参加型ゲームの配信でキャリーをされた話

ほしふり
BL
新感覚ゲーム発売後、しばらくの時間がたった。 五感を使うフルダイブは発売当時から業界を賑わせていたが、そこから次々と多種多様のプラットフォームが開発されていった。 ユーザー数の増加に比例して盛り上がり続けて今に至る。 そして…ゲームの賑わいにより、多くの配信者もネット上に存在した。 3Dのバーチャルアバターで冒険をしたり、内輪のコミュニティを楽しんだり、時にはバーチャル空間のサーバーで番組をはじめたり、発達と進歩が目に見えて繁栄していた。 そんな華やかな世界の片隅で、俺も個人のバーチャル配信者としてゲーム実況に勤しんでいた。

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

王弟転生

3333(トリささみ)
BL
※主人公および他の男性キャラが、女性キャラに恋愛感情を抱いている描写があります。 性描写はありませんが男性同士がセックスについて語ってる描写があります。 復讐・ざまあの要素は薄めです。 クランドル王国の王太子の弟アズラオはあるとき前世の記憶を思い出す。 それによって今いる世界が乙女ゲームの世界であること、自分がヒロインに攻略される存在であること、今ヒロインが辿っているのが自分と兄を籠絡した兄弟丼エンドであることを知った。 大嫌いな兄と裏切者のヒロインに飼い殺されるくらいなら、破滅した方が遙かにマシだ! そんな結末を迎えるくらいなら、自分からこの国を出て行ってやる! こうしてアズラオは恋愛フラグ撲滅のために立ち上がるのだった。

冤罪で投獄された異世界で、脱獄からスローライフを手に入れろ!

風早 るう
BL
ある日突然異世界へ転移した25歳の青年学人(マナト)は、無実の罪で投獄されてしまう。 物騒な囚人達に囲まれた監獄生活は、平和な日本でサラリーマンをしていたマナトにとって当然過酷だった。 異世界転移したとはいえ、何の魔力もなく、標準的な日本人男性の体格しかないマナトは、囚人達から揶揄われ、性的な嫌がらせまで受ける始末。 失意のどん底に落ちた時、新しい囚人がやって来る。 その飛び抜けて綺麗な顔をした青年、グレイを見た他の囚人達は色めき立ち、彼をモノにしようとちょっかいをかけにいくが、彼はとんでもなく強かった。 とある罪で投獄されたが、仲間思いで弱い者を守ろうとするグレイに助けられ、マナトは急速に彼に惹かれていく。 しかし監獄の外では魔王が復活してしまい、マナトに隠された神秘の力が必要に…。 脱獄から魔王討伐し、異世界でスローライフを目指すお話です。 *異世界もの初挑戦で、かなりのご都合展開です。 *性描写はライトです。

処理中です...