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花穂

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序盤

斎藤

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 カレンダーは7月に入って少し経った頃。蝉が鳴き始めると一気に暑さを感じるようになる。時刻は午後12時15分を回ったとこ。昼時で行き交う人も多い。俺も仕事で入っている現場の端っこでコンビニ飯を広げている。

「なぁー。俺昨日スロットで5000枚出したんやけどな」

 横から話しかけてきた男は同じ会社で働く斎藤。俺の先輩に当たる人物だが、問題も多い。先日も煽ってきた車に対してビール瓶を投げつけていたと聞いた。あくまでも聞いた話ではあるがこの男にはこの手の話が尽きないので恐らく本当だろう。

「オイ、聞いてるか?スロットで…」

 聞こえていないと思ったのかムッとした表情で同じ話を繰り返す斎藤。

「あ、すみません。5000枚って10万くらいですか?やっぱセンスありますねぇ!」

 興味ない話だが無視をするわけにもいかないので適当に話を合わせてやり過ごそう。そんな風に考えていたが次に斎藤が口にした言葉は適当に合わせるにはまだ俺の人生経験が足りていなかった。

「そやろ?それでな、臨時収入も入ったから久しぶりに大麻買おうと思ってるねん。もう2か月吸うてないわ。」

 さきほどの不機嫌な顔はどこにいったのか。もう歯を見せて幸せそうな顔をしている。だが、そんな事はどうでもいい。俺は動揺を隠して斎藤に聞いた。

「大麻ってあの大麻ですか?マリファナってやつ。違法でしょ?こんな田舎で売ってるとこあるんですか?」

 確かにメディアでは、若者の間で流行っている。とかSNS上で売買されている。なんて言ってるのを耳にしたことはある。だがメディアから流れてくる情報なんて自分には非日常的で関係ないと思っていた。そもそもSNSはやっているが普通の人は大麻なんて調べようと思わない。

「お前、遅れてるなぁ!パソコン得意やったやん!今はネットで買う時代やぞ!ちょっと見てみろや。」

 パソコンが得意なのと大麻事情に詳しい事はまったくもって関係がないでしょ。とは思ったが何も言わず俺の顔の前で揺らしている斎藤のスマホ画面を覗き込んだ。

「え?これ野菜って書いてますけど。しかも6000円って高くないですか?」

 斎藤が見せてきた画面には野菜、ハイグレード、手押しなどの言葉が並んでいるだけで大麻という言葉はどこにも見当たらない。だが、''ただ''の野菜には釣り合わないこのぶっ飛んだ値段設定で「あぁこれが大麻か」と悟ることができた。

「この野菜ってのが大麻なわけよ!ハイグレードは上物ってことで、手押しってのはな、指定した場所で金とネタを交換すること。SNS上で気に入ったネタ見つけたらこのアプリでメッセージ飛ばしたらってきてくれるで。」

 斎藤も話している内に興奮してきたのか鼻の穴を膨らませながらSNSでの売買について豪語している。どうやら、斎藤の話を整理するとSNS上で隠語で大麻を検索をする。検索で表示された売人に消えるメッセージアプリでメッセージを送る。そうすると指定した場所まで持ってきてくれるらしい。そこで現金と交換するのだそうだ。消えるメッセージアプリを使う理由は万が一売り手や買い手のどちらかが逮捕されても売買の証拠は消えているのでリスクを少しでも減らす為らしい。まじまじとスマホの画面を凝視する俺に斎藤が口を開いた。

「てかお前大麻に興味あるんやなぁ!よっしゃ分かった!」

 何が分かったのか分からないが、斎藤は満面の笑みだった。…まぁ見透かされるくらい前のめりで話を聞いていたのは事実だ。苦笑いする俺に斎藤がまた驚きの言葉を放った。

「ほな今日極上の一品吸わせたるわ!お世話になっとるプッシャーがおるねん!」

 これでもかというくらいのドヤ顔で右手の親指を突き出してくる斎藤には苛立ったがさすがに興味があるだけならまだしも、自分が大麻を吸うというのはありえない話なのである。

「いや、さすがに自分が吸うのはちょっと…さすがに勇気ないですね…。」

 勇気があるとか無いとかの問題じゃないことくらい分かっているが、上手い返しが思いつかなかった。と、いうよりも斎藤の話す大麻の魅力に引き付けられている自分が居たことは事実だ。

「まぁ気持ちは分かるで。初めは皆そうや!ほな、吸うか吸わんかは今決めんでええやん!1回俺が吸っとるとこ見て決めたらええねん!」

 悪い奴が薬物の道に誘う常套句だな。なんて思ったけど誰かが「それくらいならいいんじゃない?」と言っている気がした。多分俺の心の声だと思う。

「分かりました。」と答えてからは一日中足元がフワフワしていた。




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