明智小五郎(あけちしょうごろう)の事件簿【総集編】

鮫田鎮元斎

文字の大きさ
上 下
23 / 24
その4 本物っぽいのが出てきやがった

6

しおりを挟む
「っ……」

 刑事さん達は冷静だったけど、梓は違った。
 悔しそうに歯を食いしばり、すごい目つきで睨み付けていた。

「――失礼ですが、君は?」

 紳士そうな刑事さんが訪ねる。

「あ、ワタクシこういう者でして」

 あいつはしっかりと名刺を渡している。意外と私より年上なのかも……。

「ふむ……私立探偵、明智 小五郎こごろう……」
小五郎しょうごろうです。今回は、依頼主の無罪を証明してほしい、という依頼を受けてやってまいりました」

 しょうごろう……。すっごい紛らわしい名前なのね、彼。

「無実?」
「ええ、あそこの彼女……の無罪です」

 そういや名乗ってなかったわね……。
 私は会釈して病室に入った。その瞬間、梓が目をそらした。後ろめたいんだ。

「と、言うと?」
「彼女はとある殺人事件の容疑者、とされていると聞いています」
「……」
「ですが話を聞いた限りでは、違った――――おそらくそこの……名前は忘れましたが、彼女が犯人だと私は考えているんです」

 刑事さんの表情は動かなかった。信じていないんだ、あいつの事。

「根拠は3つ。1つ、凶器とされる刃物についた血痕。話を聞く限りだと……端っこに少しだけ血がついいていた、ということですが、合っていますか?」
「…………」
「その前提で進めると、矛盾がある。被害者がめった刺しにされたのに血が付いてなさすぎるんですよ」
「……犯人がふき取ったのではないかな?」 
「逆に聞きますが、感情的に人を殺した人間が、真っ先に、そして丁寧にナイフを拭けますか? ナイフを持って帰ろうとは思っても、すぐさまふき取ろうって考えないと思いますよ」
「それはあくまで君の主観的な意見だね」

 刑事さんの言う通りだ、今言っていることは全部あいつの推理――考え。
 視野が狭い、とか、言われるだけで崩れてしまう、弱い仮説?でしかないのよ。
 どうやって、残りのことを証明するつもりなんだろう……?

「とりあえず、私の主観的な意見を聞いていただきたい。二つ目の根拠として、犯行方法を挙げます。被害者はめった刺しにされた。ですが、鑑識の結果では凶器は刃物のようなもの、としか出ていない。つまり凶器が刃物でない可能性も出てくる」
「え……そんなのめった刺しにされてたらわかるわけないじゃない」
「全部同じ場所にさせる人がいたら、その人はプロだと思うけど?」

 あ、そっか。
 何度も何度も刺して、全部が全部同じ場所とは限らないわよね。

「故に私はこう考えた――氷をナイフ状にしたものが犯人の凶器である、と」
「はははっ! 君、推理小説の読みすぎだよ。そんなもの、普通の人間には作れるはずがない」
「時に、大家さん。あなたの友達は、確か彫刻をやっていましたよね?」
「ええ……」
「つまり、私が犯人とした、そこの彼女は彫刻をやっているので犯行が可能だ」
「ふむ、実に興味深い“想像”だが、生憎と証拠がないね」

 そうよ……証拠。
 確かにここまで来たら私も梓が犯人だって信じるけど、そんなんじゃ警察は動かないわ……。
 どうする気なのよ?

「根拠その3――――」

 そう言ってあいつが取り出したのは――――水筒。ちょっと小さくて、女の人向けっぽいやつ。

「氷のナイフには一つ欠点がある。それは溶けてしまうことだ。これに入れておけば長時間保管でき、かつ目立たない」
「――……それが、私のじゃなかったら?」

 梓が辛うじて反論するが、あいつは気にせずに言った。

「実はこれ、大家さんの部屋に隠してあったのを見つけたやつさ。関連性が無くて押収されてなかったみたいだね。そこではこう考える。凶器をほかの包丁と一緒に仕舞える人間が、もっと重要性の高い証拠品を見つかりやすい場所に隠すか? ってな。つまり犯人が大家さんだと矛盾するんだよ。行動が、な」

 刑事さんは白い手袋をはめた手でそれを受け取って、ビニール袋に仕舞った。
 証拠品って考えてくれたんだ……!

「以上……何か反論はあるか?」
「……っはぁ…………薫に紹介しなきゃよかった。明智探偵事務所」

 その時の、彼女の顔が忘れられなかった。
 諦めたような、安心しているような、不思議な表情だった。
















数日後――

「こんにちは……」
「いらっしゃい、大家さん」

 明智探偵事務所には、あいつしかいなかった。

「あの、お礼の件……家賃2か月分で手を打つので。再来月以降はしっかりと払ってくださいね?」
「チッ……もうちょっとくれたってよかっただろうが…………」
「いくら年上でも、怒りますよ?」

 と、私が言うと、あいつはなぜか驚いたような表情をしていた。

「年上? 冗談、俺は15ですよ。つい先日高校を中退したばかりの、ニートです」
「ええっ!? せ、先日って……」
「あの事件を解決した後、退学届けを出してきた。あんたのおかげで探偵できそうだって思ったから」

 高校中退ってことは、学歴的には……中卒!?
 そんなドラマじゃあるまいし――
 いや第一、私があんなこと依頼しなきゃ……辞めてなかったってことよね?
 嘘……それじゃ私、何てことを…………。

「ちょ今すぐ撤回してきなさいよ! 今ならまだ間に合うわよ!」
「断る。もうあんなとこ行くのはうんざりだし、それにあんたは俺の保護者じゃないだろ?」
「うるへー! 今からだって私が保護者になったるわ! 私があんたの姉よ!」


















そして現在――

 はぁ……最っ悪。なんで思い出しちゃったのかしら?
 でも、なんだか吹っ切れそう。
 このままあいつとの思い出は胸に仕舞って。第二の人生を送ろう。別人になったつもりで。

「――失礼いたします。お嬢様にお客様です」
「は、はいっ。どうぞ……」

 えー―――?
 何であいつがここにいるのよ?
 メイドさんにつれられてはいってきたのは、小五郎だった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

今日は私の結婚式

豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。 彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

処理中です...