8 / 24
その2 湯けむり殺人とかまじ勘弁
4
しおりを挟む
俺たちは部屋に戻り、再び作戦会議だ。
「仮に、俺の推理が間違いなければ――まぁ合ってるとは思うが――犯人は二回人を殺してるんだ。そして二回目は口封じのためやむ無く、な」
「なら……ようこのお父さんを殺した犯人が分かれば――」
「そう、そいつが必然的に今回の犯人となりうる。ちなみに、彼女の父親は人に恨まれるような人だったのか?」
「いいえ、とっても明るくて、細かいことは気にしないような人よ? 人から恨みを……まって、でも一人だけ、いるわ」
! もしかすると……。
「健一兄さん――ようこのお兄さんよ」
「ああ、お前の初恋の人か」
「ちょっその話をぶりかえさないで! 昔の話よ!」
薫の平手打ちが俺の頭を90°回した。首がもげるかと思った。
「――本当なら、この旅館を継ぐのは長男である健一兄さんのハズだったのよ。でもお父さんは彼の事を認めてなくて」
「……って、結果的に恨まれてたかも、か」
よくある後継者問題か。
詳しくはわからないが、ようこさんのお父さんは当時4、50代のハズだ。つまりは遺言もくそもなくて。
そんな中不慮の事故で亡くなった場合? 順当に行けば長男である健一さんが遺産を相続……?
「ちなみに、なんだが。彼らの母親は?」
「早くに亡くなっていたそうよ……」
てことは、やはり相続は健一さんが妥当だ。
でも彼が後継者たる器でなかったのだとしたら? 従業員やようこさんが反対する……そうか、なら彼女が高校を中退した理由もしっくりくる。
そして、ようこさんが亡くなったら? 今度こそ相続するのは健一さんのハズ……うげっ、動機だらけだ。もし彼が犯人なら5年前の事件を疑う人間も居なくなって一石二鳥た。
「犯人候補は……わかったんだが、まだ解決してないことがある」
「何よ?」
「ようこさんが殺されたかもしれない時間だよ」
現場に到着した鑑識の見立てじゃ推定時刻は17時――俺たちが彼女と会って話をしていた夕方の5時なのだ。
この矛盾をどうにかしないと…………。
「ちょっおかしいじゃないの! その時間は私達、ようこと話してたじゃない」
「だが時計の時間が間違っていたとか、しっかり時計を確認していかと言われれば違うとか言われりゃ何も言い返せない」
「だったら――聞いてくるわ、警察の人に」
「え? ちょ」
薫は頭より先に体が動くタイプだ。止めようとする間もなく行ってしまった。どうなっても知ーらね。
「――聞いてきたわよ!」
「ゑ?」
何で聞けるんだ……? 捜査情報は一般人に教えてくれないもんだろ?
「警察の方も健一兄さんが怪しいって思っているみたい。でも彼には5時頃には鉄壁のアリバイが――」
「ますます怪しいな……だったら、俺らの見たものが正しいと証明すれば」
「ならもう一回訴えてくるわ! あのヤンキーみたいな人なら話が通じそうだし――」
「待てっ! 公務執行妨害でお前がブタ箱行きだ! 俺も行く」
「――つまり、あなたは警察の鑑定結果が間違いであった、と」
「ええ、いくら技術が進歩したといっても誤差がなくなるわけじゃないでしょ?」
俺が軽く煽るとヤンキー刑事がキレそうになったがインテリ刑事がそれを制する。
「確かに、貴方のおっしゃる通り。鑑識の結果が全て正しいとは言えないかもしれません。ですが、根拠のない憶測を並べ立てても捜査を混乱させるだけなのですよ」
「根拠のある憶測なら、どうですか?」
「ほう、それは興味深い」
「ちょ水谷さん!」
「参考までに、聞かせてもらえませんか?」
インテリ刑事(本名は水谷、なのか)が穏やかな笑顔で問いかけてくる。が、その目は笑っていない。
「ええ、わかりました。刑事さん達は5年前の事件の犯人をご存じですか――」
俺はさっき推理してみせた話を語ってみせた。
「――これだと、彼が犯人ではないことの方がおかしいですよね?」
「確かに、5年前の事件では橘 健一が容疑者候補の筆頭でした。しかし証拠不十分で逮捕には至らなかった。成る程、貴方の話は確かに“根拠のある憶測”だ」
「そして今回の事件も」
「私達の言ってることが正しいなら」
「ホシのアリバイは崩れる……っ!」
おい、薫にヤンキー刑事よ。分けて言う必要あったか?
「ありがとうございます。貴方の話、参考にさせてもらいますよ」
「刑事さん、1つだけ教えてほしいことがあるんですが」
「何でしょう?」
「今回の事件、刑事さんの目から見て変な点はありませんでしかね? 些細なことでもいいんですよ。私はどうにも気になってしまって」
「変な点……そうですね、部屋に撒かれていた水ですかね」
「水?」
「ええそうです。今さっき、結果が届いたのですが……成分に硫黄が含まれていたのです」
「と、なると」
「犯人は何らかの理由で部屋に水を撒いた、という事です」
手がかり、手に入ったな…………。
手がかりがあったとはいっても、アリバイがあるんじゃなぁ。
やはり死亡推定時刻が17時ってのがネックだな……。
俺は一先ず落ち着いて考えるために温泉に入ることにする。リラックスしているときの方がいいアイデアが生まれるもんだからな。
脱衣所で手早く着替えを済ませ、浴場の引き戸を開く。エアコンでほどよく冷えた体がむわっとした空気で温められる。
そして微かにする独特な硫黄の臭い。これがたまらん。温泉には初めて来たが好きになってしまいそうだ。
さてさて温度は……42℃、ちょっと熱めだがこれがいい具合なんだよな。
俺はしっかり体に湯をかけてから、ゆっくり湯船に入る。おほぉ……こいつぁいいや。
少し前に調べたのだが、温泉の定義とは20℃前後で特定の成分の含まれる源泉なのだそうだ。が、普通の温泉ではそんなぬるい湯ではなくもう少し熱い物だがな。
それこそ50℃とか、めっちゃ熱い。下手すると低温火傷をするかも、だ。
…………?
………………今、変な考えが。
……………………そういえば、昨日の風呂上がり、変な清掃業者に遭遇したな。
ズボンの裾がやけに濡れていて、モップの突き刺さった手押し車の。
もし仮に、仮にだが――そいつが犯人の変装だとしたら?
確かあれは……食事前の時間だから18時30分前後。
てことは、だ。もし犯人が健一さんなら、その時間のアリバイは無いハズだ。
……って待て待て。いくらなんでも時間がずれすぎだ。
いくらなんでも鑑識がそんなガバガバ鑑定するわけ――
『成分に硫黄が含まれていたのです』
あの水が、源泉なら。
いや、このお湯でもいい。
それなら室温を上げることも…………。
「そうか……そういうのもアリか」
ようやくわかったぜ……犯人のトリック!
「仮に、俺の推理が間違いなければ――まぁ合ってるとは思うが――犯人は二回人を殺してるんだ。そして二回目は口封じのためやむ無く、な」
「なら……ようこのお父さんを殺した犯人が分かれば――」
「そう、そいつが必然的に今回の犯人となりうる。ちなみに、彼女の父親は人に恨まれるような人だったのか?」
「いいえ、とっても明るくて、細かいことは気にしないような人よ? 人から恨みを……まって、でも一人だけ、いるわ」
! もしかすると……。
「健一兄さん――ようこのお兄さんよ」
「ああ、お前の初恋の人か」
「ちょっその話をぶりかえさないで! 昔の話よ!」
薫の平手打ちが俺の頭を90°回した。首がもげるかと思った。
「――本当なら、この旅館を継ぐのは長男である健一兄さんのハズだったのよ。でもお父さんは彼の事を認めてなくて」
「……って、結果的に恨まれてたかも、か」
よくある後継者問題か。
詳しくはわからないが、ようこさんのお父さんは当時4、50代のハズだ。つまりは遺言もくそもなくて。
そんな中不慮の事故で亡くなった場合? 順当に行けば長男である健一さんが遺産を相続……?
「ちなみに、なんだが。彼らの母親は?」
「早くに亡くなっていたそうよ……」
てことは、やはり相続は健一さんが妥当だ。
でも彼が後継者たる器でなかったのだとしたら? 従業員やようこさんが反対する……そうか、なら彼女が高校を中退した理由もしっくりくる。
そして、ようこさんが亡くなったら? 今度こそ相続するのは健一さんのハズ……うげっ、動機だらけだ。もし彼が犯人なら5年前の事件を疑う人間も居なくなって一石二鳥た。
「犯人候補は……わかったんだが、まだ解決してないことがある」
「何よ?」
「ようこさんが殺されたかもしれない時間だよ」
現場に到着した鑑識の見立てじゃ推定時刻は17時――俺たちが彼女と会って話をしていた夕方の5時なのだ。
この矛盾をどうにかしないと…………。
「ちょっおかしいじゃないの! その時間は私達、ようこと話してたじゃない」
「だが時計の時間が間違っていたとか、しっかり時計を確認していかと言われれば違うとか言われりゃ何も言い返せない」
「だったら――聞いてくるわ、警察の人に」
「え? ちょ」
薫は頭より先に体が動くタイプだ。止めようとする間もなく行ってしまった。どうなっても知ーらね。
「――聞いてきたわよ!」
「ゑ?」
何で聞けるんだ……? 捜査情報は一般人に教えてくれないもんだろ?
「警察の方も健一兄さんが怪しいって思っているみたい。でも彼には5時頃には鉄壁のアリバイが――」
「ますます怪しいな……だったら、俺らの見たものが正しいと証明すれば」
「ならもう一回訴えてくるわ! あのヤンキーみたいな人なら話が通じそうだし――」
「待てっ! 公務執行妨害でお前がブタ箱行きだ! 俺も行く」
「――つまり、あなたは警察の鑑定結果が間違いであった、と」
「ええ、いくら技術が進歩したといっても誤差がなくなるわけじゃないでしょ?」
俺が軽く煽るとヤンキー刑事がキレそうになったがインテリ刑事がそれを制する。
「確かに、貴方のおっしゃる通り。鑑識の結果が全て正しいとは言えないかもしれません。ですが、根拠のない憶測を並べ立てても捜査を混乱させるだけなのですよ」
「根拠のある憶測なら、どうですか?」
「ほう、それは興味深い」
「ちょ水谷さん!」
「参考までに、聞かせてもらえませんか?」
インテリ刑事(本名は水谷、なのか)が穏やかな笑顔で問いかけてくる。が、その目は笑っていない。
「ええ、わかりました。刑事さん達は5年前の事件の犯人をご存じですか――」
俺はさっき推理してみせた話を語ってみせた。
「――これだと、彼が犯人ではないことの方がおかしいですよね?」
「確かに、5年前の事件では橘 健一が容疑者候補の筆頭でした。しかし証拠不十分で逮捕には至らなかった。成る程、貴方の話は確かに“根拠のある憶測”だ」
「そして今回の事件も」
「私達の言ってることが正しいなら」
「ホシのアリバイは崩れる……っ!」
おい、薫にヤンキー刑事よ。分けて言う必要あったか?
「ありがとうございます。貴方の話、参考にさせてもらいますよ」
「刑事さん、1つだけ教えてほしいことがあるんですが」
「何でしょう?」
「今回の事件、刑事さんの目から見て変な点はありませんでしかね? 些細なことでもいいんですよ。私はどうにも気になってしまって」
「変な点……そうですね、部屋に撒かれていた水ですかね」
「水?」
「ええそうです。今さっき、結果が届いたのですが……成分に硫黄が含まれていたのです」
「と、なると」
「犯人は何らかの理由で部屋に水を撒いた、という事です」
手がかり、手に入ったな…………。
手がかりがあったとはいっても、アリバイがあるんじゃなぁ。
やはり死亡推定時刻が17時ってのがネックだな……。
俺は一先ず落ち着いて考えるために温泉に入ることにする。リラックスしているときの方がいいアイデアが生まれるもんだからな。
脱衣所で手早く着替えを済ませ、浴場の引き戸を開く。エアコンでほどよく冷えた体がむわっとした空気で温められる。
そして微かにする独特な硫黄の臭い。これがたまらん。温泉には初めて来たが好きになってしまいそうだ。
さてさて温度は……42℃、ちょっと熱めだがこれがいい具合なんだよな。
俺はしっかり体に湯をかけてから、ゆっくり湯船に入る。おほぉ……こいつぁいいや。
少し前に調べたのだが、温泉の定義とは20℃前後で特定の成分の含まれる源泉なのだそうだ。が、普通の温泉ではそんなぬるい湯ではなくもう少し熱い物だがな。
それこそ50℃とか、めっちゃ熱い。下手すると低温火傷をするかも、だ。
…………?
………………今、変な考えが。
……………………そういえば、昨日の風呂上がり、変な清掃業者に遭遇したな。
ズボンの裾がやけに濡れていて、モップの突き刺さった手押し車の。
もし仮に、仮にだが――そいつが犯人の変装だとしたら?
確かあれは……食事前の時間だから18時30分前後。
てことは、だ。もし犯人が健一さんなら、その時間のアリバイは無いハズだ。
……って待て待て。いくらなんでも時間がずれすぎだ。
いくらなんでも鑑識がそんなガバガバ鑑定するわけ――
『成分に硫黄が含まれていたのです』
あの水が、源泉なら。
いや、このお湯でもいい。
それなら室温を上げることも…………。
「そうか……そういうのもアリか」
ようやくわかったぜ……犯人のトリック!
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
時の呪縛
葉羽
ミステリー
山間の孤立した村にある古びた時計塔。かつてこの村は繁栄していたが、失踪事件が連続して発生したことで、村人たちは恐れを抱き、時計塔は放置されたままとなった。17歳の天才高校生・神藤葉羽は、友人に誘われてこの村を訪れることになる。そこで彼は、幼馴染の望月彩由美と共に、村の秘密に迫ることになる。
葉羽と彩由美は、失踪事件に関する不気味な噂を耳にし、時計塔に隠された真実を解明しようとする。しかし、時計塔の内部には、過去の記憶を呼び起こす仕掛けが待ち受けていた。彼らは、時間が歪み、過去の失踪者たちの幻影に直面する中で、次第に自らの心の奥底に潜む恐怖と向き合わせることになる。
果たして、彼らは村の呪いを解き明かし、失踪事件の真相に辿り着けるのか?そして、彼らの友情と恋心は試される。緊迫感あふれる謎解きと心理的恐怖が交錯する本格推理小説。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
坂本小牧はめんどくさい
こうやさい
キャラ文芸
坂本小牧はある日はまっていたゲームの世界に転移してしまった。
――という妄想で忙しい。
アルファポリス内の話では初めてキャラ名表に出してみました。キャラ文芸ってそういう意味じゃない(爆)。
最初の方はコメディー目指してるんだろうなぁあれだけど的な話なんだけど終わりの方はベクトルが違う意味であれなのでどこまで出すか悩み中。長くはない話なんだけどね。
ただいま諸事情で出すべきか否か微妙なので棚上げしてたのとか自サイトの方に上げるべきかどうか悩んでたのとか大昔のとかを放出中です。見直しもあまり出来ないのでいつも以上に誤字脱字等も多いです。ご了承下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる