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その2 湯けむり殺人とかまじ勘弁
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俺たちは部屋に戻り、再び作戦会議だ。
「仮に、俺の推理が間違いなければ――まぁ合ってるとは思うが――犯人は二回人を殺してるんだ。そして二回目は口封じのためやむ無く、な」
「なら……ようこのお父さんを殺した犯人が分かれば――」
「そう、そいつが必然的に今回の犯人となりうる。ちなみに、彼女の父親は人に恨まれるような人だったのか?」
「いいえ、とっても明るくて、細かいことは気にしないような人よ? 人から恨みを……まって、でも一人だけ、いるわ」
! もしかすると……。
「健一兄さん――ようこのお兄さんよ」
「ああ、お前の初恋の人か」
「ちょっその話をぶりかえさないで! 昔の話よ!」
薫の平手打ちが俺の頭を90°回した。首がもげるかと思った。
「――本当なら、この旅館を継ぐのは長男である健一兄さんのハズだったのよ。でもお父さんは彼の事を認めてなくて」
「……って、結果的に恨まれてたかも、か」
よくある後継者問題か。
詳しくはわからないが、ようこさんのお父さんは当時4、50代のハズだ。つまりは遺言もくそもなくて。
そんな中不慮の事故で亡くなった場合? 順当に行けば長男である健一さんが遺産を相続……?
「ちなみに、なんだが。彼らの母親は?」
「早くに亡くなっていたそうよ……」
てことは、やはり相続は健一さんが妥当だ。
でも彼が後継者たる器でなかったのだとしたら? 従業員やようこさんが反対する……そうか、なら彼女が高校を中退した理由もしっくりくる。
そして、ようこさんが亡くなったら? 今度こそ相続するのは健一さんのハズ……うげっ、動機だらけだ。もし彼が犯人なら5年前の事件を疑う人間も居なくなって一石二鳥た。
「犯人候補は……わかったんだが、まだ解決してないことがある」
「何よ?」
「ようこさんが殺されたかもしれない時間だよ」
現場に到着した鑑識の見立てじゃ推定時刻は17時――俺たちが彼女と会って話をしていた夕方の5時なのだ。
この矛盾をどうにかしないと…………。
「ちょっおかしいじゃないの! その時間は私達、ようこと話してたじゃない」
「だが時計の時間が間違っていたとか、しっかり時計を確認していかと言われれば違うとか言われりゃ何も言い返せない」
「だったら――聞いてくるわ、警察の人に」
「え? ちょ」
薫は頭より先に体が動くタイプだ。止めようとする間もなく行ってしまった。どうなっても知ーらね。
「――聞いてきたわよ!」
「ゑ?」
何で聞けるんだ……? 捜査情報は一般人に教えてくれないもんだろ?
「警察の方も健一兄さんが怪しいって思っているみたい。でも彼には5時頃には鉄壁のアリバイが――」
「ますます怪しいな……だったら、俺らの見たものが正しいと証明すれば」
「ならもう一回訴えてくるわ! あのヤンキーみたいな人なら話が通じそうだし――」
「待てっ! 公務執行妨害でお前がブタ箱行きだ! 俺も行く」
「――つまり、あなたは警察の鑑定結果が間違いであった、と」
「ええ、いくら技術が進歩したといっても誤差がなくなるわけじゃないでしょ?」
俺が軽く煽るとヤンキー刑事がキレそうになったがインテリ刑事がそれを制する。
「確かに、貴方のおっしゃる通り。鑑識の結果が全て正しいとは言えないかもしれません。ですが、根拠のない憶測を並べ立てても捜査を混乱させるだけなのですよ」
「根拠のある憶測なら、どうですか?」
「ほう、それは興味深い」
「ちょ水谷さん!」
「参考までに、聞かせてもらえませんか?」
インテリ刑事(本名は水谷、なのか)が穏やかな笑顔で問いかけてくる。が、その目は笑っていない。
「ええ、わかりました。刑事さん達は5年前の事件の犯人をご存じですか――」
俺はさっき推理してみせた話を語ってみせた。
「――これだと、彼が犯人ではないことの方がおかしいですよね?」
「確かに、5年前の事件では橘 健一が容疑者候補の筆頭でした。しかし証拠不十分で逮捕には至らなかった。成る程、貴方の話は確かに“根拠のある憶測”だ」
「そして今回の事件も」
「私達の言ってることが正しいなら」
「ホシのアリバイは崩れる……っ!」
おい、薫にヤンキー刑事よ。分けて言う必要あったか?
「ありがとうございます。貴方の話、参考にさせてもらいますよ」
「刑事さん、1つだけ教えてほしいことがあるんですが」
「何でしょう?」
「今回の事件、刑事さんの目から見て変な点はありませんでしかね? 些細なことでもいいんですよ。私はどうにも気になってしまって」
「変な点……そうですね、部屋に撒かれていた水ですかね」
「水?」
「ええそうです。今さっき、結果が届いたのですが……成分に硫黄が含まれていたのです」
「と、なると」
「犯人は何らかの理由で部屋に水を撒いた、という事です」
手がかり、手に入ったな…………。
手がかりがあったとはいっても、アリバイがあるんじゃなぁ。
やはり死亡推定時刻が17時ってのがネックだな……。
俺は一先ず落ち着いて考えるために温泉に入ることにする。リラックスしているときの方がいいアイデアが生まれるもんだからな。
脱衣所で手早く着替えを済ませ、浴場の引き戸を開く。エアコンでほどよく冷えた体がむわっとした空気で温められる。
そして微かにする独特な硫黄の臭い。これがたまらん。温泉には初めて来たが好きになってしまいそうだ。
さてさて温度は……42℃、ちょっと熱めだがこれがいい具合なんだよな。
俺はしっかり体に湯をかけてから、ゆっくり湯船に入る。おほぉ……こいつぁいいや。
少し前に調べたのだが、温泉の定義とは20℃前後で特定の成分の含まれる源泉なのだそうだ。が、普通の温泉ではそんなぬるい湯ではなくもう少し熱い物だがな。
それこそ50℃とか、めっちゃ熱い。下手すると低温火傷をするかも、だ。
…………?
………………今、変な考えが。
……………………そういえば、昨日の風呂上がり、変な清掃業者に遭遇したな。
ズボンの裾がやけに濡れていて、モップの突き刺さった手押し車の。
もし仮に、仮にだが――そいつが犯人の変装だとしたら?
確かあれは……食事前の時間だから18時30分前後。
てことは、だ。もし犯人が健一さんなら、その時間のアリバイは無いハズだ。
……って待て待て。いくらなんでも時間がずれすぎだ。
いくらなんでも鑑識がそんなガバガバ鑑定するわけ――
『成分に硫黄が含まれていたのです』
あの水が、源泉なら。
いや、このお湯でもいい。
それなら室温を上げることも…………。
「そうか……そういうのもアリか」
ようやくわかったぜ……犯人のトリック!
「仮に、俺の推理が間違いなければ――まぁ合ってるとは思うが――犯人は二回人を殺してるんだ。そして二回目は口封じのためやむ無く、な」
「なら……ようこのお父さんを殺した犯人が分かれば――」
「そう、そいつが必然的に今回の犯人となりうる。ちなみに、彼女の父親は人に恨まれるような人だったのか?」
「いいえ、とっても明るくて、細かいことは気にしないような人よ? 人から恨みを……まって、でも一人だけ、いるわ」
! もしかすると……。
「健一兄さん――ようこのお兄さんよ」
「ああ、お前の初恋の人か」
「ちょっその話をぶりかえさないで! 昔の話よ!」
薫の平手打ちが俺の頭を90°回した。首がもげるかと思った。
「――本当なら、この旅館を継ぐのは長男である健一兄さんのハズだったのよ。でもお父さんは彼の事を認めてなくて」
「……って、結果的に恨まれてたかも、か」
よくある後継者問題か。
詳しくはわからないが、ようこさんのお父さんは当時4、50代のハズだ。つまりは遺言もくそもなくて。
そんな中不慮の事故で亡くなった場合? 順当に行けば長男である健一さんが遺産を相続……?
「ちなみに、なんだが。彼らの母親は?」
「早くに亡くなっていたそうよ……」
てことは、やはり相続は健一さんが妥当だ。
でも彼が後継者たる器でなかったのだとしたら? 従業員やようこさんが反対する……そうか、なら彼女が高校を中退した理由もしっくりくる。
そして、ようこさんが亡くなったら? 今度こそ相続するのは健一さんのハズ……うげっ、動機だらけだ。もし彼が犯人なら5年前の事件を疑う人間も居なくなって一石二鳥た。
「犯人候補は……わかったんだが、まだ解決してないことがある」
「何よ?」
「ようこさんが殺されたかもしれない時間だよ」
現場に到着した鑑識の見立てじゃ推定時刻は17時――俺たちが彼女と会って話をしていた夕方の5時なのだ。
この矛盾をどうにかしないと…………。
「ちょっおかしいじゃないの! その時間は私達、ようこと話してたじゃない」
「だが時計の時間が間違っていたとか、しっかり時計を確認していかと言われれば違うとか言われりゃ何も言い返せない」
「だったら――聞いてくるわ、警察の人に」
「え? ちょ」
薫は頭より先に体が動くタイプだ。止めようとする間もなく行ってしまった。どうなっても知ーらね。
「――聞いてきたわよ!」
「ゑ?」
何で聞けるんだ……? 捜査情報は一般人に教えてくれないもんだろ?
「警察の方も健一兄さんが怪しいって思っているみたい。でも彼には5時頃には鉄壁のアリバイが――」
「ますます怪しいな……だったら、俺らの見たものが正しいと証明すれば」
「ならもう一回訴えてくるわ! あのヤンキーみたいな人なら話が通じそうだし――」
「待てっ! 公務執行妨害でお前がブタ箱行きだ! 俺も行く」
「――つまり、あなたは警察の鑑定結果が間違いであった、と」
「ええ、いくら技術が進歩したといっても誤差がなくなるわけじゃないでしょ?」
俺が軽く煽るとヤンキー刑事がキレそうになったがインテリ刑事がそれを制する。
「確かに、貴方のおっしゃる通り。鑑識の結果が全て正しいとは言えないかもしれません。ですが、根拠のない憶測を並べ立てても捜査を混乱させるだけなのですよ」
「根拠のある憶測なら、どうですか?」
「ほう、それは興味深い」
「ちょ水谷さん!」
「参考までに、聞かせてもらえませんか?」
インテリ刑事(本名は水谷、なのか)が穏やかな笑顔で問いかけてくる。が、その目は笑っていない。
「ええ、わかりました。刑事さん達は5年前の事件の犯人をご存じですか――」
俺はさっき推理してみせた話を語ってみせた。
「――これだと、彼が犯人ではないことの方がおかしいですよね?」
「確かに、5年前の事件では橘 健一が容疑者候補の筆頭でした。しかし証拠不十分で逮捕には至らなかった。成る程、貴方の話は確かに“根拠のある憶測”だ」
「そして今回の事件も」
「私達の言ってることが正しいなら」
「ホシのアリバイは崩れる……っ!」
おい、薫にヤンキー刑事よ。分けて言う必要あったか?
「ありがとうございます。貴方の話、参考にさせてもらいますよ」
「刑事さん、1つだけ教えてほしいことがあるんですが」
「何でしょう?」
「今回の事件、刑事さんの目から見て変な点はありませんでしかね? 些細なことでもいいんですよ。私はどうにも気になってしまって」
「変な点……そうですね、部屋に撒かれていた水ですかね」
「水?」
「ええそうです。今さっき、結果が届いたのですが……成分に硫黄が含まれていたのです」
「と、なると」
「犯人は何らかの理由で部屋に水を撒いた、という事です」
手がかり、手に入ったな…………。
手がかりがあったとはいっても、アリバイがあるんじゃなぁ。
やはり死亡推定時刻が17時ってのがネックだな……。
俺は一先ず落ち着いて考えるために温泉に入ることにする。リラックスしているときの方がいいアイデアが生まれるもんだからな。
脱衣所で手早く着替えを済ませ、浴場の引き戸を開く。エアコンでほどよく冷えた体がむわっとした空気で温められる。
そして微かにする独特な硫黄の臭い。これがたまらん。温泉には初めて来たが好きになってしまいそうだ。
さてさて温度は……42℃、ちょっと熱めだがこれがいい具合なんだよな。
俺はしっかり体に湯をかけてから、ゆっくり湯船に入る。おほぉ……こいつぁいいや。
少し前に調べたのだが、温泉の定義とは20℃前後で特定の成分の含まれる源泉なのだそうだ。が、普通の温泉ではそんなぬるい湯ではなくもう少し熱い物だがな。
それこそ50℃とか、めっちゃ熱い。下手すると低温火傷をするかも、だ。
…………?
………………今、変な考えが。
……………………そういえば、昨日の風呂上がり、変な清掃業者に遭遇したな。
ズボンの裾がやけに濡れていて、モップの突き刺さった手押し車の。
もし仮に、仮にだが――そいつが犯人の変装だとしたら?
確かあれは……食事前の時間だから18時30分前後。
てことは、だ。もし犯人が健一さんなら、その時間のアリバイは無いハズだ。
……って待て待て。いくらなんでも時間がずれすぎだ。
いくらなんでも鑑識がそんなガバガバ鑑定するわけ――
『成分に硫黄が含まれていたのです』
あの水が、源泉なら。
いや、このお湯でもいい。
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