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その1 密室殺人? そんなものありません

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「いいか、探偵って職業はいつも仕事があるわけじゃない。つまり今の俺には収入がないんだ」
「それで?」
「今月の家賃は払えません」

 俺――明智小五郎あけちしょうごろうは全力で土下座した。
 それはもう全力で。

「あんた……先月も先々月もそういって家賃払わなかったわよねぇ?」
「悪い、今月は本当に仕事が無かったんだ……」
「ふざけないで!」
 
 俺のみぞおちに大家さん――薫(23歳、女性、現在彼氏募集中)のとび膝蹴りが命中する。
 これが痛いのなんの。痛すぎて涙が出ちゃう。

「ぅ……」
「もう十五カ月よ⁉ 仕事があろうとなかろうと今すぐ払って! もしくは出てって!」 
「無茶言うな……今本当に金がないんだって」
「じゃ今すぐ仕事を探しなさいよ。頑張れば猫探しとか……あといろいろ見つかるかもしれないでしょ?」
「断る! 猫探しとその他諸々なぞ探偵のする仕事じゃねぇっ!」
「選り好みすんなこの貧乏ニート探偵っ!」

 いや、ね。
 俺だってそのくらい理解してる。昨日だって水しか食べてない(え、水は飲み物だって? 細かいことは気にするな)ほど金がない。その内水道とか止まってしまいそうだ。
 生きるためには嫌なこともしなくちゃいけない。
 好きなことをやれるのは隠居した爺さんたちだけだ。
 
 しかも最終学歴は高校中退、つまりは中卒の俺の元に難事件を解決してほしいなどという依頼など来るはずもない。たとえ、父親が有名だったとしてもだ。

 いやそれより今は家賃の事だ。どうやったら来月まで延ばしてもらえるのか。
 よし、今こそ普段推理にしか使っていない愚脳をフル回転させる時!
 とかなんとかしていると。

「すいません、明智探偵事務所はこちらでよろしいのでしょうか?」
 開けっ放しだったドアからおとなしそうな女の人が入ってきた。
 ……来た!
 遂に来ったぁっ!
 待ちに待った仕事の依頼っ!

「はい。そのとおりです」
「ああよかったぁ……ここでよかったんですね。それで、明智五郎先生は今お取込み中でしょうか?」









 明智五郎。
 警察が投げ出した数々の難事件を瞬く間に解決し、その名を轟かせた正真正銘の名探偵。
 世間では体が子供で頭脳が大人な名探偵に並ぶ知名度である。
 だがその一人息子が俺であることを知っている人は数少ない。

「申し訳ありませんが父は諸事情あって海外に行っておりまして……私でよければお話を聞きましょうか?」
「え……えっと」
「ま、ま。そこにお座りになって」

 女の人が帰りそうだったので無理やりソファに座らせた。女性特有のふわっとした甘い香りが俺の鼻をかすめる。
 薫はちゃんと空気を読んで……っていうか俺から家賃を搾り取りたいがためにしっかりと依頼主さんを接待なされるつもりだ。お茶を沸かしに行った。

「こんな若造に仕事を依頼したくないという気持ちはよくわかります。ですが、お話だけでも聞かせてもらえませんかね? もしかしたら、私の愚脳が何か閃くかもしれませんしね」
「べ……別に」
「お気になさらず。話すだけならお金はかかりません」

 ちゃんと、依頼をさせますからね。

「わ、わかりました……じゃ、話だけ――あ、申し遅れました。私は柳田といいます」

 ふむ、ヤナギダね。
 なかなか渋い名前じゃないですか。

「あれは何日か前の事です。私の経営しているアパートで殺人事件が起こったんです」

 話を要約すると。
 彼女のアパートで殺人が起こった。しかもそれが密室とダイイングメッセージのコンボにより操作が難航しているとか。
 これだよこれ!
 まさに俺が求めていた仕事だっ!!

「なるほど……」

 俺は話の途中で薫が出してくれたコーヒーを優雅に飲む。
 
「(ねぇ……こんな仕事受けて大丈夫なの?)」
「(任せろ、俺ならあっちゅーまに解決できる)しかし、なぜここに来たのでしょう? 警察に任せておけばいずれは解決するのでは?」
「その程度もわからないなんて……やっぱり別の人に頼みますね」

 あれ? しまった、もったいぶりすぎた……?
 くっ、ここは何としてでも引き止めないと!

「分かりますよ! 悪いイメージを広めないため、でしょ?」
「っ!」
 
 柳田さんはドアノブに手をかけたまま動きを止めた。

「殺人事件が起きた。それだけでもいわくつきになる条件としては上出来。そのうえ密室だのと複雑な条件が重なればその傾向は加速する……そういうことでしょ?」

 殺人事件が起こったアパート、何とも不気味な響きだ。
 件の部屋には幽霊が出ると噂され。
 ひどくなれば建物全体が呪われてるだの噂されるだろう。
 そうなってしまえば転居する人が続出して大損害。
 ……ってのが最悪なシナリオだろう。

「奇妙な事件ほどマスコミは食いつくし、ネットでも騒がれます。そうなる前に解決されて、何事もなかったように貸し出したい、でしょ?」
「分かってたんですか?」
「ええ」

 家賃は大家にとって貴重な収入源。失うなうのは痛手だろう。現に薫だって毎日取り立てに来るし。
 彼女は振り返って俺の元へ来る。

「……さすがは名探偵の息子、ってことですか。なら、任せてもいい、かも。えっと……」
小五郎しょうごろう、明智小五郎です」
「では、依頼させていただきます。明智先生」

 先生……はは、いい響きだ。

「(しっかり稼いできなさいよ、家賃の為に)」

 ……おい守銭奴。現実に引き戻すな。
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