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氷雅姫(ひょうがき)、到来

負けなければならない模擬戦③

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「女子のスカートの中身ってのはおいそれと見ていいもんじゃねーんだぞ?分かってんのか?」
「誠に申し訳ございません。なので許してもらえませんか?」
「あ?駄目に決まってんじゃん。もうユーザイなの。ギルティ。シメなきゃ気が済まない。」
 理不尽極まりないわ。ならかかと落としなんてしなきゃいいのに。僕だって好きで見た訳じゃない。
『タイムリミットまであと一分です。』
「え?何?」
「は?何が?」
 突如として聞こえてきた謎の声。間違いなく石黒さんではない。どう言えばいいのか。なにかこう、頭の中で反響するような感じと言えば伝わるだろうか?いや伝わらないか。
 にしても誰だ?何処から聞こえてきた?それでなんて言った?あと一分?なんの残り時間だ?いやそれは明確だろう。
「……ま、とにかくぶちのめす!」
 迫ってくる石黒さんがはっきり見える。だがそれもこれで最後だろう。
 何故かって?さっきの声の主が言っていた言葉を理解すれば簡単な事。
 ええ、そうです。【フィジカルポイント】の発動限界時間です!あと一分なんて聞いてない!というかそんな機能あったのも聞いてない!姉さんと喧嘩ころしあいしていた時はそんな事一言も言ってくれなかった!なんで今更!?
 マジでどうしよう!?軽く殴られる程度だったら大丈夫だと思うけど、今の『殺意マシマシ、血の気多めヤバめで』ってどこぞのラーメン屋のトッピング状態の石黒さんの攻撃まともに受けたら即死なんだけど!?
「せいやあああああ!!」
 大きな掛け声と共にまたもいつの間にか懐に入られている僕。あれ?もしかしてもう効果切れてない!?さっきまでのスピードと違うもんね!?待ってくれぇ!?死にたくない!死にたくない!!
 咄嗟に腹部へ意識の全部を集中させる!効果が切れていない事を祈るしかない!
 石黒さんの殺人パンチが直撃する瞬間に目一杯の力を腹部へ込めた。
 バギャッ!!
 死んだと確信した。それだけの轟音が鳴り響いた。少なくともアバラの何本かはポッキリとお釈迦様になってしまったと思われる。下手すると内臓にも深刻なダメージがあるかな。かなりの入院期間が必要になるだろう。いや、その前に大規模な手術からか。リハビリ期間も含めるとまともに動けるようになるのは半年以上先だろうか。あぁ、なんでこんな事になってしまったんだろうか。
 ……それにしても、グロッキーな音がした割には痛みがくるのが遅いな?あの音からして時間差があるとはいえもう僕は立っている訳が……。
『フィジカルポイント、発動限界時間です。クールタイムへ移行します。』
 あぁ、なんだ。今で効果が切れた訳か。だったら納得だ。僕の身体に重大な怪我は発生していなかった。つまり無傷って事だ。
 ……ん?おかしいぞ?じゃあさっきの轟音は何だったのか?実際に聞いた事はないし今後も聞くつもりもないが、新幹線の人身事故ってあんな音がするってネットで読んだ事がある。なんであんな音がしたんだ?恐る恐る衝撃音がした腹部へと視線を下げてみる
「あ……。」
 僕の腹部にはしっかりと石黒さんの拳が打ち込まれていた。しかもその周辺にはじんわりと血が滲んでいた。しかし僕の身体にはおおよそ傷一つついていない。では誰の血だろうか。
「や……って……くれるじゃん?オサムッチ……?」
 衝撃音の正体は、石黒さんだった。右の拳が現代アートのオブジェのようになっており、折れた骨が指の肉から飛び出ている。そこから少しだけ血が噴き出ているのが見えた。
 やってしまった。でも、僕じゃない。いや僕だ。僕がやった。やってしまったルビ
 こうなる結果なんて誰にだって予測できた。僕にすら出来ていた。なのに。
「ち、違う……!違うんだ!わざとじゃない!だってこんな……!」
 冷や汗が一気に噴き出てくる。石黒さんの脂汗と血がぽたりぽたりと滴り落ちて僕の耳から脳内へとその音が侵入して身体を支配していく。どうすれば良かった?いや、違う。……どうしたらいい!?
 まずは救急車だ!その前に傷口がこれ以上悪化しないように処置しないといけない!感染症の恐れだって大いにあり得る!
 そして僕以外の世界中のガイスタードの皆、本当にすみません。このような結果になってしまって本当に申し訳ありません。ガイスタードの希望になるなんて僕には荷が重すぎたんです。
「先生!救急車」
「なーーんちゃって♪」
 え?何が?と聞き返す前に現代アートの右手で胸ぐらを掴まれていた。え?右手……右手!?
「なんで!?」
「せいやああああああっと!!」
 綺麗に足払いを決められて、僕の身体が宙を舞って世界が反転する。そう思った瞬間に今度は背中から全身へと大きな衝撃と激痛が走る。俗にいう背負い投げという技だ。
「ぐおぇっ!?」
 情けない嗚咽交じりの断末魔が口から飛び出す。ガイストが停止しているので、今の僕の身体は従来のまま。ナチュラルボディにこの激痛。駄目だ。息が出来ない。痛い。涙がじんわりと溢れ出てくる。先程のパンチを正直に受けた方が実はそんなにダメージはなかったのではないか?
「えっ!?オサムッチ大丈夫!?なんで受け身取らねーし!?」
「どっ……れ……ハァッ……ハァッ!?……!?!」
 取れる訳ないだろ!と言いたかった。当然言える訳もない。ちょっと呼吸が整うまで待ってくれませんか?いや、待たなくていいから救急車呼んでくれませんか?さっき僕が言いかけて途中だったでしょ?全身がバラバラになったくらいの衝撃だったわ。下着一枚でこれは割に合わなさすぎる。
「金刃ぉー。もう二度と石黒の下着見るなよー。次は本気で死ぬからなー。」
 先生。早く救急車呼んでくれ!ねぇ!?
「ちょ!センセー!なんかそんなん言われっとあーし傷つくけど!?」
 実際に傷つけたんだよ、君が!なんでそっちが傷つくんだよ!もうどうでもいい!早く!
「救急車呼んでくださいよ!死ぬ程……あれ?」
 何故か急に体を起き上がらせる事が出来た。これが火事場の馬鹿力というやつか?いやそれにしてはおかしい。体の痛みも呼吸もしっかりと落ち着いている。いくらなんでも突然すぎる。なんだこれ?
「だい……じょう……ぶ?」
 振り返ってみると巨人が僕を見下ろしていた。主に胸部の主張が激しすぎる巨人ではあったが。
「……もしかして薬師丸さんが治してくれたの?」
「う、うん……。」
 真の聖母はこちらだった。確かに包容力の差は天と地ほどある。
「オサムッツリ、命のパンツまで見たらマジブッコロだかんな?」
「み、三つ葉!」
 失礼なあだ名までつけてくれて本当にありがとうございます、露出系ギャルさん。なんで勝手にムッツリ扱いになってんだよ。何度だって言うけど見せてきたのはそちらだからね?……というかさぁ。
「なんで右手治ってるの?まさかとは思うけど薬師丸さんがいつの間にか治したとは到底思えないし。」
「ふっふーん!スゲーッしょ!?あーしの【リヴァイヴァル自己再生】!オサムッチもパなかったけど、今回はあーしの勝ちって事で!フゥー!」
 両手を上げながら勝鬨をあげる石黒さん。【リヴァイヴァル】。成程。確かに凄い能力ではある。再生するという点もそうだが、そのスピードも目を見張るものがある。まさしく瞬間的に治っていた。あとは再生範囲がどこまで融通が利くのかも気になる所だが……。
「どうだ、金刃。これがSクラスと謂われる所以だ。お前の能力は確かに凄い。だが使い始めて全然日が経過していないお前では、これまで使い続けているコイツ等の相手はまるで出来ない。赤子の手をひねるようなもんだな。」
「……確かにそうですが、最初から石黒さんの能力を教えて頂ければ、変に焦ったり肝を冷やす事もなかったと思うのですけど。」
 蔭原先生は深く溜息を吐きながら僕を睨みつけてきた。
「お前、馬鹿か?」
「え?」
「敵と戦闘になった時に『自分の能力はこのような能力です』なんて自己申告してくる奴がいると思うか?」
 ……ぐうの音も出ない。でも少なくとも石黒さんは敵ではないから教えて欲しかった。まぁ実戦形式だからという意味も含めての模擬戦だったんだろう。
「とりあえずこのクラスの実力は分かっただろう。今日からコイツ等と仲良く切磋琢磨しながら使いこなしていけな。」
「……はぁ。」
 白い吐息を出しながら溜息交じりの生返事をしてしまった。大分失礼な態度だったな。言い直そう。
「……少しずつ、努力してみますよ。」
「ん。……しかし今日は冷えるな。」
「あ!それあーしも思った!さっきからバリサム!」
「うん……寒い……。」
 訓練場にいる四人の言葉一つ一つに白い吐息が見える。……絶対にあり得ない。
「いやしかし……少し異常なまでに寒過ぎる気がするでござるな?」
「あぁ……確かに異常だ。」
 季節的に言えば春爛漫。少し汗ばむくらいの時期のはず。それなのに身を震わせる程のこの寒気。異常気象と謂わんばかりの体感温度である。
 そして、に対して僕には少しだけ心当たりがあった。是非ともそれが外れていると思いたい。
「って!?え!?マジ!?どうなってんの!?」
 石黒さんが甲高い声を上げながら空を見上げる。雲が多少は見えるが、晴れ晴れとしたいい日和だ。そのはずなのに。白い結晶が空から落ちてくる。降雪である。
「今日……只の晴れ……気温20度くらいの……はず……!」
 体感温度的には氷点下まではいかないにしろ、そのくらいの寒さである。20度なんてとても感じられない。
「金刃。お前には心当たりがあるんじゃないか?」
 鼻をすすりながら蔭原先生が僕に聞いてきた。
「……どうしてそう思うんですか?」
「お前のその異常なまでの汗の量と震えと青白い顔面が気になってるんだな。」
 ……なんだって?言われてから自分の顔を触ってみる。じわっとした汗が手にべっとりとつく。いつの間にこんなに汗を?そしてこの手の震えは?
 ……もういい加減に認めたらどうだ?多分だけど僕の心当たりが正解だという事を。
「で、でででも……あぁぁあり得ないですよ。もう一か月以上会ってないのに!まままさかかかあさ」
「お久しぶりですね、乱さん。」
 背筋が凍るというのはこういう時に言うのだろう。久々に聞いた事のある声が背後から聞こえた。
 ゆっくりと恐怖を感じながら振り返ってみる。何かの間違いであってくれ。しかしその願いは叶わず、見覚えのある女性が目には映っていた。
「……か、母さん……?」
「はい。」
 氷川薫子ひかわかおるこ。この僕、金刃乱と母親その人である。
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