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No,10 雪降る夜の東京(5)
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そこは、低層ながらも中々良い感じのマンションだった。学生の一人暮らしにはちょっと上等過ぎるのではないか?とも思える。
「どうぞ入って?ここが僕の部屋だよ」
マモルに入室を促され、トオルは黙って靴を脱いだ。
「寒いね、今すぐ温めるよ」
トオルは周りを見渡した。懐かしい雰囲気のたたずまいだ。
(本当に、これってユッキの部屋の感じじゃないのか?)
「何か飲む?」
「あ……いや……」
「コーヒーを入れるよ。もうアルコールは十分だよね?せっかくの夜に酔っ払っちゃったらお話にもならないからね」
マモルはトオルを椅子に座らせ、手際良く部屋を整え始める。
そしてトオルは、落ち着かない様子で身を縮めていた。
玄関から入ってフローリングのDK。その続きに手頃な寝室。
その脇にも、何やらもう一部屋有るらしい──都内に一人住まいの物件としては上々だ。
「いつも……こんな事をしているのか?」
沈黙に耐え切れず、トオルが先に口火を切った。
「……こんな事って?」
コーヒーの準備に手を動かしながら、マモルがやんわりとはぐらかす。
「だからその……あんな店から男を指名して……」
「……たまにはね」
「え!」
「……嘘だよ。ちょっと遊んでる風を装おうとしたんだ。だけど、やっぱりトオルにはそんな風には思われたくない」
「マモル……」
「ふふっ、こんなのトオルが初めてだよ。ホントだよ?」
マモルがマグカップを差し出すと、トオルは黙って受け取った。
「あの店はね、冷やかしのつもりで入ってみたんだ。そしたらそこにトオルがいた……」
マモルも隣に腰掛けた。二人は静かにコーヒーを飲んだ。
「温かいな……」
トオルがぼそっと声を漏らす。カップの中から白い湯気が立ち上がった。
「……うん、温かいね」
外は深々と降りしきる粉雪。
二人の間にゆっくりとした時間が流れる。
「どうして俺なんかに目を付けたんだ……」
トオルからはどうしても、何か思い詰めた感が拭い切れない。
「ええっ?そりゃあ、あの中で君が一番カッコいいもん」
「それだけか?本当に、それだけなのか?」
トオルが、すがるような目をしてマモルを見詰める。
「………まだ疑っているんだね、僕が君の言う、ユッキなんじゃないのか?って」
「いや、君がユッキじゃない事は良く分かったよ。ただ……何だか自分でも分からないけど、もし君がユッキだったら、どんなに嬉しいかな……って……」
「さっきと全然反対のことを言ってる」
「ああ、そうだな……だから自分でもよく分からないんだ……」
マモルはそっとまつ毛を伏せて、熱いカップを口に当てた。
「会いたいの?その、ユッキって子に……」
マモルの胸がキュンと痛む。
「うん、会いたいよ。ずっとずっと会いたかった。
でも……会えない。会えば俺の方から逃げてしまう」
「さっきのように?」
「今の俺なんて見せられないよ。どんな顔をして会えばいいんだ」
──トオルは言葉を詰まらせた。ただじっと下を向く。
「良かった、僕はユッキじゃなくって」
そう言いながら心の中で、マモルは全く同じ事を思った。
(ユッキじゃなくて、本当に良かった……)
徐々にヒーターが利いてきた。二人は暖かな空気を感じる。
「抱いてくれる?」
「え?」
突然のマモルの要求に、トオルは一瞬あっ気に取られた。
「…だって、それが目的で連れて来たんだ。それがトオルの仕事だろ?」
「あ、ごめん……俺、すっかり忘れてた」
「あはっ、ごあいさつだな~。
今夜は雪も降っているし、一人寝が寂しくて連れて来たんだ。
湯たんぽの代わりくらいには……ちゃんとなって貰わなくっちゃ」
「マモル……」
トオルがマモルを抱き寄せる。マモルはトオルに身体を投げた。
「マモル、抱いてもいいのか?」
「言ってる事がめちゃくちゃだよ?僕がトオルを指名したんだ」
「ああそうか。そうだったよな……」
トオルの腕に力が加わる。
マモルはトオルの匂いに震えた。
(陽ちゃん、変わらないね………大人になっても変わっていない。懐かしくて甘い、陽ちゃんの匂いだ……)
マモルのくちびるに優しく触れて、トオルも激しく心を揺らす。
(ユッキ……まるで本当にユッキみたいだ……)
熱いくちづけ──
長いくちづけ──
抱き合う二人は、降りしきる雪の中に時間を止めた──。
「どうぞ入って?ここが僕の部屋だよ」
マモルに入室を促され、トオルは黙って靴を脱いだ。
「寒いね、今すぐ温めるよ」
トオルは周りを見渡した。懐かしい雰囲気のたたずまいだ。
(本当に、これってユッキの部屋の感じじゃないのか?)
「何か飲む?」
「あ……いや……」
「コーヒーを入れるよ。もうアルコールは十分だよね?せっかくの夜に酔っ払っちゃったらお話にもならないからね」
マモルはトオルを椅子に座らせ、手際良く部屋を整え始める。
そしてトオルは、落ち着かない様子で身を縮めていた。
玄関から入ってフローリングのDK。その続きに手頃な寝室。
その脇にも、何やらもう一部屋有るらしい──都内に一人住まいの物件としては上々だ。
「いつも……こんな事をしているのか?」
沈黙に耐え切れず、トオルが先に口火を切った。
「……こんな事って?」
コーヒーの準備に手を動かしながら、マモルがやんわりとはぐらかす。
「だからその……あんな店から男を指名して……」
「……たまにはね」
「え!」
「……嘘だよ。ちょっと遊んでる風を装おうとしたんだ。だけど、やっぱりトオルにはそんな風には思われたくない」
「マモル……」
「ふふっ、こんなのトオルが初めてだよ。ホントだよ?」
マモルがマグカップを差し出すと、トオルは黙って受け取った。
「あの店はね、冷やかしのつもりで入ってみたんだ。そしたらそこにトオルがいた……」
マモルも隣に腰掛けた。二人は静かにコーヒーを飲んだ。
「温かいな……」
トオルがぼそっと声を漏らす。カップの中から白い湯気が立ち上がった。
「……うん、温かいね」
外は深々と降りしきる粉雪。
二人の間にゆっくりとした時間が流れる。
「どうして俺なんかに目を付けたんだ……」
トオルからはどうしても、何か思い詰めた感が拭い切れない。
「ええっ?そりゃあ、あの中で君が一番カッコいいもん」
「それだけか?本当に、それだけなのか?」
トオルが、すがるような目をしてマモルを見詰める。
「………まだ疑っているんだね、僕が君の言う、ユッキなんじゃないのか?って」
「いや、君がユッキじゃない事は良く分かったよ。ただ……何だか自分でも分からないけど、もし君がユッキだったら、どんなに嬉しいかな……って……」
「さっきと全然反対のことを言ってる」
「ああ、そうだな……だから自分でもよく分からないんだ……」
マモルはそっとまつ毛を伏せて、熱いカップを口に当てた。
「会いたいの?その、ユッキって子に……」
マモルの胸がキュンと痛む。
「うん、会いたいよ。ずっとずっと会いたかった。
でも……会えない。会えば俺の方から逃げてしまう」
「さっきのように?」
「今の俺なんて見せられないよ。どんな顔をして会えばいいんだ」
──トオルは言葉を詰まらせた。ただじっと下を向く。
「良かった、僕はユッキじゃなくって」
そう言いながら心の中で、マモルは全く同じ事を思った。
(ユッキじゃなくて、本当に良かった……)
徐々にヒーターが利いてきた。二人は暖かな空気を感じる。
「抱いてくれる?」
「え?」
突然のマモルの要求に、トオルは一瞬あっ気に取られた。
「…だって、それが目的で連れて来たんだ。それがトオルの仕事だろ?」
「あ、ごめん……俺、すっかり忘れてた」
「あはっ、ごあいさつだな~。
今夜は雪も降っているし、一人寝が寂しくて連れて来たんだ。
湯たんぽの代わりくらいには……ちゃんとなって貰わなくっちゃ」
「マモル……」
トオルがマモルを抱き寄せる。マモルはトオルに身体を投げた。
「マモル、抱いてもいいのか?」
「言ってる事がめちゃくちゃだよ?僕がトオルを指名したんだ」
「ああそうか。そうだったよな……」
トオルの腕に力が加わる。
マモルはトオルの匂いに震えた。
(陽ちゃん、変わらないね………大人になっても変わっていない。懐かしくて甘い、陽ちゃんの匂いだ……)
マモルのくちびるに優しく触れて、トオルも激しく心を揺らす。
(ユッキ……まるで本当にユッキみたいだ……)
熱いくちづけ──
長いくちづけ──
抱き合う二人は、降りしきる雪の中に時間を止めた──。
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