上 下
23 / 29

モノローグ ⑫

しおりを挟む
──潮風の届く丘にて

 親友に戻った──あの頃に良い思い出なんて何も無い。
 あの頃は、本当に酷い状態だった。

 あれならむしろ、後先考えずにきっぱり僕が出て行けば良かった。
 折半していた家賃の事も、
負担してくれていた親の事も、
そしてピアノを抱えた和志の事も、何も考えずに飛び出せば良かった。

 親友に戻った以上、無理に別々に暮らす理由もない。
 僕達は変わらず一緒に暮した。
 でも、いつまでもこんな不自然な暮らしが続くはずないって、
本当は分かっていたね、
──二人とも。

 夢色のときめきは苛立ちに変わり、微笑みは苦笑に変わってしまった。
 僕は君から目を背けた。
 君のピアノを聴かなくなった。
 僕の心に、アンダンテ・スピアナートはもう響かない──。

 けれど、想い出は優しいね。

 時を隔てて今振り返れば、
確かにそこに君はいた。
 多くの苦悩にさいなまれても、
それでも一緒に君がいた。
 あの頃の二人があったから、
僕たち今、こうしていられる。

 和志と二人、
    こうしていられる。

──Memories  of  you

 あの不自然で無理な生活、
僕がそれを終わらせた──。


しおりを挟む

処理中です...