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──大学1年・急変の冬

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 凍てつく寒さに身を震わせる、ある冬の日の真夜中だった。

「七生、起きてるか?」
 就寝中──静かに、思い詰めた口調でつぶやく和志。
「…………」
 七生は背中を向けたまま、黙ってそれをやり過ごした。

「なぁ……起きてるんだろ?話が有るんだ」
「眠いんだ……明日にして欲しい……」
 七生には不安な予感があった。

 重い空気としばしの沈黙。
 徐々に早まる不穏な鼓動。

 和志が再び言葉を漏らす。
「俺達、このままでいいのかな」
「え……?」
「俺たち、いつまでもこんなじゃいけないって思うんだ」
「!」
 目をつぶり──七生は強く唇を噛んだ。

「七生……?」
「聞きたくない!そんな話……」
 七生は布団を被り直した。まるで耳を塞ぐように──。
 そんな七生に何も言えず、和志は言葉を詰まらせる。

(和志、やっぱり君は……)

 めくるめく思いに七生は震えた。和志が一体何を感じて何を思うか、七生には何となく分かってしまう。
 特に今夜はおかしかった。何か有るな──と感じていたのだ。

「和志……僕のことで、何か思うところが有るんだね……」
 あまりの息苦しさに思い余り、ついぽろりと言ってしまった。

 突然和志が向き直り、七生の背中を抱き締める。
「違うよ七生!好きなんだ、七生のことが好きで好きでたまらないんだ!」
「和志?」
 意外な答え。そんな和志に七生は戸惑う。

「俺達この先、一体どうなる?
男同士が悪いだなんて、俺はそんなこと思っちゃいない。そんな事思うくらいなら、初めっから七生とこんな風にはならなかったよ。
……だけどこの頃思うんだ。
俺達、このままじゃいつかきっと別れるのかなって……」
「どうして?どうしてそんな風に思う?僕は嫌だよ別れるなんて。このまま和志と一緒にいたいよ。別れるなんて考えられない……」

「俺も嫌だよ別れるなんて。だからこのままじゃ駄目なんだ!」
「どうしてこのままじゃ駄目なんだよ?言ってる意味が分からない……」
「七生は、この生活がずっと続けられると思っているのか?
俺たち今は学生だけど、いずれは社会人として違う道を歩いて行くんだ。親にも友人にも、誰にも言えない今の関係、このまま続くと七生は思うか?」
「和志……それは……」

「結婚のこと……考えたこと有るか?」
「けっ……こん……」
 思いも掛けない和志の問いに、七生は言葉を詰まらせる。
「俺、このごろ思うんだ……結婚して子供を作って家族で暮らす。そんなのあたりまえだと思っていたけど、俺達には無理だろう?」
 七生は耳を塞ぎたかった。確かにそれは七生も思う。思うからこそ聞きたくなかった。
「もういい……もう、分かったよ和志……」
 そう言って七生は身体を離した。でも和志は言葉を続ける。

「だから俺達、このままじゃいけない。このままじゃいつか別れてしまう。なぁ、七生。俺たち親友に戻れないか?」
「……親友?」
「俺たち、昔のように親友に戻ろう?親友だったら別れなんて無いんだ。もし互いに結婚しても、親友だったら誰にはばかる事もなく、ずっと付き合って行けるんだ」

(あっ!!)瞬間、七生の脳裏にひらめきが走る!

「和志……誰かいるんだね……」
「七生、俺は…」
「隠さなくていいよ。いや、隠さないで欲しい!………結婚って、女の人?女の人なんだね!」
 和志は今夜、実はそれを話そうと決心していた。
「同じ大学でバイオリンをやっている子なんだ。彼女が俺を好きだって……」
「和志は?和志は好きなの?その子のことを……」
 七生の心が嵐に打たれる。唇を震わせ、暗闇を見据える。

「……嫌いじゃないよ……でも、愛しているのは七生、おまえだけだ……」
「そんなのずるい!酷すぎるよ!」
「分かってる。だけどそれが真実なんだ。最低だよ……俺は……」
 力無く答える和志に対し、七生は激しい怒りを感じた。そしてついに瞳が潤む。

「本当に最低……そんなで和志、慰めのつもり?むしろはっきりと言って欲しい。もう、僕のことを愛してないって。その方がずっとすっきりするのに……」
「慰め?違うよ七生、慰めなんかじゃない。愛しているんだ、七生だけを……。
本当は俺、怖いんだ。そんな自分の思いが怖いんだ。その恐怖から逃げようとしている。七生を好きだって気持ちを殺そうとしている!」
「和志……」

「ごめん、俺……七生の事が好き過ぎるんだ。上京して七生と暮らし始めて、俺は益々七生のことが好きになってる。いや、これからきっと、もっともっと好きになるんだ。俺は七生無しではいられな
くなる。そんな自分が恐いんだ。そんな自分の未来が見えない……」
 こんな弱気な和志を知らない。
 七生は虚無のため息を吐いて、そっと和志の手を握った。

「知らなかったよ、和志がそんなに悩んでいたなんて。確かにこのままだと僕たちに先はないよね。
……分かったよ。親友に戻れば、別れなくてもいいんだね?
戻ろう?親友へ……」
「七生……?」
 逆に戸惑う和志に対し、七生は諦めの笑顔を見せる。

「実際……別れるって言ったって家賃は互いの親頼みだし、和志はピアノを持ち込んでるし、自分達の勝手で直ぐに引っ越しは難しいしな。和志がその彼女と付き合うと言うなら、僕たちが親友に戻るしか無い……」
「いいのか、七生?」
「いいも悪いも、三角関係なんて御免だね」
「あ……うん……」
「その子とは、いつから?」
「秋の学内コンサートの時、彼女の伴奏を受け持った」
 七生は学内コンサートを思い出す。当然、和志のピアノを聴きに行った。
(ああ、和志と組んでいた、あのバイオリンの人……)
 赤いドレスの似合う派手な美人だったと記憶している。

「その人のこと、好きに成れればいいね……」
 嫌味じゃなくてそう思う。七生には和志の悩みが分かるから──そして思いがほとばしった。

「僕たちが、男同士だからなんだよね?もしこれが男女だったら、こんなに好きでこんなに愛して、当たり前に結婚して幸せに成れたんだよね?僕達が、男同士だからいけないんだね……」

「七生……」

「いいよ?親友だなんて暑苦しい言い方はしなくていい。僕たちはもう、普通にただの友達だ。
その代わり……キスも抱っこも、これからは全部無しだからね!」

「え?あ、ああ……」
 親友に戻るとはそう言う事かと、今更に思う和志だった。

 七生が急に起きて照明を点けた。急展開に和志は驚く。
「和志、布団をピアノ部屋に持ってって。元々二人住まい用の部屋だったんだ。これからは、ピアノ部屋が和志の寝場所だ」
「え、それ今から?」
「当たり前だろ?!ただの友達と布団をくっ付けて、枕並べて安眠出来るか!
今からここは僕の個室だ。だからとっとと出て行ってくれ!」
「ああ、分かったよ……」

「それから最後にもうひとつ。彼女をこの部屋には連れ込まないって、それだけは必ず守って欲しい!」

──和志を部屋から追い立てて、七生は頭から布団を被った。


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