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──中等部1年・友情の春
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中等部にもようやく慣れてきたある日の放課後、七生と和志は裏庭のベンチでひと時を過ごす。
生い茂った木々に囲まれ、春風に揺らされる木漏れ日の中で、二人はありふれた日常を共有していた。
「なぁ七生……文芸部って、何をやってるんだ?」
七生は中等部に進学すると、迷わず文芸部に席を置いた。
元々物書きが好きだったし、和志からの好影響で人付き合いが増えた今でも、むしろ内向的だった頃以上にノートと向き合う機会が増えた。
「うん、詩を書いたり、作文したり……そうそう、文化祭に向けて文集を出すんだ」
「ふ~ん、地味な事してんだな」
「まぁね、確かにその通りだね。でも僕には向いてるから」
和志を通して活動的になった今でも、七生にとってペンは必要不可欠な安定剤と言えた。
(あ~あ、こうして好きな文章を書き続けて……いつまでもずっと生きて行けたらどんなにいいだろう……)
実は近頃、七生はそんな事を真面目に考え始めている。
「七生はどんな小説を書きたいんだ?」
「……意外だろうけど、推理小説が好きなんだ。将来はミステリー作家を目指したりして♪」
「あ、確かに向いてるかも知れないぞ!七生って、頭の中でたくさん人を殺してるだろ?」
「そうだな、和志の事なんて今まで何回殺したかな~?」
「ええっ?!うそだろ?」
「うそだよ♪そっちが先にいじったからさ」
「ごめんごめん、でも七生は頭がいいから、本当に作家になれるかも知れないぞ?」
「それなら和志はピアニスト?」
「ないない!俺にはそんな才能、全く無いから」
和志が「ピアノ伴奏者」として合唱部に入ったのには、仲間のみんなが驚いた。誰もがみんな、和志はどこか運動部に入るものだと思い込んでいた。
初等部時代──和志がピアノをやっているなんて誰もが知らなかった。もちろん七生もその一人だった。
(和志がピアノをやっているだなんて驚いたよ。全くそんなイメージじゃなかったから……)
男子校においてピアノ演奏者は希少価値だ。身上書の特技欄にピアノと記入された和志に対して、確かに合唱部の顧問指導者から勧誘は有った。
が、入部したのは和志自身の判断だった。ピアノを自由に弾ける環境で学院生活を送りたいとの希望があった。
資訓学院の合唱部には女子がいない。故に人数不足は否めない。が、決してレベルは低くなかった。コンクールでも演奏会でも定評があった。
「俺がピアノだなんて、ガラじゃないだろ?恥ずかしいから黙っていたんだ。」
「そんな事もないけど、でも和志の場合、やっぱり真っ黒になってグランドを駆け回っている方がイメージかもね、あはっ」
「だろ?そうだと思う……
うん、でも俺、実はピアノが好きなんだ。初等部の時はただ恥ずかしいだけだったけど……中等部に上がって──好きなものを好きだってちゃんと言える人生の方が楽しいかな?って、そんな風に思うようになった」
「和志……そうだね、その方が絶対に楽しいよ!そんな風に考えた和志がすごい!──好きなものをちゃんと好きだって言える人生?確かにそうありたいものだよ。だったら僕も応援するよ!
やっぱり進路は音大を目指す?」
「いやいや!好きなのと才能は別物だよ。俺なんて下手の横好きさ、音大なんて夢のまた夢」
「何にでも積極的な和志なのに、
どうしてピアノとなるとそんなに
弱気になるんだろう?そんなの、
全然和志らしくないや」
「確かにピアノは大好きだけど、好きだけではどうにもならない。巨大なピアノ・ランキングの中で自分がどの位置に着けているのか自覚している。俺には音大なんて無理なのさ」
「ん~ん、僕は好きだよ、和志のピアノ。和志がピアノ弾くの?!って驚いた時、音楽室のピアノを弾いて聴かせてくれただろう?
激しい曲も凄かったけど、ほら、あの優しいショパンの曲。
アンダンテ・スピアナート?
和志がこんなにナイーブな音楽を奏でるんだって、僕は大いに感激したよ?」
「そうか?照れるな……」
「明るくて元気で屈託も無くて、そんな和志にあんな繊細な一面が有るなんて。切なくて……情感に溢れていて……。
僕は好きだよ?和志のピアノ」
「あははっ、切ない情感?さすが文学少年は言う事が違う。参ったな。あの曲は、アンダンテ・スピアナートは、本当はあの後に続く壮大なポロネーズの前奏なんだ。
でも、俺はあの曲がとても好きなんだ……優しくて、悲しくて……だからあの部分だけをよく弾くんだ、って、あ、うんちくたれちゃった?さあ!帰ろ?下校時間だ」
和志はスッと立ち上がり、照れ笑いに顔を赤らめる。
「和志、中等部に上がってクラスも部活も違うのに、こうしていつも一緒にいてくれる。
ありがとう……」
振り返り、七生の笑顔が木漏れ日に揺れた。
「何を今さら、俺たちは親友じゃないか」
「親友?うん、そうだね、僕たちは親友だったね」
「ああ、そうさ」
七生の胸に、何か切ないものが込み上げる。
(僕たちは親友だから、だからこうして一緒にいられるんだね。
…………親友……だから……)
何故か悲しい予感が走った──二人の固い友情に、何も不安など無いはずなのに──。
和志といると、時々こんな風に落ち着かなくなる。
自分がどうしたいのか、自分の事なのに分からない──。
(和志………君と出会って友情を知った。それが、こんなにも熱い感情だったなんて……)
透けるような青空の下。
──ある春の日の事だった。
生い茂った木々に囲まれ、春風に揺らされる木漏れ日の中で、二人はありふれた日常を共有していた。
「なぁ七生……文芸部って、何をやってるんだ?」
七生は中等部に進学すると、迷わず文芸部に席を置いた。
元々物書きが好きだったし、和志からの好影響で人付き合いが増えた今でも、むしろ内向的だった頃以上にノートと向き合う機会が増えた。
「うん、詩を書いたり、作文したり……そうそう、文化祭に向けて文集を出すんだ」
「ふ~ん、地味な事してんだな」
「まぁね、確かにその通りだね。でも僕には向いてるから」
和志を通して活動的になった今でも、七生にとってペンは必要不可欠な安定剤と言えた。
(あ~あ、こうして好きな文章を書き続けて……いつまでもずっと生きて行けたらどんなにいいだろう……)
実は近頃、七生はそんな事を真面目に考え始めている。
「七生はどんな小説を書きたいんだ?」
「……意外だろうけど、推理小説が好きなんだ。将来はミステリー作家を目指したりして♪」
「あ、確かに向いてるかも知れないぞ!七生って、頭の中でたくさん人を殺してるだろ?」
「そうだな、和志の事なんて今まで何回殺したかな~?」
「ええっ?!うそだろ?」
「うそだよ♪そっちが先にいじったからさ」
「ごめんごめん、でも七生は頭がいいから、本当に作家になれるかも知れないぞ?」
「それなら和志はピアニスト?」
「ないない!俺にはそんな才能、全く無いから」
和志が「ピアノ伴奏者」として合唱部に入ったのには、仲間のみんなが驚いた。誰もがみんな、和志はどこか運動部に入るものだと思い込んでいた。
初等部時代──和志がピアノをやっているなんて誰もが知らなかった。もちろん七生もその一人だった。
(和志がピアノをやっているだなんて驚いたよ。全くそんなイメージじゃなかったから……)
男子校においてピアノ演奏者は希少価値だ。身上書の特技欄にピアノと記入された和志に対して、確かに合唱部の顧問指導者から勧誘は有った。
が、入部したのは和志自身の判断だった。ピアノを自由に弾ける環境で学院生活を送りたいとの希望があった。
資訓学院の合唱部には女子がいない。故に人数不足は否めない。が、決してレベルは低くなかった。コンクールでも演奏会でも定評があった。
「俺がピアノだなんて、ガラじゃないだろ?恥ずかしいから黙っていたんだ。」
「そんな事もないけど、でも和志の場合、やっぱり真っ黒になってグランドを駆け回っている方がイメージかもね、あはっ」
「だろ?そうだと思う……
うん、でも俺、実はピアノが好きなんだ。初等部の時はただ恥ずかしいだけだったけど……中等部に上がって──好きなものを好きだってちゃんと言える人生の方が楽しいかな?って、そんな風に思うようになった」
「和志……そうだね、その方が絶対に楽しいよ!そんな風に考えた和志がすごい!──好きなものをちゃんと好きだって言える人生?確かにそうありたいものだよ。だったら僕も応援するよ!
やっぱり進路は音大を目指す?」
「いやいや!好きなのと才能は別物だよ。俺なんて下手の横好きさ、音大なんて夢のまた夢」
「何にでも積極的な和志なのに、
どうしてピアノとなるとそんなに
弱気になるんだろう?そんなの、
全然和志らしくないや」
「確かにピアノは大好きだけど、好きだけではどうにもならない。巨大なピアノ・ランキングの中で自分がどの位置に着けているのか自覚している。俺には音大なんて無理なのさ」
「ん~ん、僕は好きだよ、和志のピアノ。和志がピアノ弾くの?!って驚いた時、音楽室のピアノを弾いて聴かせてくれただろう?
激しい曲も凄かったけど、ほら、あの優しいショパンの曲。
アンダンテ・スピアナート?
和志がこんなにナイーブな音楽を奏でるんだって、僕は大いに感激したよ?」
「そうか?照れるな……」
「明るくて元気で屈託も無くて、そんな和志にあんな繊細な一面が有るなんて。切なくて……情感に溢れていて……。
僕は好きだよ?和志のピアノ」
「あははっ、切ない情感?さすが文学少年は言う事が違う。参ったな。あの曲は、アンダンテ・スピアナートは、本当はあの後に続く壮大なポロネーズの前奏なんだ。
でも、俺はあの曲がとても好きなんだ……優しくて、悲しくて……だからあの部分だけをよく弾くんだ、って、あ、うんちくたれちゃった?さあ!帰ろ?下校時間だ」
和志はスッと立ち上がり、照れ笑いに顔を赤らめる。
「和志、中等部に上がってクラスも部活も違うのに、こうしていつも一緒にいてくれる。
ありがとう……」
振り返り、七生の笑顔が木漏れ日に揺れた。
「何を今さら、俺たちは親友じゃないか」
「親友?うん、そうだね、僕たちは親友だったね」
「ああ、そうさ」
七生の胸に、何か切ないものが込み上げる。
(僕たちは親友だから、だからこうして一緒にいられるんだね。
…………親友……だから……)
何故か悲しい予感が走った──二人の固い友情に、何も不安など無いはずなのに──。
和志といると、時々こんな風に落ち着かなくなる。
自分がどうしたいのか、自分の事なのに分からない──。
(和志………君と出会って友情を知った。それが、こんなにも熱い感情だったなんて……)
透けるような青空の下。
──ある春の日の事だった。
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