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──初等部5年・動揺の春
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新学期──。
七生は憂鬱な気分で登校していた。今日から5年生。2年毎に行われるクラス替えのある学年だ。
(嫌だなぁ、やっと慣れたと思ったのに、また一からやり直しだ)
特に陰気だと言う訳ではない。まして人嫌いだなんてとんでもない。けれど七生は、何故か人と馴染むのが苦手な子供だった。
当然親しい友人を作るのも得意ではない。そんな七生にとって、気苦労の多いクラス替えは心の重荷でしかなかった。
七生の通う資訓学院は、文武両道、質実剛健を旨とする小、中、高の一貫教育でも名の知れた歴史ある男子校である。
そんな中にあって、七生は成績こそ上位の優等生だったが、運動の方はあまり得意とは言い難い。決して鈍いと言う訳ではないのだが、生まれながら身体が頑丈だとは言えなかった。
スポーツでも遊び事でもかなり活発なこの学院において、七生はどうしても気後れしてしまう事が多々あった。そんなところが多分に七生の消極的な姿勢──その原因となっていたのかも知れない。
しかしそれはあくまで七生自身の内面的な事情であって、周りの七生に対する評価は少し違っていた。
決して無愛想な訳ではないのに、何故かみんなの輪から一歩距離を置いた七生の事を、級友たちは自分よりもちょっと大人びた、落ち着いた雰囲気の優等生と思っていたし、まさか自分達と一緒にやんちゃな悪戯をするような筈もない、クールな存在と受け止めていた。
そしてそんな周りの思い込みが益々七生を孤独にさせ、包み込むベールの厚さを増していたのかも知れない。
(ここが新しい教室か……)
かなり早目に登校した七生は、まだ数人しか到着していない教室へと入って行く。春休み中に通知されたクラス表で、自分の座るべき席は把握していた。
七生が入室した途端、一瞬確かにざわめきが止まった。緊張の面差しでゆっくりと席に着く七生──既にいくつかのグループが出来上がっている新しい級友たちの視線に、七生は深いため息を吐く。
(どうしていつも、あんな目で見られるんだろう……)
七生自身が思いもよらぬ極めて表面的な理由が有る事に、彼は全く気付いていない。七生はこの男子ばかりの校内において、まるで女子と見紛う程に容姿の美しい少年だった。
思春期にはまだ早い10歳の少年たちの間では、美貌などと言う価値観は未だ存在し得ない。けれど彼等は七生に対して、やはり何かしら自分達とは異質な、近寄り難い雰囲気を感じ取っていたのだった。
まして七生は、前述の通り決して気さくな性格とは言い難かったから尚更である。知らないのは七生自身だけで、実際彼は、かなり目立つ生徒のひとりだった。
(とにかくここで2年間一緒に過ごすクラスメイトなんだ。仲良く出来るように頑張らなくっちゃ)
かなり緊張の面持ちでシャンと背筋を伸ばした七生の姿は、確かにどう見ても優等生然としていて中々に近寄り難い。そんな印象を周りに与えている事に、彼自身は全く気付いていないのだ。
(ちょっと、早く来すぎたかな……)
居心地の悪さに下を向く七生。そんな七生の後ろ姿に真っ直ぐに近づく一人の少年。
──後から、少年がポンと七生の肩に手を置いた。
(え?)
七生はハッとして息を呑む。そして無造作に隣の席に着く人影の方へと、反射的に振り向いた。
そしてそこには、眩しい程に明るく屈託も無い笑顔があった。
「やあ、隣同士だな」
「あ……うん……」
まるで見知らぬ少年だった。
そして七生は、何故か取り憑かれたように少年の顔を凝視していた。
少年は浅黒い肌に白い歯を見せ、その瞳は黒曜石の様に輝いて見える。
少年はそっと七生の胸に手を伸ばし、そこにある名札に触れて覗き込む。
「藤崎七生……もしかして君って7月生まれ?顔に似合った可愛い名前だ」
「ええっ?」
七生には自分の顔が見る見るうちに紅潮してくるのが良く分かった。
確かに親戚の伯母や近所の人達に「可愛い」とか「きれい」とか言われることも時々はあったが、まさか学校で同い年の男子からそんな事を言われようとは、七生にはとても考えられない事だった。実際、そんな事を言う同級生は今まで一人もいなかった。
「俺、瀬尾和志って言うんだ。同じクラスになるのは初めてだな、よろしく!」
和志は臆面もなく七生の肩に手を回す。
「え!……あ……」
七生は黙ってそっぽ向いた。
胸が苦しい。
何かこう──ぐぐっと熱いものが込み上げてくる。
(どうしたんだろう僕は……)
七生にとって、和志との出会いは戸惑いと動揺の日々の始まりだった。
藤崎七生
──そして瀬尾和志。
それが二人の出会いだった。
七生は憂鬱な気分で登校していた。今日から5年生。2年毎に行われるクラス替えのある学年だ。
(嫌だなぁ、やっと慣れたと思ったのに、また一からやり直しだ)
特に陰気だと言う訳ではない。まして人嫌いだなんてとんでもない。けれど七生は、何故か人と馴染むのが苦手な子供だった。
当然親しい友人を作るのも得意ではない。そんな七生にとって、気苦労の多いクラス替えは心の重荷でしかなかった。
七生の通う資訓学院は、文武両道、質実剛健を旨とする小、中、高の一貫教育でも名の知れた歴史ある男子校である。
そんな中にあって、七生は成績こそ上位の優等生だったが、運動の方はあまり得意とは言い難い。決して鈍いと言う訳ではないのだが、生まれながら身体が頑丈だとは言えなかった。
スポーツでも遊び事でもかなり活発なこの学院において、七生はどうしても気後れしてしまう事が多々あった。そんなところが多分に七生の消極的な姿勢──その原因となっていたのかも知れない。
しかしそれはあくまで七生自身の内面的な事情であって、周りの七生に対する評価は少し違っていた。
決して無愛想な訳ではないのに、何故かみんなの輪から一歩距離を置いた七生の事を、級友たちは自分よりもちょっと大人びた、落ち着いた雰囲気の優等生と思っていたし、まさか自分達と一緒にやんちゃな悪戯をするような筈もない、クールな存在と受け止めていた。
そしてそんな周りの思い込みが益々七生を孤独にさせ、包み込むベールの厚さを増していたのかも知れない。
(ここが新しい教室か……)
かなり早目に登校した七生は、まだ数人しか到着していない教室へと入って行く。春休み中に通知されたクラス表で、自分の座るべき席は把握していた。
七生が入室した途端、一瞬確かにざわめきが止まった。緊張の面差しでゆっくりと席に着く七生──既にいくつかのグループが出来上がっている新しい級友たちの視線に、七生は深いため息を吐く。
(どうしていつも、あんな目で見られるんだろう……)
七生自身が思いもよらぬ極めて表面的な理由が有る事に、彼は全く気付いていない。七生はこの男子ばかりの校内において、まるで女子と見紛う程に容姿の美しい少年だった。
思春期にはまだ早い10歳の少年たちの間では、美貌などと言う価値観は未だ存在し得ない。けれど彼等は七生に対して、やはり何かしら自分達とは異質な、近寄り難い雰囲気を感じ取っていたのだった。
まして七生は、前述の通り決して気さくな性格とは言い難かったから尚更である。知らないのは七生自身だけで、実際彼は、かなり目立つ生徒のひとりだった。
(とにかくここで2年間一緒に過ごすクラスメイトなんだ。仲良く出来るように頑張らなくっちゃ)
かなり緊張の面持ちでシャンと背筋を伸ばした七生の姿は、確かにどう見ても優等生然としていて中々に近寄り難い。そんな印象を周りに与えている事に、彼自身は全く気付いていないのだ。
(ちょっと、早く来すぎたかな……)
居心地の悪さに下を向く七生。そんな七生の後ろ姿に真っ直ぐに近づく一人の少年。
──後から、少年がポンと七生の肩に手を置いた。
(え?)
七生はハッとして息を呑む。そして無造作に隣の席に着く人影の方へと、反射的に振り向いた。
そしてそこには、眩しい程に明るく屈託も無い笑顔があった。
「やあ、隣同士だな」
「あ……うん……」
まるで見知らぬ少年だった。
そして七生は、何故か取り憑かれたように少年の顔を凝視していた。
少年は浅黒い肌に白い歯を見せ、その瞳は黒曜石の様に輝いて見える。
少年はそっと七生の胸に手を伸ばし、そこにある名札に触れて覗き込む。
「藤崎七生……もしかして君って7月生まれ?顔に似合った可愛い名前だ」
「ええっ?」
七生には自分の顔が見る見るうちに紅潮してくるのが良く分かった。
確かに親戚の伯母や近所の人達に「可愛い」とか「きれい」とか言われることも時々はあったが、まさか学校で同い年の男子からそんな事を言われようとは、七生にはとても考えられない事だった。実際、そんな事を言う同級生は今まで一人もいなかった。
「俺、瀬尾和志って言うんだ。同じクラスになるのは初めてだな、よろしく!」
和志は臆面もなく七生の肩に手を回す。
「え!……あ……」
七生は黙ってそっぽ向いた。
胸が苦しい。
何かこう──ぐぐっと熱いものが込み上げてくる。
(どうしたんだろう僕は……)
七生にとって、和志との出会いは戸惑いと動揺の日々の始まりだった。
藤崎七生
──そして瀬尾和志。
それが二人の出会いだった。
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