昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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四章 果て無き雲の彼方へ

No,98 父の真実

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 藤代の話により全てを知った翌日──明彦は病室の父を見舞った。耕造は一人静かに横たわっていた。

「明彦か……」
「父さん、昨日は僕が感情的になったばかりに、父さんをこんな目に……」

「いや、お前のせいではない。元々医者からは言われていたのだ、重い業務からは離れて静養するようにと」
「そんな!そんなお父さんに対して僕はあんな事を……」

「それより明彦、心の整理はついたのか?」
「それが……昨日藤代さんから話を聞いて以来、夜も眠れずに苦悩しています。そして心はぐじゃぐじゃです。
何をどう考えたら良いのか、まるで分かりません……」

「分かるぞ。私にもそう言う年頃があった。お前の母親の事では心底思い悩んだものだ」
「父さん……」

「そして今回、私もお前たち二人が再会し、つまりその、親密になっていると知って動揺した。しかしそれを高圧的に押し潰そうとしたのは私の間違いだった。
お前が昨日、家を出て行くと言って飛び出した時に私は知った、どんなにお前の事が大切かを……」
「父さん?」

「明彦、お前が可愛い……
私の生涯で一番の喜びは、お前の存在そのものなのだ」
「え?」

「子供など持てぬと諦めていた私が、お前の存在を知ってどれほど歓喜したか……
私は、お前の事を心底息子として愛おしいと思っている」
「そんな、父さんの言葉とは思えません」

「確かに、全くそうだな。
私はずっと冷徹な養父を演じなくてはならなかった。
だがそれも終わりだ。
ああ、こうしてお前に対する本当の気持ちを、口に出して言える日が来ようとは……」
「父さん……」

「いいか、よく聞いてくれ、私もこの歳まで広い世界を渡り歩き、多くの人と関わって来た人間だ。世の中に同性愛と言う観念が有るのも良く知っている。
が、私はそんな事でお前を責めたり否定はしない。それより、お前が大切な息子だと言う心情の方が、私には遥かに大事だ」
「……父さん」

「しかし……兄弟と言うのはどうだろう……元より近親姦は禁忌とされるが、同性なら許されるのだろうか?
私にはどうしてもそれが受け入れ難い……」
「それは……僕も、それを知って絶望しています。まさか祐二が実の弟だったとは……
俯瞰で見れば倫理的にも道徳的にも、決して許される事ではないと僕は思います。
でも今の僕には、この受け入れ難い事実をどう消化して、この抑えきれない思いにどう収拾を付けるべきなのか……
全く支離滅裂で結論が見えません……」

「人間の感情など、そう安々と解明出来るものではない。とにかく今は思い悩むしかないだろう」
「父さん……」

「絹子からの報告を受け、調査書に添付されていた彼の写真を見て驚いた。
彼は静枝に生き写しだ。
私は、これは静枝ではないか?と、声に出してしまいそうなくらいだった」
「え?」

「お前は私に似ているがな」
「はい、今の僕にはそう思えます」

「実は私は、昔から彼もお前の弟として、一緒に養子に取りたいと願っていた。何せ彼はお前の弟だと言うだけでなく、私にとっても掛け替えの無い静枝の産んだ子供だ。
だが、それはずっと秋本に阻まれていたのだ。父親である秋本の承諾を得なければこの話は成立しない」
「父さん、そんな事を考えていたんですね」

「だが、もしそうなれば晴れてお前たちは戸籍上でも兄弟だ。もしそれが叶ったら、お前たちは普通の兄弟としての真っ当な関係に、軌道修正する事は出来るか?」
「父さん……それは……とても難しいと思いますが……」

「まあ、今直ぐ答えを出せとは言わん。しばらく良く考えてみなさい」
「はい……」

「あと、絹子には本当に申し訳なかった。お前が私の実子で有ることも、お前たちが兄弟であることも、何も知らせずに今に至ってしまった。
 絹子は男同士の事など何も知らん。お前たちの事もただの幼なじみと思っていたくらいだ。そこはおもんばかってやってくれ」
「分かりました……」

「静枝の……お前の母親の墓が有るのだ」
「え?」

「帆ノ崎に元々加藤家の墓が有って、静枝がそこに埋葬されている……
行ってみるか?」

「はい、是非……!」

 つい昨日、あれほど激しく憎んだはずの父親なのに、今は不思議と心が通じる。
 病室に横たわる父親の顔は頬がやつれ、精彩が失せたように見受けられた。

 明彦は父親の回復を心から祈り、病室を後にした。


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