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四章 果て無き雲の彼方へ
………明彦の出生
しおりを挟む1957年
──今を去ること29年前。
当時18歳になったばかりの加藤静枝が住み込みのメイドとして豪田家に入った頃、耕造は弱冠20歳の大学生であった。
幼くして両親を亡くし、育ててくれた祖母さえも亡くしてしまった静枝だったが、知り合いのつてを頼りに、何とか豪田家と言う勤め先にたどり着く事が出来た。
不幸な生い立ちながらも、その容姿だけはたぐい稀なる美貌に恵まれていた静枝と出会い、耕造は一目で恋に落ちる。
折に触れ互いを知っていくうち、静枝が美しいだけでなく、その心根も健気なほど優しい性質である事を知った耕造は、益々静枝に惹かれていくのだった。
そして知り合って半年も経たぬうち、二人は愛し合うようになり結ばれた。
ただ、人目をはばからなければならない二人の恋がそう長く続く筈もなかった。
あまりにも残酷な身分違いの恋──その障害は若き耕造にとっては益々恋の炎を燃やす気迫にも繋がったが、苦労を知る静枝にとっては辛く悲しい制約でしかなかった。
1959年──
耕造に雪辻元伯爵家の令嬢、絹子との縁談が整ったのを知り、静枝はひとり身を引き、黙って姿を隠した。
実はその時、既に耕造の子を身籠っていた静枝だったが、そんな重大事でさえ誰にも知らせず、静枝は懐かしき故郷──帆ノ崎へと帰って行った。
もちろん耕造は手を尽くして静枝を捜した。
当然、静枝の故郷である帆ノ崎にも手を回したがようとしてその行方は掴めず、初めての燃えるような恋に傷付いた耕造もまた、ただ流れのまま絹子と結婚する事となった。
つまり耕造は知らなかったのだ。
まさか静枝が自分の子供を身籠っているとは、夢にも思っていなかったのだ。
1960年──
明彦は静枝の私生児としてこの世に生を受けた。
そして静枝はたった一人で明彦を育てるため、それこそありとあらゆる職業を転々とせざるを得なかった。
とにかく乳飲み子を抱えながら働くと言うのは容易ではない。
そんな静枝がようやくたどり着いた職場が、この帆ノ崎の寂れかけた盛り場に建つ、託児所付きの大衆キャバレーであった。
職種をどうのこうの言ってはいられなかった。とにかく幼い明彦を預かって貰えるだけでもどんなに助かる事だったか。
静枝は慣れぬ仕事に文句も言わず、それこそ必死に働いた。
そんな静枝は持ち前の器量好しも手伝って、やがては店一番の売れっ子にもなる。
──そんなところから人生をさらに狂わせる事となって行くのだから、努力とは皮肉だ。
幼い明彦と静枝のふたりぼっち──苦労はしたが、その頃が母と子の最も幸福な日々だったのかも知れない。
さて、そんな明彦がやがて施設に置き去りにされる。
長い年月を施設で過ごし、そして降って湧いた養子縁組で豪田家に引き取られたのが
15歳の頃だ──。
耕造は明彦の存在どころか、静枝の行方さえ、自力では突き止められなかった。
なのになぜ?
どうやって耕造は明彦の存在を知ったのか?
──それには、実は祐二の存在が絡んでいたのだ。
明彦と祐二の出会いは、決して偶然ではなかったのだ。
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