105 / 121
四章 果て無き雲の彼方へ
No,87 A列車で行こう
しおりを挟むホールの外に設けられた古風なテラス──
ただ一人、その手すりにもたれながら下を向き、ひたすらに涙をこらえる祐二だった。
その後ろからそっと忍び寄る影──聞き慣れた優しい声が祐二の耳に静かに届いた。
「どうした?元気が無いな」
後ろ向きのまま、はっと目を見開く開く祐二。
「アキ兄ちゃんなんて、知らないよ!!」
その声は研ぎ澄ました優夜のものではなく、完全に拗ねた時の祐二の物言いそのものだった。
「おや?どうしました?優夜嬢ともあろうものがそんな風に取り乱してはいけませんね。いつも冷静なあなたらしくありませんよ?」
「わ、わたくしが取り乱したですって?どうしてわたくしがそんな愚かな!
わたくしは……」
慌てて取り繕うその様子に明彦は大きなため息を吐き、呆れ顔でそれをたしなめる。
「……なんて世まい言を、今さら言ったって仕方ないだろう、祐二!」
「だって…」
「そんな芝居がかった台詞を吐くのはもう止めろ!」
その途端、祐二の両目が吊り上がる。
「だったら言うけど!なんだよあの腑抜けた態度は!
だいたい玲央なんて見た目は可愛らしいけど、本当は性悪で金の事しか頭にないんだ!
そんな事も見抜けずに間抜け顔でへらへらしちゃって、情け無くて見てらんないよ!」
それは祐二にとって、生まれて初めて知る「嫉妬」という激しい感情の乱れだった。
「おやおや?おまえは俺と別れる為に、俺に嫌われる為にわざわざこんな事をしていたんじゃなかったのか?」
「そうさ!それは、そうなんだけど……」
嫉妬のため、思考が混乱している祐二だった。発言にぶれが生じている。
──それだけに明彦のペースに乗せられている。
「語るに落ちたな。なぜ俺に嫌われなくちゃならない?」
「それは……」
「だいたい何なんだあの手紙は、俺が今更あんな馬鹿馬鹿しい手紙を鵜呑みにすると思うか?おまえの考えている事なんて俺にはとっくにお見通しだ」
「でも、別れなくちゃいけないんだ!どうすれば諦めてもらえるかと思って……」
「誰なんだ?」
「えっ?」
「父か母か、あるいは藤代さんか!」
「な、何を言っているのか分からないよ……」
「おまえが言わなくても俺は必ず突き止めるぞ。そしてこの際、おまえの事をはっきりと認めてもらうんだ!」
「だめだよアキ兄ちゃん!
そんな事をしたら騒ぎが大きくなるだけだよ!」
こうなったら明彦はテコでも動かない事を祐二はよく知っている。
事ここに至っては、もはや観念するしかない──
「奥様だよ」
「母が?」
「藤代さんに案内されて先日いらしたんだ」
「そうか、母か……よし分かった。もうおまえは何も心配するな!」
「アキ兄ちゃん?」
「この件はもういい、大丈夫だ、俺にまかせろ」
「…………」
「祐二、もういいだろ?俺の元へ戻ってこいよ」
祐二はついに涙をこぼし、明彦の胸に顔を埋める。
明彦はそれを優しく受け止めると、にっといたずらな笑顔を見せた。
「懐かしい優夜、綺麗だよ♡
おまえのこんな姿はもう見られないだろ?勿体ないから今夜はラスト・ワルツまで踊り明かそう♪」
「うん、そうだね……こんな豪華な夜会には、きっと二度と縁がないよね」
女姿の祐二の手を取り、明彦がホールへ向かいエスコートする。
「祐ちゃん……」
ふっと現れた健が声を掛けた。
「健ちゃん?」
祐二も顔を向ける。
「祐ちゃん、明彦さんが迎えに来てくれて良かったね」
「うん」
こっくりと素直にうなずいた。
そして明彦は健に向かう。
「健太君、色々心配をかけてすまなかった。これから先も、いつまでも祐二の親友でいてやってくれるかい?」
「明彦さん、祐ちゃんを幸せにして下さい。たとえどんな事があっても」
「ああ、約束するよ」
健は屈託の無い笑顔を見せた。
時あたかも、ホールでは軽快なるスイング・ジャズ──
「A列車で行こう」の演奏が始まった。
「優夜嬢、クイックステップは踊れますか?」
「もちろんですわ♪飛び跳ねるのが得意ですの!」
──二人は軽い足取りで賑わうホールに戻って行った。
明彦に迎えに来られ、正直嬉しい祐二だったが、しかし冷めた理性が迷いを与える。
(大丈夫かな……ちゃんと身を引くって、奥様と約束したのに……)
優夜としての最後の夜。
二人はそれぞれの思いを込めて、夜を徹して踊り明かした──。
18
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

不夜島の少年~兵士と高級男娼の七日間~
四葉 翠花
BL
外界から隔離された巨大な高級娼館、不夜島。
ごく平凡な一介の兵士に与えられた褒賞はその島への通行手形だった。そこで毒花のような美しい少年と出会う。
高級男娼である少年に何故か拉致されてしまい、次第に惹かれていくが……。
※以前ムーンライトノベルズにて掲載していた作品を手直ししたものです(ムーンライトノベルズ削除済み)
■ミゼアスの過去編『きみを待つ』が別にあります(下にリンクがあります)

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
愛玩人形
誠奈
BL
そろそろ季節も春を迎えようとしていたある夜、僕の前に突然天使が現れた。
父様はその子を僕の妹だと言った。
僕は妹を……智子をとても可愛がり、智子も僕に懐いてくれた。
僕は智子に「兄ちゃま」と呼ばれることが、むず痒くもあり、また嬉しくもあった。
智子は僕の宝物だった。
でも思春期を迎える頃、智子に対する僕の感情は変化を始め……
やがて智子の身体と、そして両親の秘密を知ることになる。
※この作品は、過去に他サイトにて公開したものを、加筆修正及び、作者名を変更して公開しております。

学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる