昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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四章 果て無き雲の彼方へ

No,87 A列車で行こう

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 ホールの外に設けられた古風なテラス──
 ただ一人、その手すりにもたれながら下を向き、ひたすらに涙をこらえる祐二だった。

 その後ろからそっと忍び寄る影──聞き慣れた優しい声が祐二の耳に静かに届いた。

「どうした?元気が無いな」

 後ろ向きのまま、はっと目を見開く開く祐二。

「アキ兄ちゃんなんて、知らないよ!!」 

 その声は研ぎ澄ました優夜のものではなく、完全に拗ねた時の祐二の物言いそのものだった。

「おや?どうしました?優夜嬢ともあろうものがそんな風に取り乱してはいけませんね。いつも冷静なあなたらしくありませんよ?」

「わ、わたくしが取り乱したですって?どうしてわたくしがそんな愚かな!
わたくしは……」
 慌てて取り繕うその様子に明彦は大きなため息を吐き、呆れ顔でそれをたしなめる。

「……なんて世まい言を、今さら言ったって仕方ないだろう、祐二!」
「だって…」
「そんな芝居がかった台詞を吐くのはもう止めろ!」 

 その途端、祐二の両目が吊り上がる。
「だったら言うけど!なんだよあの腑抜けた態度は!
だいたい玲央なんて見た目は可愛らしいけど、本当は性悪で金の事しか頭にないんだ!
そんな事も見抜けずに間抜け顔でへらへらしちゃって、情け無くて見てらんないよ!」

 それは祐二にとって、生まれて初めて知る「嫉妬」という激しい感情の乱れだった。

「おやおや?おまえは俺と別れる為に、俺に嫌われる為にわざわざこんな事をしていたんじゃなかったのか?」
「そうさ!それは、そうなんだけど……」

 嫉妬のため、思考が混乱している祐二だった。発言にぶれが生じている。
──それだけに明彦のペースに乗せられている。

「語るに落ちたな。なぜ俺に嫌われなくちゃならない?」
「それは……」

「だいたい何なんだあの手紙は、俺が今更あんな馬鹿馬鹿しい手紙を鵜呑みにすると思うか?おまえの考えている事なんて俺にはとっくにお見通しだ」 
「でも、別れなくちゃいけないんだ!どうすれば諦めてもらえるかと思って……」

「誰なんだ?」

「えっ?」 

「父か母か、あるいは藤代さんか!」
「な、何を言っているのか分からないよ……」

「おまえが言わなくても俺は必ず突き止めるぞ。そしてこの際、おまえの事をはっきりと認めてもらうんだ!」
「だめだよアキ兄ちゃん!
そんな事をしたら騒ぎが大きくなるだけだよ!」

 こうなったら明彦はテコでも動かない事を祐二はよく知っている。
 事ここに至っては、もはや観念するしかない──

「奥様だよ」

「母が?」

「藤代さんに案内されて先日いらしたんだ」

「そうか、母か……よし分かった。もうおまえは何も心配するな!」

「アキ兄ちゃん?」

「この件はもういい、大丈夫だ、俺にまかせろ」

「…………」

「祐二、もういいだろ?俺の元へ戻ってこいよ」

 祐二はついに涙をこぼし、明彦の胸に顔を埋める。
 明彦はそれを優しく受け止めると、にっといたずらな笑顔を見せた。

「懐かしい優夜、綺麗だよ♡
おまえのこんな姿はもう見られないだろ?勿体ないから今夜はラスト・ワルツまで踊り明かそう♪」 
「うん、そうだね……こんな豪華な夜会には、きっと二度と縁がないよね」
 女姿の祐二の手を取り、明彦がホールへ向かいエスコートする。

「祐ちゃん……」
 ふっと現れた健が声を掛けた。
「健ちゃん?」
 祐二も顔を向ける。

「祐ちゃん、明彦さんが迎えに来てくれて良かったね」
「うん」
 こっくりと素直にうなずいた。 

 そして明彦は健に向かう。
「健太君、色々心配をかけてすまなかった。これから先も、いつまでも祐二の親友でいてやってくれるかい?」
「明彦さん、祐ちゃんを幸せにして下さい。たとえどんな事があっても」
「ああ、約束するよ」
 健は屈託の無い笑顔を見せた。

 時あたかも、ホールでは軽快なるスイング・ジャズ──
「A列車で行こう」の演奏が始まった。

「優夜嬢、クイックステップは踊れますか?」
「もちろんですわ♪飛び跳ねるのが得意ですの!」
──二人は軽い足取りで賑わうホールに戻って行った。


 明彦に迎えに来られ、正直嬉しい祐二だったが、しかし冷めた理性が迷いを与える。 


(大丈夫かな……ちゃんと身を引くって、奥様と約束したのに……)


 優夜としての最後の夜。

 二人はそれぞれの思いを込めて、夜を徹して踊り明かした──。


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