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四章 果て無き雲の彼方へ
No,85 恋の清算
しおりを挟む佐伯からの紹介を受け、明彦は微笑みながら颯爽と侯爵の御前へと歩み寄った。
侯爵の後ろに身を隠し、懸命に平静を装おうとする優夜だが、その唇は微かに震えている。
明彦はそんな優夜に軽い笑みを送りつけ、真っ直ぐ侯爵の前に立ち、流暢なフランス語で挨拶を始めた──
『お久し振りでございます侯爵、その節は大変お世話になりましたが、侯爵は私を覚えていらっしゃいますか?』
『これは面白い。たった今、優夜と君の噂をしていたところだ。君達二人は確かその、あれから一緒に幸せな日々を送っていると聞いていたのだが、一体どうなっているのかね?』
『それは……』
『侯爵様!』
明彦が何か言いかけたその瞬間、優夜が焦って会話に割り込んだ。明彦が未練がましい事を言わぬよう、それが優夜の防御だった。
『あなた様ほどの恋の達人が、既に終わった他人事を気になさるなんて可笑しいわ。
もう、そんな昔の話はおやめになって。たわ言は、くちばしの黄色い若造に言わせておけばの良いのです』
くちばしの黄色い若造とはあなたのことよ、と言った目配せを明彦に投げ掛け、優夜はわざとらしくスペイン扇で口元を隠す。
侯爵は気色ばんだ優夜と黙ってほくそ笑む明彦を交互に眺め、なぜか楽しそうに質問を続けた。
『それでは君達の恋とは、そんなに簡単に終わってしまう程度のものだったのかね?』
明彦に先んじ、優夜が慌てて口を挟む。
『いいえ侯爵様、わたくし達のような者はいつもいつでも、恋には命がけで身をやつしますの。
けれども恋は世に言うことわりの通り、いつかは必ず色褪せてしまいますもの……
わたくし達は恋を売るのがお商売ですから、冷め切って色褪せた古い恋でも、先方様には美しい思い出として残して差し上げるようにと、それがわたくし達の最後のけじめ、粋な計らい。
それを覆すような野暮天は、この席にはお一人もいない筈ですわよねぇ』
優夜は嘲るような薄笑いを明彦に向けた。侯爵はその顔を覗き込む。
『それでは優夜、あなたはこの若者に、美しき思い出を残して恋の清算をしたと言うのだね?』
『さあ、それをどう思われるかは先方様次第ですわね。
恋をひとつ終わらせて、そして次の恋が生まれるのですもの。恋に恋を重ねてまた終わらせて、人は恋を学ぶのですわ?恋の手管も駆け引きも、何も知らないお坊ちゃまには少しばかり難しい練習問題だったかも知れませんわね。
とにもかくにも、わたくしの役目はもう終わりましたの』
優夜にとっては何もかも全て、明彦に愛想尽かしをさせるための心にも無い台詞だった。
明彦は自分を諦めてくれただろうか?──優夜の心は激しく揺れた。
『侯爵!恋とは正に複雑怪奇なものですね』
突然明彦が割り込んだ。
侯爵に何事か語り始める。
──優夜は息を呑み、気が気ではない。
『確かにこの優夜が言う通り、私たち二人には美しいばかりの思い出と共に、未だ忘れ得ぬ切ない未練も有りますが、けれどもそれも、過ぎ去りし日の既に終わった恋として、潔く全て忘れましょう』
「え?」
思わず驚きに目を見開き、優夜は明彦の顔を見直した。
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