昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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四章 果て無き雲の彼方へ

No,78 絹子との対峙

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 大きく深呼吸をし、玄関に向かう祐二──その表情は緊張に引きつり、心臓の鼓動はまるで発作のように高鳴っていた。

「失礼致しました。どうぞお入りください」

「お邪魔させていただきますわねぇ。そうそう藤代、あなたはお車で待っていらして」 
「奥様、それは……!」

「大丈夫、あなたの立場は良く分かっています。
あなたは何も聞かない方が良いのです。聞けば明彦に問い詰められた時、これからわたくし達が話す内容を報告しなければならないのでしょう? 
それはあなたにとって重荷なのでしょうから、あなたは何も知らない方が良いのです。
ここはわたくしの言う通り、お車で待っていらっしゃいな?」
「……はい。かしこまりました」
 藤代は祐二に黙礼すると、そのまま静かに下がって行った。

 祐二は絹子をテーブルに案内すると、逃げるようにキッチンに入り、あたふたとお茶の支度を始める。

「お構いなくて結構よ、どうぞこちらにいらして?」
「はい……」
 絹子の言葉遣いには京言葉と標準語を混ぜ合わせたような独特の響きがあった。
 慣れるものには冷ややかにさえ聞こえるそのイントネーションは、まったりとしていて声色優しく、旧公家華族特有のものでる。

「祐二さんは、明彦と同じ施設で育った幼なじみでいらっしゃるのねぇ。小さい頃は、まるで本当の兄弟のように、仲睦まじくていらしたとか」
「あの、お話というのは?」

「いえ、わたくしはねぇ、ちょっとした経緯から、あなたの事を調べなければならない事になってしまって……
けれども、その結果あなたと明彦が幼なじみだったと言う事実を知り、本当に安堵の息を吐いたのです」
「それは、どう言う……」

「明彦は、近年あなたと偶然再会し、それで幼なじみとしてのお付き合いが始まったのでしょう?
おそらく明彦は、ご苦労なさっていたあなたを見かねて、昔のよしみであなたに援助の手を差し伸べたのでしょう? 
わたくしはそのように判断しているのだけれど」
「はい……」

──絹子は一体何を言いたいのか?
 祐二は動揺に負けず、しっかりとその真意を聞き取らなければならないと懸命に意識を集中させた。

「何故わたくしがあなたの存在を知り、調べなければならなかったか……
まず、それをお話しなければならないわねぇ」

──やはり明彦の行動や金銭の流れが豪田家に不審を抱かせたのか?
 祐二は頻繁に通って来る明彦に、もっと自重を促すべきだったと後悔した。

「明彦さんの素行を調べて、それで僕の存在を知ったのですか?」

「いいえぇ、どうしてわたくしが今さら明彦の素行を調べましょうか?わたくしはそこまで明彦に干渉など致しませんわ。
あなたの存在は、わたくしにとっては夢にも思わぬところから知らされましたのよ?」
「思わぬところ?」

「実は、これはまだ明彦にも知らせてはいないのだけれど、明彦には今、縁談が持ち上がっておりますの」
「縁談……ですか……」

「お相手は大蔵省銀行局長のお嬢様なのだけれど、その仲介をして下さっている大蔵省次官の奥様が、わたくしにそおっと耳打ちをして下さったの……
明彦が、何やら少しばかり風変わりなお商売の方と関わり合っているようだと……」
 絹子はあたかも雛人形のような微笑を口元に浮かべながら、ゆっくりと少女のように細い声で淡々と語る。

 祐二は何も言葉を発する事が出来なかった。

「わたくしとは同窓の奥様だからこそ、そんな言いにくい事を内緒で知らせて下さったのだけれど、縁談を仲介なさる方でさえ、そこまで調査なさるのでしたら……相手方様もきっとお調べになるのでしょうねぇ」

 虚ろな瞳に霞が掛かり、激しい耳鳴りが祐二を襲う。


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