昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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四章 果て無き雲の彼方へ

No,77 突然の訪問者

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「明彦さんはこの事、ちゃんと知ってるのかい?」
 健太は、思わず眉をひそめた──

「いいんだ、これは僕の問題だから」
「でも勿体ないよ。どれだけ高級品でも処分するとなれば買値の半分にもならないし」

「宝石やブランド品なんて所詮そんな物さ。それが常識ってもんだよ、向こうも商売なんだから」
「そんなにまでして……」

「今の僕には収入が無いんだ。ただ生きていくだけでも月々の生活費が掛かるのに、僕には更に医療費も掛かる」
「祐ちゃん……」

「それに宝石も高級時計も、今の僕には必要のない物ばかりだもん」
「それはそうだろうけど」

「アキ兄ちゃんには内緒だよ?うんと金持ちの振りしてるんだから」
「だけど、まさか祐ちゃん、西五条の御前から頂いた例の翡翠は?」

「あれは勿論売り払う訳にはいかないよ。あれは亡くなった頼子夫人の形見なんだ。
奥様のお形見なんてとても受け取れませんって僕は固辞したのに、それでもどうしてもっておっしゃるから、僕は、あれはお預かりした物だと思ってる」
「そうか、良かった。あれは凄い代物なんだよね。以前宝石商のハワード氏が、こんな素晴らしい翡翠は見た事がないって驚いていたよ」

「それよりこの着物の事だけど、その……本当は僕が自分で佐伯さんの所へお願いしに行かなきゃいけないんだけど……」 
「そんな事は構わないよ。祐ちゃんはもう顔を出さない方がいい。佐伯さんだってちゃんと分かってるから」
「ごめん、またお願いするよ 」


 その時突然、玄関のチャイムが鳴った。
「誰だろう今頃?ちょっと待ってて」
 祐二は健太を奥の部屋に残したまま、怪訝な顔で玄関に向かった。

「藤代さん……?」

 そこに立つのは、今では祐二もよく見知っている明彦の秘書──藤代である。

「祐二さん、実は突然ですが… 」
 藤代の後ろから、見るからに高価な和服を身に着けた、上品な面持ちの貴婦人が姿を現す。

「こちらは、実は豪田の奥様でいらっしゃいます」

「え?」

 瞬間──祐二は驚きに声を詰まらせる。
 そしてまた、貴婦人も祐二と対面したその途端、何故か驚きに目を見開いた。

「あら……ごめんあそばせ、祐二さんねぇ。
初めまして、わたくし豪田絹子です、明彦の養母ですの」   
 祐二は衝撃に声を震わす。 
「初めまして、秋本祐二です」

 藤代が言葉を挟んだ。
「奥様がどうしても祐二さんにお会いしたいとおっしゃって、突然お連れする事になりました」
 藤代は申し訳なさそうに頭を下げた。

「ごめんなさいねぇ突然前触れもなく。わたくしが強引に案内させたのです。どうか藤代を恨まないでやって下さいませねぇ。
すこぉし、お話をさせていただけますかしら」 

「はい、ただちょっとお待ちください」
 祐二は急ぎ奥の部屋へと戻った。そして声を殺す。
「健ちゃんどうしよう。大変なお客が来ちゃったよ」
「祐ちゃん、俺帰るよ」
 健太もまるで自分の事のように慌てている。

「お願いだよ、健ちゃんここにいて」
 祐二は押し殺した声でそう囁くと、健太を奥の部屋に残したまま引き戸を閉めた。

 大きく深呼吸をし、玄関に向かう祐二──その表情は緊張に引きつり、心臓の鼓動はまるで発作のように高鳴っていた。


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