昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

文字の大きさ
上 下
94 / 121
四章 果て無き雲の彼方へ

No,76 健太の大抜擢

しおりを挟む

 1986年──東京。
 花椿ほころぶ或る春の日。
 祐二の部屋には健太が訪ねて来ていた。

「おめでとう!健ちゃん♪
健ちゃんはいつかきっと成功すると思ってた。本当に僕、自分の事のように嬉しいよ」 
「やだな、成功なんてオーバーだよ。やっとオーディションに受かっただけで、これから先どうなるかなんてまだ分からないんだぜ」

「でもすごいよ、ダブル・キャストで二番手役の一人だなんて。もう一人はあの劇団詩記のスターなんだろ?あんな人と肩並べるなんて、やっぱり健ちゃん凄いよ」
「まあ、俺の出る回は初日でも千秋楽でもないからいくらか気は楽なんだけど……
だけど、でもやっぱりあんな凄い人と比べられるのかと思うと俺不安で……」

「大丈夫だよ!健ちゃんなら全然平気!絶対安心!」
「そうかなぁ、祐ちゃん俺の舞台を観に来てくれる?」

「勿論だよ!絶対行くから」「うん、祐ちゃんが観てくれるなら俺、きっと頑張って成功させるよ!」

 優夜(祐二)があの特殊な仕事を辞めた後、健太には有力な後援者がついていた。
 それは以前、優夜が健太の後押しをした事もある某証券会社会長、岡田氏である。

 岡田氏は初め優夜のご贔屓だったが、実は彼が密かに健太の事を気を掛けているのを、当時から優夜は気付いていたのだ。
 だから実は二年前、優夜が仕事を辞めると岡田氏の元へ挨拶に伺った折、それとなく健太の事を取りなしておいた。

 今回、健太を採用したミュージカルの協賛企業の筆頭株主は、実は岡田氏である。
 はたしてオーディションにあたり、健太の抜擢に岡田氏の関与が有ったものかどうか?
──それは誰も分からない。
 祐二はそんな野暮を話す気も無い。

(健ちゃんはきっと何にも気付いていない。
気付けば正義感の強い健ちゃんは、きっと抜擢を辞退してしまうから……)

 芸能界なんて実力だけでない事は明白だ。
 初めから出来レースと言われるオーディションに食い込むのに、コネがあること自体が実力のうちだと祐二は考えている。

(ここから先は健ちゃん次第だ!健ちゃんならきっと大役を果たせると信じてる!)


──さて、祐二がこの部屋に越して来てからというもの、健太は事あるごとに遊びに来ていた。
 今では祐二にとって健太は、何でも話せる大切な親友となっていたのだ。


「健ちゃん、ちょっと見てくれる?」
 祐二は静かに引き戸を開き、寝室として使っている奥の部屋に健太を招き入れた。

「祐ちゃん!これは?」
 
 瞬間、健太は部屋いっぱいに咲き誇る白い花椿を目にし、驚嘆に息を呑んだ。
 そこにはあのパリ・オペラ座の夜に優夜が身に着けた、豪華な花椿の大振袖が大衣桁に掛けてあった。

「驚いた?虫干しのために広げてるんだ、実は……」

「分かってるよ……またいつものように、佐伯さんにお願いするんだろ?」

「和服は助かるよ、ドレスと違って結構なお金になるから」

「祐ちゃん、ロモランタン侯爵からのルビーも、敷島さんからのバセロン・コンスタンチンも、もうみんな売ってしまったのに……
明彦さんはこの事、ちゃんと知ってるのかい?」

 健太は、思わず眉をひそめた──


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

不夜島の少年~兵士と高級男娼の七日間~

四葉 翠花
BL
外界から隔離された巨大な高級娼館、不夜島。 ごく平凡な一介の兵士に与えられた褒賞はその島への通行手形だった。そこで毒花のような美しい少年と出会う。 高級男娼である少年に何故か拉致されてしまい、次第に惹かれていくが……。 ※以前ムーンライトノベルズにて掲載していた作品を手直ししたものです(ムーンライトノベルズ削除済み) ■ミゼアスの過去編『きみを待つ』が別にあります(下にリンクがあります)

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

ナラズモノ

亜衣藍
BL
愛されるより、愛したい……そんな男の物語。 (※過激表現アリとなっております。苦手な方はご注意ください) 芸能界事務所の社長にして、ヤクザの愛人のような生活を送る聖。 そんな彼には、密かな夢があった――――。 【ワルモノ】から十年。27歳の青年となった御堂聖の物語です。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

100万ドルの夜景より

月夜野レオン
BL
大手の貿易会社に勤務する裕也は王子のあだ名を持つ美青年だが、仕事が楽しくて恋愛はそっちのけで仕事三昧の日々。しかし人事異動でNY本社から来た超絶イケメンの部長の補佐に就いてからは、その手腕と容貌の魅力に抗えず、どんどん惹かれていく。大きなビジネスチャンスも恋も手に入れられるか。 少しだけファンタジー要素がありますが、基本はオフィスBLです。

処理中です...