昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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四章 果て無き雲の彼方へ

No,76 健太の大抜擢

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 1986年──東京。
 花椿ほころぶ或る春の日。
 祐二の部屋には健太が訪ねて来ていた。

「おめでとう!健ちゃん♪
健ちゃんはいつかきっと成功すると思ってた。本当に僕、自分の事のように嬉しいよ」 
「やだな、成功なんてオーバーだよ。やっとオーディションに受かっただけで、これから先どうなるかなんてまだ分からないんだぜ」

「でもすごいよ、ダブル・キャストで二番手役の一人だなんて。もう一人はあの劇団詩記のスターなんだろ?あんな人と肩並べるなんて、やっぱり健ちゃん凄いよ」
「まあ、俺の出る回は初日でも千秋楽でもないからいくらか気は楽なんだけど……
だけど、でもやっぱりあんな凄い人と比べられるのかと思うと俺不安で……」

「大丈夫だよ!健ちゃんなら全然平気!絶対安心!」
「そうかなぁ、祐ちゃん俺の舞台を観に来てくれる?」

「勿論だよ!絶対行くから」「うん、祐ちゃんが観てくれるなら俺、きっと頑張って成功させるよ!」

 優夜(祐二)があの特殊な仕事を辞めた後、健太には有力な後援者がついていた。
 それは以前、優夜が健太の後押しをした事もある某証券会社会長、岡田氏である。

 岡田氏は初め優夜のご贔屓だったが、実は彼が密かに健太の事を気を掛けているのを、当時から優夜は気付いていたのだ。
 だから実は二年前、優夜が仕事を辞めると岡田氏の元へ挨拶に伺った折、それとなく健太の事を取りなしておいた。

 今回、健太を採用したミュージカルの協賛企業の筆頭株主は、実は岡田氏である。
 はたしてオーディションにあたり、健太の抜擢に岡田氏の関与が有ったものかどうか?
──それは誰も分からない。
 祐二はそんな野暮を話す気も無い。

(健ちゃんはきっと何にも気付いていない。
気付けば正義感の強い健ちゃんは、きっと抜擢を辞退してしまうから……)

 芸能界なんて実力だけでない事は明白だ。
 初めから出来レースと言われるオーディションに食い込むのに、コネがあること自体が実力のうちだと祐二は考えている。

(ここから先は健ちゃん次第だ!健ちゃんならきっと大役を果たせると信じてる!)


──さて、祐二がこの部屋に越して来てからというもの、健太は事あるごとに遊びに来ていた。
 今では祐二にとって健太は、何でも話せる大切な親友となっていたのだ。


「健ちゃん、ちょっと見てくれる?」
 祐二は静かに引き戸を開き、寝室として使っている奥の部屋に健太を招き入れた。

「祐ちゃん!これは?」
 
 瞬間、健太は部屋いっぱいに咲き誇る白い花椿を目にし、驚嘆に息を呑んだ。
 そこにはあのパリ・オペラ座の夜に優夜が身に着けた、豪華な花椿の大振袖が大衣桁に掛けてあった。

「驚いた?虫干しのために広げてるんだ、実は……」

「分かってるよ……またいつものように、佐伯さんにお願いするんだろ?」

「和服は助かるよ、ドレスと違って結構なお金になるから」

「祐ちゃん、ロモランタン侯爵からのルビーも、敷島さんからのバセロン・コンスタンチンも、もうみんな売ってしまったのに……
明彦さんはこの事、ちゃんと知ってるのかい?」

 健太は、思わず眉をひそめた──


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