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三章 祐二の過去とこれから

………祐二の独白⑦

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 そしてついに、控室に佐伯さんが姿を現す。
 優夜の出番だ──

「優夜、用意はいいかな?さあ、いよいよ君の登場だ」
「佐伯さん、僕……」
「どうした?声が震えているよ?」
「本当に、僕なんかに出来るのでしょうか?そんな、貴婦人になるだなんて……」

「ならなくていい。演じればいい」
「佐伯さん?」
「君は優夜だ。女じゃない。
まして子爵夫人になどなれる筈もないじゃないか。君は優夜を演じればいい」
「そうか、僕は優夜を演じるのですね……」


 僕の中で優夜が囁く。

(大丈夫よ、わたくしに任せて?わたくしは優夜よ……)


 僕は黙って佐伯さんの後ろに従った。

 スポット・ライトが点灯した。
 フロア中に感嘆の吐息がこだまする。

 誰もが一斉に僕を見詰めた。


「皆様方にご紹介申し上げます。我が白馬会の紅一点。
優しき夜に開く一輪の名花。怪しくも美しき優夜嬢を!」

 僕はゆっくりと歩み出る。
 古風な形にはしつらえた純白のローブ・デ・コルテ。
──僕は優雅に裾をさばく。


(わたくしは優夜。他の何者でもないのだわ)


 膝を折り、ドレスを広げてお辞儀をする。


(腹式呼吸、喉を広げて声を通す。声楽の先生に教わった舞台用の女声)


 僕は満面に笑みを浮かべた。祐二ではなく、優夜の微笑み──


「皆様方、初めてお目に掛かります。
わたくしは優夜、夜に生きる妖精。
皆様方のお目に留まらなければ、闇の果てへと消え去りましょう。それが定められし妖精の宿命。
皆様方、どうかこのわたくしを、優しき夜にお解き放ち下さいませ」


 僕は楚々と中央に歩み寄り、ゆっくりと身体を回転させる。

 波打つドレス。
 きらめく宝石。
 揺らめく髪飾りに、ひるがえすスペイン扇──

 並み居る人々は皆一様に魅せられる。

 僕はひたすら、呪文のように反芻していた。


(わたくしは優夜。わたくしは美しい)


 身体は熱く、神経は研ぎ澄まされ、視界は虚ろに宙をさまよう。
 僕は夢中で優夜を演じた。

「よりさん?よりさんや…」

 その時突然──僕の視線があの方をとらえた。
 すっくと立ち上がる一人の老紳士──痩身の細おもてに銀髪のオールバック。
 どこから見ても上品な顔立ちと浮世離れしているその風情。


(あの方だ!あの方がきっと西五条氏に違いない……)


 僕の意識はその方に向かう。ゆっくりと横を向いて素知らぬ素振り。

「ヤスボン見なはれ、あれは頼子や、よりさんの生まれ変わりや……!」
 広橋さんがニヤリと笑い、佐伯さんと視線を交える。

「叔父上、落ち着いて下さい。あれは頼子夫人ではありません。優夜と言う、夜に生きる特殊な女なのです」
 そう言いながらも広橋さんは、呆然と立ち尽くす西五条氏の背中を押す。


(私は優夜……夜に生きる妖精)


 僕は真っ直ぐあの方へと向かった。
 極上の微笑みを満面に浮かべ、左手をそっとあの方に差し出す。

「西五条様ですわね。広橋様の伯父上様とか」

「そうや……西五条や……」

 あの方は僕を夢見るように見詰めたまま、差し出した手を優しく受け取る。

 僕は緊張に身を震わす。
 張り裂けそうな心臓の音。
 めまいのような視界の霞。

 僕は必死に言い聞かせる。自分に向かって言い含める。


(私は優夜…… 美しい優夜)


 じっと僕を見入ったままで、あの方は唇を震わせた 。

「あんたはんは、一体何者なのや……」
「初めてお目もじ致します。私は優夜。優しき夜の妖精ですわ?」
「優しき夜の……」
「そう……妖精ですわ?」

 一夜にしてあの方は優夜のとりこ。
 優夜は階段を上り始めた。
──後戻りなど出来ない階段。


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