昭和浪漫ノスタルジー「遥か彷徨の果ての円舞曲」

歴野理久♂

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三章 祐二の過去とこれから

………祐二の独白⑥

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 広橋さんに案内されて、いよいよ西五条氏が白馬会にいらっしゃる。場所はいつもの銀座のクラブ「馬賊館」

「伯父上、さあこの店です。伯父上の驚く顔が楽しみだな」
「はてさてヤスボン。わしをこないな所まで引っ張り出して、一体何を見せはるゆうのや?」

「伯父上、店に入ったらヤスボンはやめてくださいよ。全く伯父上には敵わないな」
「はて?馬賊館?この店は初めてやないな、銀座でも有名なクラブやないか。確かずいぶん昔に、誰ぞに連れられて来たことがあるなぁ。
ヤスボンこないな店の常連か?知らん間にえろう出世したものやなぁ」
「さあさあ伯父上、とにかく入りましょう」

 広橋さんから例の話を持ち掛けられて一ヶ月──それは白馬会の定例の席。ある土曜日の夜だった。
 どうやら広橋さんは無理やり西五条氏を連れ出したらしい。西五条氏も驚いただろう。なにせこの店、女が一人もいなくて男ばかりがひしめいているのだから──

「ようこそお越し下さいました。私はこの店のオーナー、佐伯と申します」
「西五条や、よろしくなぁ。
このヤス、おおっとちゃうわ、この広橋のボンボンに案内されて来たのやが、なんや変わった雰囲気なのやな」

「伯父上!広橋のボンボンはないでしょう?それじゃヤスボンと変わりないじゃありませんか!」
「そやろか?ほな広橋の若様か?」
「伯父うえ~」
 広橋さんが柄にもなく顔を赤らめる。
 どうやら目端の利いた広橋さんでさえ、この風流と典雅を地で生きて来た御仁には手も足も出ないらしい。

 佐伯さんは愉快に微笑みをこぼした。
「まあまあ、さあお二人とも、まずはお席へ」
「そおか、ありがとを」
 西五条氏の言葉にはとても独特な響きがあった。それは京言葉ともまた違う、実に特徴的な言い回し──御所言葉の名残だろうか。


 そしてその頃、僕は鏡前で震えていた。

「優夜ちゃん、西五条の御前様がいらしたわよ!」
 熊田原マスターが色めきだった。
「え!どうしよう、僕、じゃない、わたくし……」
「大丈夫よ!一生懸命練習したじゃない、落ち着いて、いつものようにやれば大丈夫」
「マスター、ほんと~?」

 そこは店の奥の控え室。
 女姿の支度を整え、不安に怯える僕の後ろに熊田原マスターが付き添ってくれていた。

「優夜ちゃん凄く綺麗よ!自信を持って!あ~ん、だけど本当に大丈夫かしら?あら、私がこんなこと言っちゃだめなのよね?ごめんなさい。
だけど私、女装のゲイボーイなら若い時に経験有るし、お友達も多いからよく知ってるけど、だけど今回はそれじゃ駄目な訳でしょう?お客を笑わせたり、お色気過剰なシナ作りなら教えようも有るんだけれど、今回はお上品な貴族の奥方様を真似るんでしょう?この業界には随分長い私だけどね、こんなパターンは初めてよ?」

「ですよね、僕、じゃない、
わたくしだって自慢じゃないけど、ド貧乏しか知らないド庶民ですよ?どうしてそんな子爵夫人なんて、見た事も聞いた事もないんですよ?」
「だわよね、私だって本物の貴婦人がどんなものだか、何も知らずに教え込んだのよ? 
どうしましょう、何だね?この下品な三流オカマは、なんて言われたら~!」
「ああもう、本当にどうしよう、マスタ~」

 いつのまにか僕たちは、寄り添い手を握り合いながらガタガタと身体を震わせていた 。

 そしてついに、佐伯さんが控室に姿を表す。
 優夜の出番だ──


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